第18話 積層するエラー【主律星フェニス】
警官は口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
少し離れた場所では軽装の少女が華麗に舞い、質量を無視したかのような重い打撃でロボットたちをおもちゃのように吹き飛ばしている。
見た目の可憐さとかけ離れた戦いぶりに視線は釘付けだった。
「よう、気ぃ抜きすぎだぜ、あんた」
いつの間にか背中にしがみついたアーヴィが、男の喉元に尖った金属片を押し当てる。
「相手の見た目が子供だからって、油断しすぎじゃねぇか?」
「貴様……なにが狙いだ……?」
「なぁに、俺達はこの星の精霊の首を頂きたいだけさ。簡単なことだ。ボタンをポチッと押して、隔壁を開けてくれるだけでいい」
「このっ! させるかっ!」
警官はアーヴィの腕を掴むと、力任せに引き剥がす。
喉に押し当てていた金属片は男の頬をかすめるにとどまった。
「ちっ」
「動くなっ!」
警官は警棒から銃に持ち替えると、アーヴィの胸部に照準を合わせる。
頬の切り傷から血が滴り、汚れ1つない警備服に赤いシミを作った。
しかし、狙われているはずの少年はどこ吹く風。
警官の様子など気に留めることなく、まるで散歩の途中に棒きれを拾うかのように、足元に転がっていたロボットのビームブレードへ手を伸ばす。
「う、動くなと言っている!!」
「へぇ、こうやって使うのか、っとと」
起動したビームブレードがアーヴィの想定と反対側に伸び、床に突き刺さった。
「持ち手のどっちから出るか分っかりづれぇな。開発担当者に言っとけよ」
アーヴィは刃を引っ込め柄を器用にくるくると回し、持ち替えると同時に刃を再生成。
伸ばした切っ先を警官の鼻先へ向けた。
刃のプラズマがチリチリと大気を焼いている。
「撃ってみろよ。いつまでボサっと突っ立ってんだ?」
「くそぉぉぉぉおおお!!」
パン、パン、と乾いた音が連続した。
「アーヴィ!?」
リメアの悲鳴が響き渡る。
「大丈夫だ! 気にせずリメアはそっちの相手してろ!」
少年は額から血を噴水のように吹き出しながら大声で叫ぶ。
「ば、化け物め――!」
「はは、はははははっ!」
甲高い笑い声が空気を揺らす。
反り返った身体を勢いよく戻し、少年は吹き飛んだ額から流れ出た血を袖で拭う。
「なーんだ、ちゃんと射撃訓練はしてるのな」
コキコキと首を鳴らし、少年はおもむろに歩き出す。
飛び散ったはずの頭蓋と脳漿が、瞬く間に再生され、傷口が塞がった。
青ざめた警官は再び引き金に掛けた指へと力を込める。
だがそれよりも速く少年の一閃が弧を描く。
軽い金属音を響かせて、真っ2つになった銃の上半分が床に転がった。
「ひっ」
逃げ腰になった警官の腕をアーヴィが掴んだ。
「逃がすかよ」
その赤い瞳は、狂気を湛えるがごとく爛々と輝いている。
「うぁぁああああああっ!」
警官は警棒とは反対の腰に手を伸ばすと、そのまま大きく腕を振り上げた。
1拍遅れて、アーヴィの身体が斜めにずれる。
「あー、あー、リメア悪ぃ。こっち、ちょっと長引きそうかも」
ベシャリ、と血溜まりの床に転がるアーヴィの上体。
首を捻って見上げると、警官の手にはアーヴィと同じビームブレードがあった。
「ったく、ずるくねぇか? こちとら、リーチが短けぇんだよ……」
離れた胴体から筋繊維が伸びてきたかと思うと、ぐちゃっと音を立てて接合され、アーヴィはゆらりと立ち上がる。
「しゃーねぇ。寝起きのリハビリに、チャンバラごっこと洒落込もうぜ……っ!」
*
一方警官をアーヴィに任せたリメアは、巨大なロボットの足元まで一息に踏み込んでいた。
「うっりゃぁ!」
音速を超えるサマーソルトが、金属の塊を縦に引き裂く。
「まだまだっ!」
間髪入れずに空中二段蹴り。
左右に別れたロボットへ、1撃ずつ立て続けに叩き込む。
吹き飛んだロボットは、壁に衝突したままアメーバのように張り付いた。
そのまま表面が粟立ったかと思えば、針のような銃弾が2方向から飛んでくる。
「それは想定済みっと」
連続後転で弾を避けつつ、後方に待ち構える別のロボットの顔を、両足で挟み込む。
「そうっれっ!」
身体を捻り、勢いをつけて捕まえたロボットを投げ飛ばす。
宙を舞ったロボットは、壁に垂れ下がったアメーバの片方へ直撃した。
「命中っ!」
リメアはパチンと指を鳴らす。
2つのアメーバは再び1体に戻ろうと壁を這い降りてくる。
が、想定通りモゴモゴとロボットを飲み込んだ片方だけ、妙に動きが遅い。
「やっぱり――!」
リメアは白い歯をのぞかせた。
「あなた達のプログラム、誰か1人が、同じ時期に作ったものじゃない。色んな人が代わる代わる組み立てた設計図の寄せ集めなんだ!」
投げ飛ばしたロボットは、動きがぎこちなかったロボットの1つ。
「じゃあ、この残ったバグだらけのロボットたち、全部くっつけたら、どーなるかな?」
リメアは近くにいたロボットを、エラーデータそのまま統合させるため、破壊最小限で投げ飛ばす。
集合した液体金属は飛んできたロボットを巨体で受け止め、疑うことなくズブズブと飲み込んでいく。
と、ロボットのバイザーが赤く染まる。
『データノ競合ヲ確認、エラー修復、開始シマ――』
「させない!」
大廊下を駆け抜け、散らばり立ち止まっているロボットたちを次々に投げ込むリメア。
「データノ競合ヲ、デデデデータノ競合ゴゴゴゴウヲ、データノキョウゴ、競合ヲヲヲヲ……!」
「効いてる! 残りあと3体!」
勝機が見えた。
これを繰り返せば、きっと倒せる。
少なくとも確実に動きは止められる。
リメアは意気揚々と次のロボットの顎に手をかけ投げ飛ばそうと振りかぶった。
ちょうどその時だった。
ノイズまみれの声が、耳元で聞こえたのは。
『ザザッ……イ……ヤダ……』
「えっ……?」
気づいたときには、勢いのままロボットを投げ飛ばしていた。
耳の奥には、まだあの声がこびりついている。
「気のせい、じゃない、よね……?」
嫌な予感を感じつつも、次のロボットに駆け寄ったリメア。
『……カエリ……タイ……』
「また!?」
耳を澄まして聞きたい気持ちに駆られるが、今本体が動きを止めている間に、バグをできる限り上乗せしないといけない。
「なんなの、もうっ!」
仕方なくロボットを放り投げ、最後のロボットへと向かう。
『ゴメン、ナサイ、モウ、ゲンカイ――』
今度はよりはっきり聞こえた。
残っていた3体は、どれも動きが悪い個体ばかりだった。
そのどれもがロボットらしからぬ音声を流していた。
言葉にできない違和感に胸をざわつかせながら、最後のロボットを持ち上げ、振りかぶった。
『ドウシテ、ワタシヲステタノ、オカア、サン――』
「っ!?」
金属が手を離れた後に、聞こえてきた電子音。体中の毛がゾワリと逆立った。
「まさ、か……」
ズプン、と最後のロボの足が液体金属に飲み込まれる。
アメーバはロボットの形を取ろうとするが、形状が定まらずぐねぐねと苦し気にもがき続ける。
白と銀色がまだらになった表皮に浮かぶ無数のバイザーには、おびただしい数のログの嵐。
その数字やアルファベットの羅列を押しのけるように、おおよそプログラムには程遠い余分な文字列が前面に映し出される。
『イタイ』
『クルシイ』
『モウクスリハ、イヤダ――』
『ワタシ、シニタクナイ……』
とめどなく流れる文字と、繰り返される歪んだ音声。
既視感を覚える言葉の数々。
それは、かつてリメアがアリシアの日記で見た言葉たちに、よく、似ていた。
呼吸が浅く、速くなる。
『タスケテ』
バイザー全てに、同じ文字が浮かび上がった。
プログラムの余白に書かれていた本来意味をなさない走り書きが、統合を繰り返したことで表層化し暴れていたのだ。
次の行動の指示を統一できず、形状が不安定化する液体金属。
表示された文字の奥でもログは留まることなく流れ続ける。
誰にも届かない、名前すら奪われた感情を垂れ流しながら。
もう、ロボットに継続戦闘は不可能だった。
あまりにも、あっけない幕引きだった。
「…………」
リメアは動けなくなった金属塊を背に、アーヴィの元へと踵を返す。
その拳は自分でも驚くほど、強く握りしめられていた。
「ぐああああああああっ!!」
悲鳴が、人気のない警察署に響き渡る。
アーヴィは刃を警官の太腿に突き立てていた。
「お、リメア、終わったか。こっちもちょうど――」
言い終わる前に、リメアが警官の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「あなた、知ってたのね!! 従響星の、孤児たちが、あのロボットのプログラムを作っていたことを!!」
「……おいリメア、顔怖ぇぞ?」
「アーヴィは黙ってて!!」
「へいへい」
「ねぇ! 答えて!!」
リメアは警官を揺さぶった。
「ぐっ……、し、知っていた。知っていたさ!」
警官は吐き捨てる。
「じゃあ、どうして! どうしてこんなことやめさせなかったの! なんでそのままにしていたの!?」
恐怖に怯えた目で男は首を振った。
「し、知っていても俺にはどうにもできなかったんだ! この機械の制御とメンテナンスは俺の管轄じゃない! 俺の責任じゃないんだ!」
「責任がなかったら、どんなことも見過ごしていいっていうの!? 助けたいと思わなかったの!?」
「越権行為は、許されない! き、規則でそう決まってる! だから私は、つ、罪滅ぼしのつもりで孤児院を、孤児院を運営して、それで……」
そこまで言うと、男は力なく項垂れる。
「……夜な夜な聞こえてくるんだ、署内の巡回をしている最中に。ブツブツ、ブツブツと、あいつらの声が。私はこのだだっ広い警察署にひとりっきりなんだぞ! この警察署で1人ぼっちで、ずっとそれに耐えてきたんだ! 私だって頭がおかしくなりそうだったんだ!」
「ほーん、だからこの星で孤児院を経営して、自分はちゃんとできることをやってる、と」
アーヴィが冷めた声を投げかける。
「ああそうだ……分かっていた。私のやっていることが、逃げだってことも。でも、どうすることもできないのは本当だ! 従響星との連絡や航路は立たれて何百年も経っている! 1人の人間の力じゃ、太刀打ちできないことだってあるんだ!」
開けた廊下に、声がわんわんとこだました。
「き、君たちと私は、違う。私は、無力な、一般人なんだ――がっ!?」
叫ぶ男の首筋に、アーヴィがビームブレードの柄の部分で当身を食らわせた。
ドサリ、と警官が倒れたのを最後に、警察署は一気に静まり返る。
「リメア、こんな奴に耳を傾けたところで無駄だ。お前が涙ながらに訴えたとしても、届きやしない。こいつの言う通り、こいつらは無力で流されやすい、ただの一般人だ」
「大人なのにっ! 警察の1番偉い人なのに……っ!」
気絶した警官を見下ろし、リメアは涙を拭った。
アーヴィはため息をつきながら警官の懐を探り、端末を引っ張り出す。
彼がボタンを操作すると隔壁が一斉に下がり始めた。
「だから、変えねぇといけないのは、こいつらじゃない。精霊のほうだ」
開いた隔壁の向こうに、外の光の差し込む玄関口が見える。
「倒すんだろ、精霊」
アーヴィがへたり込んだリメアに、手を伸ばす。
「…………うん」
その手を取るとリメアは後ろ髪を引かれる思いで立ち上がった。
こちらに向かって口角を歪めて笑う少年。
しかし、その表情は急に固まったかと思うと、徐々に引きつっていく。
「おい、リメア」
「ん……なに?」
「ロボット、倒したんだよな?」
「え」
振り返ると、そこには巨大なロボットが無言でこちらを見下ろしていた。
バイザーに濁りはなく、きれいな緑色の【排除モード】の文字が踊っているではないか。
「……再起動、しちゃったのかも、えへ」
「えへ、じゃねーよ!! 逃げるぞ!!」
警官と激しい戦闘の跡が残る大廊下を背に、2人は青空が眩しい玄関口を目指し走り出す。
飛んでくる銃弾の雨嵐が大理石の廊下に跳弾し、天井のステンドグラスを次々に割っていく。
赤青黄色に乱反射する光の洪水を潜り抜け、2人はなんとか外に出た。
だが玄関口の先、広大な庭園に待ち構えていたのは、先ほどの比ではない、おびただしい数のロボットの群れだった。
「……マジ、かよ」
リメアの傍らで、アーヴィが絶句する。
正面と背後から、硬質な足音が2人に迫っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
誰にもバレないと思って落書きを残した経験、ありませんか?
移動教室の机の裏に、びっしりと書かれた落書きを思い出しながらこの話を書きました。
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いつでもお待ちしています!




