第14話 投獄【主律星フェニス】
「そうか、従響星から、ね……」
男はそう言ったきり、喋らなくなった。
目深く帽子を被り直し、リメアに背を向ける。
空調の排気口が出す音だけが、車内に響いた。
車は都会のビルを縫うように、高架の上をひた走る。
「何も、聞かないの?」
「……ああ」
「今従響星で何が起こってるか、聞かないの?」
「…………ああ」
「どうして!? この星がたくさんエネルギーを吸ってるの、知らないの!?」
「…………知ってるさ」
「じゃあなんで!」
ミリミリと手錠の鎖が悲鳴を上げる。
破断寸前だった。
あと1歩で飛びかかりかねない少女に、男は冷たく言い放つ。
「越権行為だからね」
「えっけん……」
「関わるための権利がないんだよ。それが――」
「規則、だから?」
「……そうだ」
「おじさんがいつも孤児院でお話してる、子どもたちと同じような子たちが、ゴミ捨て場でゴミと一緒に捨てられてても?」
「……ああ」
「きつい仕事をさせられて、たった数ヶ月しか命が持たなくても?」
「…………」
「その仕事が、この星のためにやってる仕事だったとしても!? ねえ!!」
「………………すまない。それでも、私にできることは、何も無いんだ」
リメアがどれだけ叫んでも、どれだけ従響星の悲惨さを訴えても。
大人の警官は、まともに取り合ってくれなかった。
「おかしいよ……」
やるせなさに歯を食いしばる。
そこへ冷や水をかけるように、男は重ねた。
「おかしくは、ないんだよ。悲しいけど、それが規則なんだから」
「……それが1番、おかしいよ……」
肩の力ががっくりと抜け、座席に投げ出された両腕から金属音が鳴った。
「リメア様、冷静ニ。当初の目的カラ、大幅にズレておりマス」
頭の中でリッキーが忠告してくる。
(……………………わかった)
言いたいことが喉の奥から溢れかけたが、なんとかそれらを飲み込んだ。
その後車は数時間ほど進み続け、やがて速度を徐々に落としていく。
うなだれた少女の体が、前後に軽く揺れた。
車が浮力を失い、静かに接陸する。
音もなく後部座席のドアが開いた。
「到着したぞ。警察署の本部だ。ここで手続きを行った後、君を監獄へ引き渡す」
「……またあの、1人2役のお芝居をするの?」
警官は苦々しげに愛想笑いを返すにとどめ、リメアに降車を促した。
2階建て近くもある巨大な門をくぐり、噴水が並ぶ庭園を超え、警察署の建物にたどり着く。
「……あの噴水の水も、ホログラムなのね」
「そりゃそうだろ。見て楽しむものに本物の水を使うなんて、コスパが悪すぎるからな」
言いながら警官は、ハンディ端末を操作し、リメアの目の前へ立体映像を出力した。
「えー、コホン、現行犯逮捕、略式自動裁判によると……お、来た来た。えー、判決は1週間の勾留だ。異議なければそこにサインを」
眼前の立体映像に映し出された、文字の羅列の最後に空白が現れる。
リメアは黙って名前をサインした。
男は警察署長と巡査を言ったり来たりしながら、今後の説明や心得の音読を行う。
「――というわけで、君の身柄は今後、ヴェール監獄長へ引き継ぐ。さ、こちらへ」
促されるまま、リメアは警官の後を追う。
自動で開いた艷やかな木製の扉の先には、大理石の長い廊下が待ち構えていた。
革靴の音と、ひたひたと裸足の歩く音が反響する。
見上げれば、高い位置にある窓から陽光が差し込んでいた。
鏡のように磨かれた床で日光が跳ね返り、天井に光る水たまりを作っている。
数え切れないほどの部屋、誰もいない受付に並ぶ空席の椅子たち。
どこもかしこも新品のように輝いているのに、なぜか哀愁が漂っている。
警察署の本部は、まるで廃墟のような建物だった。
「ここだ」
警官に連れられてたどり着いた先には、黒い荘厳な格子づくりのエレベーター。
男がレバーを上げると、時計のように数字が羅列する文字盤を、針がくるくると進んでいく。
ちょうど0を指した時、格子がスルスルと両側に開いた。
箱の扉が開き、暖色の照明が点灯する。
「大丈夫デスか、リメア様。どこまで連れて行かれるか、わかりまセンよ?」
(安心して、リッキー。見てる限り、ぜんぶわたしの力で壊せそうなものばっかり。いざとなったら、ちゃんと逃げるから)
頭の中で、不安げに話すリッキーをなだめる。
歩を進め乗り込んだエレベーターは、リメアを乗せ、ぐんぐんと下へ降りていった。
しばらくすると、チン、と小気味よい音が鳴り、扉が開く。
エレベーターの中の針を見れば、大監獄階、という札が示されていた。
明るいエレベーターの中とは対象的に、外は薄暗く、壁面には配管が張り巡らされている。
緑色の非常灯がぼんやりと輝き、不気味な雰囲気を漂わせていた。
地下だからかどこか湿っぽく、空気が悪い。
「こ、ここが大監獄……? ここに1週間、閉じ込められるの?」
「そうだよ。それが判決の結果で、君もサインしただろう」
「うぅ……」
リメアが尻込みしていると、正面の闇の中からぬうっと壮年の男性が現れた。
きれいに整えられた髭を喉仏まで蓄えており、ぴっちりとした濃紺の制服に身を包んでいる。
「うわっ」
突然現れた男に驚き身を引いた少女へ、髭の男は厳しく言い渡す。
「貴様が本日収監される、囚人番号001か。ついてこい」
白い手袋に握られた、金細工が施された杖が軽く振られる。
エレベーターから、さっさと出てこいと言わんばかりに。
思わず警官の顔を仰ぎ見た。
警官は肩をすくめて見せると、リメアの背中をぽん、と押した。
「ほら、行くんだ」
気は進まなかったが、髭面に付き従う道しか残されていないようだった。
リメアが降りると、扉と格子が閉じる。
「……また、寂しくなるな」
扉の向こうから小さなため息と、独り言が最後に聞こえた。
エレベーターが上へと登っていくと、周囲は一気に暗さを増した。
残されたのは背の高い髭男と、少女が1人。
「こっちだ。全員整列してついてこい」
「え、全員って、わたししかいないよ?」
「1人でも全員だ。この看守長、ヴェールの後ろに、整列してついてくるのだ」
「看守長? 監獄長じゃなくて?」
つい首を傾げてしまう。
ギロリ、とヴェールの白目が光った。
「そうだ。監獄長兼、看守長兼、監獄清掃員兼、監獄料理長だ。今は看守の仕事をしている。つまり、看守長だ」
「……あなたもたくさん仕事があるのね。人が足りていないの?」
素朴な疑問を投げかけるも、男は正面へと向き直り歩き始める。
「人手不足ではない。効率化だ。私語は慎め」
「……はーい」
曲がりくねった通路を進んでいくと、ロッカールームの前で看守長は足を止めた。
「ここで着替えろ。監獄内ではこれを着てもらう」
無機質な金属の棚から取り出されたのは、綺麗に折り目のついた縞模様の囚人服だった。
「えーー! かわいくない!」
「えーもあーもない。規則に従え」
「ぶぅ」
リメアは頬を膨らませ抗議するも、看守は背を向けて杖に手を添える。
選択肢はなかった。
「うー、この服気に入ってるのに……」
ロッカーに着ていたワンピースとポシェットをしまう。
「また、ちゃんと取りに戻るからね」
誰にも聞こえない小さな声で、ポシェットに別れを告げ、扉を閉める。
上下の囚人服に袖を通せば、案外作りが良いことに気がつく。
ごわつかず、伸縮性に優れていて、肌触りがいい。
まるでルームウェアのようで、ちょっと驚いた。
「……これでいい?」
振り返った看守は、上下縞模様になった少女を見て、軽く頷く。
仏頂面からは、感情が読み取れない。
「よし、それでは001、これから貴様の独房へと案内する。私の後ろに――」
「整列でしょ、もう並んでるよ!」
「……私語は慎めと言ったはずだ」
再び、迷路のような道を2人の足音が行進する。
暇を持て余したリメアは、独房の番号を数えていく。
千、万の桁も数字が振られた部屋たちからは、物音1つ聞こえない。
こんなにたくさんの独房、意味あるのかな、とリメアは思う。
ようやくたどり着いた先は、表札に00001と刻まれた、鉄製の重厚な扉だった。
看守長が腕をかざすと、電子音と共に内部で歯車の動く音が聞こえだす。
やがてガチャリ、と音を立てて扉が開いた。
「中に入れ」
「はーい……って、えぇっ!?」
つい、声を上げてしまった。
リメアの前に広がっていたのは。
狭く、不衛生で、劣悪な環境。
薄汚れた跳ね上げ式の簡易ベッドに、便器代わりの汚れたバケツ。
……ではなく。
アリシアと暮らした部屋の3倍程もある広い室内空間。
薄いピンクを基調とした壁紙に、映像モニター、絵本の棚。
天井には空と雲が描かれ、床にはデフォルメされた鳥が描かれた絨毯が。
壁際には天蓋付きの柔らかそうなベッドに大きな枕、並んだかわいらしいぬいぐるみ。
そんなファンシーな部屋を、小ぶりなシャンデリアが明るく照らしていた。
「そこで大人しく反省してろ」
バタン、と部屋に似つかわしくない重厚な音を立てて扉が閉まる。
振り返れば、“ようこそ大監獄へ”と書かれた小さなホワイトボードが、ドアノブの下で揺れていた。
「なに、これ……」
しばらく絶句して立ち尽くす。
呆然としたまま仕方なく、ベッドに腰掛けてみる。
見た目よりも柔らかく、ふわふわのシーツに腰が沈み込んだ。
「や、柔らかい……」
ドッと疲れが押し寄せる。
最後に寝たのは、いつだっけ。
いつの間にかリメアは、眠りに落ちてしまっていた。
カツカツと鳴り響く靴音で目を覚ます。
どれくらい眠っていたのだろう。
体をおこし、目を擦る。
周囲を見渡すと相変わらずファンシーな部屋が広がっていた。
「そっか、わたし、捕まって――」
言いかけたところで、鉄の扉が、勢いよく開け放たれる。
「っ!?」
心臓が喉から飛び出すほどびっくりした。
思わずベッドからぴょんと飛び降りて姿勢を正す。
「おはよう! 001番。さぁ、準備はいいかな? 大監獄名物、朝のお散歩の時間だ!」
威勢のよい声が監獄に響き渡った。
扉の向こうに立っていたのは――。
昨日までの威厳をかなぐり捨てたとしか思えない、満面の笑みを浮かべた大監獄長、ヴェールだった。
「え゛」
あまりの落差に、言葉を失う。
昨日と態度が違いすぎる。
同一人物であるかさえ疑わしい。
髭さえなければ、別人だと思い込んだだろう。
いや、見た目が同じでも別人かと疑ってしまう。
「どうしたのかな? 001番。部屋が気に入らなかったか? 連絡を受けて急いでAIに、女の子が好きそうな部屋を聞き出して準備してみたのだが……」
くねくねと身を捩り、自信なさげに顎髭を人差し指と親指でイジイジ触っている。
その様子を見ているとなぜか、身震いが出た。
「こ、この監獄に来て、今が一番怖いかも……」
「それは大変だ。暗かったな、ジメジメしてたな、陰気臭かったな。監獄とはそういうイメージがつきものだ。だが安心するとよい! 大監獄管理システム、オーダー。空調オン、照明全灯!」
リメアの発言の意図を理解することなく、ヴェールは声を張り上げる。
カーン、と杖で床を叩けば、薄暗かった廊下が眩しいほどまで、一気に明るくなった。
心地よい風がそよそよと流れ出し、おまけにフローラルの香りまで漂い始める。
「ささ、これでもう怖くない! このヴェールおじさんと自慢の大監獄を、お散歩しようではないか! 大丈夫、囚人を収監したあとの勾留期間でなにをするかは、規則に定まっていないのだからなっ!」
るんるん、と陽気に踊る監獄長。
「どうなってるの……」
リメアは、軽く、めまいを覚えたのだった。




