第19話 空を飛ぶアーヴィ【主律星フェニス】
「こんな数相手にしてられっかよ!」
パレードのように集まってきたロボット達は、人形から馬型、戦車型に数メートルを超えるものまで多種多様だ。
確実に制圧するという強い意志を感じた。
「おい、どうする!? なんかこう、ビームとか出せねぇのかよ!」
「だから出ないよ! そんなの!」
「あークソ……この鬱陶しい奴らを飛び越えて逃げられたら楽だったんだけどな」
そのひと言に、リメアはピンときた。
頭の触覚がみょん、と跳ねる。
「アーヴィ、逃げよう!」
「あん? だから、それを今考えて――うおっ!」
リメアはアーヴィの腕を掴むと、ジャイアントスイングの要領でぐるぐると回す。
「な、なにをするんぶぶぶぶばばばばばばっ!」
一気に加速したアーヴィは風圧で喋ることもままならない。
「えーい!」
「んばぁっ!!!!」
放り投げられた少年はキーンとジェット機のような甲高い音を残して、ビル群へ飛んでいく。
リメアは大理石の床を踏みしめ、跳躍の準備に入った。
「それじゃあわたしもっ!」
身体を5次元空間へと滑り込ませ、空間を蹴飛ばした。
「っと!」
空中で追いついたリメアは、アーヴィの手を取る。
「――――!」
アーヴィがしきりになにかを叫んでいた。
「えーーっ!? 何? 聞こえなーい!!」
こちらも声を張り上げる。
アーヴィはぐいと手を引き寄せると、耳元で声を張り上げた。
「どうやって! 着地! するつもり! なんだ!!」
「エーテルの逆噴射で! ……あ。そっか。 さすがにバレちゃうよね、何度もエーテル使ったら」
ぽん、と手をうち納得。
そうこうしている間に、地面のアスファルトが近づいてくる。
「――――!」
「ごめんね、着地のことあんまり考えてなかったけど、頑張ってうまく止まってみるね!」
リメアはアーヴィを両手で頭の上に抱えると、両足を伸ばして地面に突っ込んだ。
くぐもった音と、めくれ上がる大地。
100mほど地面を抉った後、2人はようやく止まった。
「ちゃ、着陸成功……!」
泥だらけのワンピースで、リメアが頷く。
口から砂を吐き出して、アーヴィは悪態をついた。
「これのどこがだ……ぺっぺっ!」
「あはは……ごめん」
土煙が晴れるとに、背後からガシャガシャと大勢の足音が聞こえてくる。
「おい、あいつらどれだけしつこいんだ。隠れるぞ!」
「わっとと」
アーヴィはリメアの手を引き、近くにあった人気のないショッピングセンターへと逃げ込んだ。
自動ドアが開くと同時に、センサーで来客を検知したビルが息を吹き返す。
突如、薄暗い店内が眩しいほどの照明で照らされる。
大きな吹き抜けの下で、ホコリで曇ったショーウィンドウにウェルカムの文字が踊る。
綺羅びやかな真っ赤な絨毯は中央のエスカレーターまで続いており、両脇にはタキシード姿の接客用ロボットが並んでいた。
パン、パパパン、と火薬の爆ぜる乾いた音。
「新手か!?」
眉間に皺を寄せ、構えたアーヴィ。
リメアも警戒しキョロキョロしていると、頭上からファンファーレが鳴り響いた。
『商業施設グロリア、創業以来初めてのご来店、誠にありがとうございます!! 初来店のおふた方には、記念品を贈呈いたします!!』
「な、なんだこりゃ」
「わ、わかんない!」
天井からぶら下がるくす玉が割れ、金銀の紙吹雪が降ってくる。
タキシードロボットたちは寸分たがわぬ動きで恭しく礼をした。
帽子に積もっていた埃が、動作と同時に床へと落ちる。
目の前の光景に呆気にとられていると、これまた埃まみれのメイド姿のロボットが2人の前にやってきて、プラカードをわたしてくる。
受け取ったアーヴィは、プラカードの文字をまじまじと眺めた。
「……都心部のビル1棟、郊外の別荘プレゼント……だと?」
「高級スポーツカーと、クルーザー、各種家具家電にブランドキッチン用品ももらえるんだって」
言っているそばから、紙袋や商品の箱をロボットたちが流れ作業のように運んできた。
「こ、こんなにいらないよ!」
「はっ、店に入っただけでひと財産築けるとか、イカれてんだろ、この星は!」
アーヴィは積み上げられた箱を蹴り飛ばす。
「おい、ついてこい!」
「う、うん!」
2人はロボットや未開封の製品を押しのけながら、エスカレーターを駆け上がる。
入口付近から、ガラスの割れる音が聞こえてきた。
「時間がねぇ。とりあえず上を目指せ!」
階を経るごとに鳴り響くラッパの音にうんざりしながら、上へ上へと進んでいく。
吹き抜けから下を見れば、雪崩れるようなプレゼントがバリケードの役目を果たし、追手の足を止めていた。
「はっ、豪華景品も少しは役に立ったな!」
「…………そうだね」
踏み潰され、壊されていく家電製品や、洋服たち。
リメアは口を一文字に結んで、ポシェットのベルトを握りしめた。
このポシェットを買おうとするだけで、アリシアはどれだけの覚悟を求められただろうか。片やこの星では埃が積もっても誰1人お客さんの来ないショッピングセンターにいろんなものを積み上げて。一体誰が、喜ぶんだろう、と。
「足を止めるな、屋上まで走るぞ」
「……うん」
ほら、と差し出された手を握り、リメアは複雑な思いを抱えたままひた走った。
「ふー、だいぶ走ったね」
屋上に出たリメアは、大きく伸びをする。
「あれ、景色が……」
思わず目を見張った。
たしかに先程まで、街の外は見渡す限りの荒野が広がっていた。
だが、眼下に広がっていたのは、雄大な湿地林。
水辺には鳥が集まり、風は湿り気を帯びている。
「全部、偽物なんだよね……」
心打つ景観、息を呑む美しさ。
なのになぜ、こんなに胸が締め付けられるのだろう。
「そっか、見る人がいないんだ……。きれいなのに寂しい景色……」
屋上を囲うフェンスへ掛けた指に、金網が食い込む。
しかしリメアがため息を付いたその時。
首筋にピタリと、冷たい刃が押し当てられた。
「……どうしたの? アーヴィ?」
「動くな」
背後からは、ただならぬ殺気を感じる。
目だけ動かし首元を見ると、それは階下で渡された景品の中にあった、高級包丁。
「いいか、今から俺の質問にだけ答えろ」
屋上から下を覗くと、ビルのエントランスで詰めかけたロボットたちが山のように積み重なっている。
「……こんなことしてる時間あるの?」
「無駄口は叩くな」
ぐっと、刃が皮膚に食い込む。
リメアは静かに頷いた。
「まず1つ。お前は何者だ」
「……わたしはわたし。ただのリメアだよ」
「そういうことを聞いているんじゃねぇ。人間を遥かに超えた怪力、エーテルの障壁、どれをとっても普通じゃねぇだろ」
「…………」
「もっとわかりやすく聞いてやる。お前は、精霊か?」
「……違うよ」
「じゃあなぜエーテルを操作できる? あれは特殊な装置無しに人が触れることも感知することもできない五次元空間の物質だ。精霊を除いて、意のままに操るなんて芸当、他に誰ができるってんだ」
「…………」
「はっ、だんまりか。じゃあ、やっぱり――」
アーヴィがそう言いかけた時、突然、身体の中からリッキーが飛び出した。
「リメア様! ずっと静観してましたガ、この者はやはり危険デス!!」
「っ!! なんだコイツは!!」
リメアの首から包丁が離れ、リッキーを両断せんと横に振られる。
しかし、刃はエーテルで形作られたホログラムのリッキーをすり抜けた。
「っ!?」
リメアが振り返ると、そこには眉間に皺を寄せる少年の顔があった。
額には脂汗、荒い息。
必死に隠してはいるものの、恐怖と緊張が瞳に浮かんでいる。
それは決して、仲間へと向けられる視線ではなかった。
「リッキー、大丈夫」
「駄目デス、リメア様! リメア様は理解していまセン! この男の危険性ヲ!!」
「確かにアーヴィは大怪我しても平気だし、わたしよりも色々と世界について詳しそうだけど、そんなに怖くないよ?」
「……っ!」
少年の真紅の瞳が、わずかに揺れる。
それは畏れか、それとも怒りか。
真意は測りかねたが、飛びかかってくる様子はない。
リッキーは唾を飛ばすような勢いでリメアに説き伏せる。
「いいデスか、リメア様のおっしゃるとおり、この男の実力ではリメア様に傷1つつけられないでショウ。しかし、この男ハ、有史以来数多の人類を葬ってきた恐ろしい武器を隠し持っていマス!!」
「それは……なんなの?」
「――正義、デス」
屋上に一陣の風が吹く。
煽られて流れる淡い金髪と監獄のブランケット。
「なんで正しいことが、恐ろしい武器なの?」
「ソノ正しさヲ、信仰しているからデス。2人以上の人間が、互いにそれぞれの正義を信じていれば、そこには争いが生まれマス。その武器を持った人間はたとえ規模が肥大化し戦争となっても、止まることを知りまセン」
2つの赤眼は、こちらをまっすぐ射抜き、刃を持つ手は固く握られている。
見た目は幼くとも、陽炎のように揺らぎ立つ威圧感は、まぎれもない本物だった。
彼は本気で、精霊を悪だと信じ切っているのだ。
「……じゃあ、わたしのひみつ、教えてあげる」
「いけません、リメア様!!」
「リッキー、いいの。アーヴィはわたしを傷つけるために、こんなことをしているわけじゃない。彼だって、力で勝てないことぐらい分かってるよ。さっきの戦いを見てたんだもん。そうでしょ?」
「…………」
少年は微動だにしない。
だが、沈黙はそのまま、答えになっていた。
「アーヴィは今とっても真剣なの。だからわたしも、ちゃんとお話しないといけないと思う」
「リメア様、ワタクシは止めましたからネ! どうなっても知りませんヨ!」
リッキーは渋々アーヴィから離れ、リメアの背後へと回る。
リメアはそれを見て小さく頷き、アーヴィに向き直った。
すぅと、息を吸い込み、心に決める。
アリシアにだって伝えていない、リッキーに固く口止めされていた、出自を語る覚悟を。
「……わたしは、人間の母と精霊の父との間に生まれた、半人半精霊。人の体を持ち、精霊の力を使える体質なの」
途端、アーヴィの目がこれでもかと見開かれる。
「そんな……! ありえない……!! 人間と、精霊の間に子供だと!? 精霊はエーテルの塊だ! どうやって……! そんな研究、俺は見たことも聞いたこともないぞ……! どこの組織の回しもんだ、あぁっ!?」
「どこにも所属してないよ。わたしはただ普通に、お父さんとお母さんと一緒に暮らしてた……と思う。でも宇宙船に閉じ込められて、ずっと、400年間近く宇宙を彷徨ってたの」
「あぁ? なんでそんなに曖昧なんだ? はぐらかそうとしてんのか?」
「……ごめん、ちがうの。昔のこと、あんまり良く覚えてないの。でも信じて! わたしは精霊じゃない。人でもないけど……。でも! 精霊がこの星たちでやってることは、間違ってると思うの! ほんとうなの!」
「はっ、じゃあ、その宇宙船から出てきて、この星を、宇宙を、どれくらいの間自分の目で見てきたっていうんだ? ああ!?」
「……3ヶ月と、ちょっとだけ……」
「んだと……? その程度の知識と経験で、てめぇの意見を信じろだと? バカも休み休み言え。リメア、お前はこの世界のことをなにも知らない。大した苦労も不幸も味わったことのない薄っぺらいガキの台詞に、どれほどの価値があるってんだ」
「でも!」
「でももクソもねぇ。出会ってからずっと見てきたが、なんつーか、全体的に甘いんだよ。こっちはままごとをやってるんじゃねぇんだ。お前は、知らないだろうさ。精霊がどれほど話が通じない奴らかを。この世界がどれほど非道なシステムの上に成り立っているのかを。なにがあってそんな考えになったかは知らねぇが、お前の言葉には、重さってものを、感じないんだよ!!」
「っ……!!」
リメアは思わず唇を噛み締めた。
髪が浮き上がり、無意識に白銀へと染まる。
「わたしのことは、どんなに悪く言ってもいいよ……。甘いし、子供だし、なにも知らない。それはそのとおりだと思う。でもね」
大気が無音の悲鳴を上げていた。
体内ではくすぶっていた炎が、火柱を上げる。
少年は身構え、包丁を握り直すが、関係ない。
「わたしの――わたしの初めての、いちばん大事な友達と過ごした時間を、なにも知らないあなたに軽んじられることだけは、許せない……! 許せないよ……っ!!」
たまらず、涙が頬を滑り落ちた。
アーヴィの真っ赤な瞳が揺れ動く。
おそらく初めて、彼の中に小さな迷いが見えた瞬間だった。
「わたしと友だちになったアリシアは孤児だった。ずっと辛い思いをしてた! 2人で暮らしてる間も、お姉さんぶって背伸びして、わたしに笑いかけてくれて! でも誰も助けてくれなかった! 1番近くにいたわたしが、バカだったから! 精霊が規則を盾にアリシアを助けるのを邪魔したから!! この星の仕組みが、みんなに優しくなかったから!!」
「…………」
「アリシアの魂は、精霊にエーテルごと奪われたままなの。きっと、そうなの。だからわたしは、精霊をひっぱたいて、目を覚まさせてあげないといけないの。そして、アリシアに、アリシアに……」
言葉の続きは出てこず、代わりにボロボロと涙があふれる。
気がつくと、向けられていたはずの刃は、すでに降ろされていた。
「……すまん、悪かった」
目を伏せた少年は、ばつが悪そうに謝る。
「どうしても、確かめる必要があったんだ。もし本当に、精霊と戦うんだったら、生半可な覚悟じゃ、足手まといになる」
リメアは腕で涙を拭き、首を振る。
「ううん、わたしこそ、ごめん。きっとアーヴィのほうが、いっぱい、いっぱい悲しい思いとか苦しい思いとかしてきたんだよね。偉そうにして、ごめんね」
「……否定はしねぇが、リメアの信念を疑ったことは事実だ。そこに関しては、俺が悪ぃからよ」
「ほらね、リッキー、ちゃんとわかってくれたよ!」
「……ワタシは、まだ完全に信用していまセン!」
「はっ、銀色のツルッパゲに信用してもらおうなんざ思っちゃいねぇさ」
「ムキーッ! リメア様! 聞きましタか今の! この男は極悪非道デス!!」
ぐるぐると周囲を高速で回るリッキーに、思わず苦笑いするリメア。
「まあまあ……。アーヴィもリッキーのことからかわないであげて」
「はっ、そっちに関しては要検討、ってところだが、まぁ、なんだ。もちっとだけ、よろしくな、リメア――」
と、言い終わる前に、屋上の階段から物音がする。
反射的に振り返ったアーヴィが、大きく舌打ちした。
「くそっ、もう上がってきやがったのか!」
アーヴィと和解できて完全に気が抜けていたリメアは、今置かれている状況をやっと思い出す。
「そ、そうだ、これからどうするの!? こんなところまで上がってきて……。また何処か別のところに投げたらいいの?」
「はっ、そんな事する必要ない。直接、精霊のところまで行ってやろうぜ」
その言葉に、リメアは目を輝かせた。
「精霊がどこにいるか、わかったの!?」
アーヴィは鼻先を親指を弾き、得意げに笑う。
「ったりめぇよ。なに、考えりゃすぐに分かることだ。環境整備を役割とした精霊、大規模な環境改変、従響星を含む監視。全部を見渡すのに、どこが一番最適だと思う?」
「えっと……」
戸惑うリメアに、少年は人差し指を天に指し示してみせた。
「あの空でバカみたいに光ってる、人工太陽だよ――!」




