第13話 逮捕【主律星フェニス】
精霊をひっぱたく。
アリシアの魂を、開放させる。
そんな目標を掲げ、最初の1歩を踏み出した。
踏み出した、はずだった。
なのにどうして。
「どうして、こんなことに……」
リメアは激しくうなだれた。
カチャカチャと自由を奪われた両手首から鳴り響く金属音。
頭に被せられたジャケット。
固い後部座席のシートに、明滅する青色灯。
リメアは主律星フェニスに到着後、小1時間もしないうちに、あっさり逮捕されてしまった。
「どうしてっ!?」
鼻水を飛ばしながら叫ぶと、運転席から苦笑いした警官が顔を出す。
「……あはは、さっきも説明したと思うのだがね……」
初老の男性は皺1つない濃紺の制服に身を包み、紋章の入った帽子を少し持ち上げる。
「道路交通規則21条、道路走行する際は、道幅ごとに設定された速度制限を厳守すること。ならびに、道路交通規則32条、道路走行区分に適合した車両で走行すること。君はこれらに違反していたからね」
「む、難しくてわかんない……」
「わかった、じゃあお嬢ちゃんにも分かるように、説明するぞ」
警官はシートのボタンを押し込む。
座席がぐるりと180度まわり、リメアと対面する形で止まった。
車は自動でハンドルを切り、速度を調整しながら進んでいく。
「まずね、お嬢ちゃんが走っていたのは、高速道路だ。確かに車なんて殆ど通らないから、気持ちよくて入ってしまう気持ちは分かる。でも、それは規則違反だ。そして、うーん、これは本当に危ないからもう2度としてほしくはないんだけど」
警官が腕を横に振ると、2人の視線の先に、ホログラムの映像が映し出される。
そこには、高速道路を全力疾走する少女が映っていた。
速度は時速100キロを遥かに超えている。
警官は頭をポリポリかきながら、ため息をついた。
「あのね、これ、ちょっと前に流通した、ローラースケートの違法改造でしょ? 捕まえたときには、どこかへ投げ捨てたか隠したかもしれないけど、こうやって映像がちゃんと残ってるからね」
「ち、違うの、これは、その、ちょっとイライラしながら走ってただけで……」
「うん、ダメだよ。イライラしてても、むしゃくしゃしてても、速度違反は速度違反だ。これ、こんな速度で転んだら、どうするんだ?」
呆れ顔の男性に、リメアは真面目な顔をして逡巡し、鼻息荒く答えた。
「転んだら……、たぶん、顔とか頭をぶつけて、ぐるぐるーって回転して、道路で何回も跳ねて、ごろごろごろーって転がった後、止まる!」
「それ、救急搬送じゃすまないからね?」
「そんな!」
間髪入れない正論に、リメアはあえなく撃破される。
「いいかね、今後そんな危ないことをしちゃダメだ。せっかくのきれいな顔が、アスファルトで擦り下ろされちゃうぞ」
「き、きれいな、顔……」
「うん、拾うべきはそこじゃないからな、擦り下ろされる方だからな……」
目を輝かせる少女に警官は頭を抱える。
しかし議論しても無駄だと判断したのか、帽子を被り直して手を差し伸べてきた。
「はぁ、まあ久しぶりの事件が、大事じゃなくてよかったよ。ほら、ICタグ、出して」
ICタグ、と聞いて少女は首を傾げる。
記憶をたどり、アリシアがタクシーに手の甲をかざしていたのを思い出した。
「あれのことか!」
「あれもこれもないから。はい、利き手はどっちだい?」
リメアはふるふると首を振る。
抵抗していると判断したのか、警官は慣れた様子で手元の端末を操作した。
「わっ!」
意思とは関係なく、両腕が前に差し出される。
手錠からはワイヤーが伸びており、それを引っ張られたようだった。
宙吊りになった両手を警官がハンディ端末で調べ上げ、怪訝な表情を浮かべる。
そしてみるみるうちに目つきが険しくなり、口元へ手を当てながら問いかけてきた。
「なあ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんってもしかして……この星の人じゃないよな?」
「っ!?」
思わず、目を見開いた。
こんなにあっさりと看破されると思っていなかったからだ。
「え、どうしてわかったの?」
恐る恐る尋ねてみると、男性はキラキラと表情を輝かせた。
「はっはぁ! やっぱりそうか! まさかとは思ったが、いやはや。なんでわかったか、知りたいかい?」
コクコクと頷くリメア。
「わかった。じゃあ説明しよう。この星の住人はね、生まれたときに必ず、腕のどちらかにチップを埋め込まれるんだ。そいつが住所登録、買い物の支払い、給料の受取、健康管理、犯罪歴の照会を含め、ありとあらゆる個人情報に直結している」
「はぉー……」
「そしてお嬢ちゃんにはチップを埋め込んだ形跡も、無理やり取り出した形跡も見当たらなかった。この星で生活するうえで、チップなしだとデメリットしかない。精神疾患などが原因で自ら取り出してしまうケースを除き、チップがない人なんて見たことがないよ」
「なるほど」
妙に納得してしまった。
話を聞いていたのか、逮捕された時とっさに体の中へ隠したリッキーが頭の中でしゃべりだす。
「リメア様、以前アリシア様の体をスキャンした際、この男性が言うチップについては確認済みデス。リメア様の腕の中へ、再現も可能ですが、いかがいたしまショウか」
(ダメだよ、リッキー。こんな状況でエーテル操作すると、不審に思われちゃう。わたしはこの星のこと、まだ何もわかってない。精霊の居場所もわからない。このまま様子を見よう)
「かしこまりまシタ。……ご武運ヲ」
パチュン、とケーブルが収納され、吊られていた手錠が自由になる。
もちろん、リメアからすればこの程度の拘束、無理やり抜け出そうと思えば簡単だ。
ただ、それをしなかった理由は、ひとえにこの星の情報を知っておきたかったからである。
「じゃあお嬢ちゃん、罪状に不法移民と入星手続き不備も追加しておくからね」
「うっ、どんどん悪い人になっていく……」
るんるんと楽しげに話す警察官。
よほどこの仕事が好きなのだろうか。
目がやたら生き生きとしている。
「じゃあ、これは重大犯罪だから、本部に連絡させてもらうからな」
「……どうぞ」
「それはそうと、外は暑かっただろ、飲み物はいるかい?」
「だ、大丈夫です」
「そうか、残念だ。この車両についているベンダーはとても優秀でね、ジュースからコーヒー、お酒まで出るんだ。もし飲みたくなったらいつでも声をかけてくれ」
男性はくるりと座席の向きを変えようとして、もう一度こちらへと目線を投げる。
「これは規則で定められていないからな、心配はいらない」
ウインクしながら警官は前を向き、ダッシュボードのボタンを押し込んだ。
「えー、こちら、巡回警備中のD1725、不法移民、入星手続き不備、走行区分違反、速度超過の容疑者を現行犯逮捕。本部の指示を待つ」
罪状を並べられると、いよいよ悪いことをした実感が湧いてくる。
なんとなく落ち着かず、窓の外を眺めた。
高速道路をひた走る車からは、荒々しい山脈がみてとれる。
平地にはサボテンが群生し、まばらだが低草を食むバッファローも見受けられた。
(リッキー、あれもぜんぶ、ホログラム?)
「えぇ。バッファローの動きはランダムに見えますが、一定のアルゴリズムに基づいて動いていマス。間違いありまセン」
(……そうなんだ)
流れる景色に見とれていると、車内にブザーが鳴った。
警官は慣れた手つきで応答する。
「こちらD1725。どうした?」
《ザザッ――えー、こちら、巡回警備中のD1725、不法移民、入星手続き不備、走行区分違反、速度超過の容疑者を現行犯逮捕。本部の指示を待つ――》
「了解、容疑者を輸送し、本部で一次勾留、即日中に監獄へ輸送せよ。並行してICチップの新規発行を関連部署へ要求しておく。ご苦労」
プツン、と通信が切れ、警官がこちらへウインクしてきた。
続けざまに、再び車内のブザーが鳴る。
「こちら、巡回警備中のD1725。どうぞ」
《ザザッ――容疑者を輸送し、本部で一次勾留、即日中に監獄へ輸送せよ。並行してICチップの新規発行を関連部署へ要求しておく。ご苦労――》
通信の向こう側から流れてくる音声は、間違いなく、先ほど警官が喋っていた内容だった。
リメアは首をひねり、訝しがる。
そんな視線に気がついたのか、警官は座席を戻し、苦笑する。
「何をやってるんだと思ったかもしれないね。だがこれも規則だ。破るわけには行かない」
「それって、どんな規則?」
「そりゃあもちろん、本部と巡査の権限を分けるための規則だ。ええっとつまり、偉い人と、普通の警察官で仕事が違うんだよ」
「でも、さっき、おじさんが全部喋ってたよ?」
「おじ……ああ。そうだ」
おじさん、というワードにやや反応した警官は、コホン、と咳払いして胸の階級章をリメアに見せる。
「いいかい、私は巡査であり、本部窓口受付であり、そして本部長官でもあるのだ!」
「す、すごい……の? 1人で3人分ってこと?」
「ああすごい。……厳密に言うと、警察署本部の清掃員、クレーム対応署員、各種申請対応署員も兼ねているが……」
「おぁ、たくさん!」
あまりの広範囲業務に、リメアは面食らう。
そしてふと、思いついたことをそのまま口にした。
「でもそれって、ぜんぶ1人でやってるってこと? 他の人は手伝ってくれないの?」
すると警官は少し悲しそうな目をした後、笑って答えた。
「ああ、少し前まではもう1人、分担してくれる人がいたんだがね。定年退職してしまったんだ。おかげで、この警察業務は私1人と、些細な作業はAIやロボットと分担しているよ」
「だから1人で喋ってたんだね」
「そうだ。ややこしく感じるかもしれないが、規則だからな」
規則、と繰り返されるたび、胸の奥で炎が揺れる。
口をついて出たのは、純粋な疑問だった。
「規則って、どうやったら分かるの? 誰が決めてるの? 精霊? なんでこんなに理不尽なの?」
警官は立て続けの質問に目を白黒させた。
「まてまて、本部まで十分時間はある。1つずつ教えてあげるから、焦る必要はない」
「……じゃあ、教えて」
「いいだろう」
警官は足を組み直し、再びホログラムを起動する。
「お嬢ちゃんはICチップを積んでいないからわからないかもしれないが、規則が新たに追加されると、項目が視覚上に表示される。こんなふうにな」
さっと男が腕をふると、新規規則一覧が表示された。
環境保護規則、基本規則、労働基準規則など、分野別の規則が並んでいる。
「そして誰が決めているか、だったね。それはもちろん、この星の精霊、フェニスが決めている。フェニスは不可侵の司法機関であり、秩序の象徴であり、この星団への資源供給及び管理を行っている」
「…………そうなんだ」
どうやら、諸悪の根源はやはり精霊にあるらしい。
それが聞けただけでも、収穫だった。
これで堂々とひっぱたけると、リメアは確信する。
警官は最後に、やや話しづらそうに続けた。
「ええと、なんでこんなに理不尽なの、についてだったね。これに関しては……うーん、はぁ、我々も不便だとは思ってるよ」
「不便……?」
胸の奥で燃えていた炎が、脊髄を駆け上り、頭の中で爆発する。
リッキーが脳内で静止する声を遮り、少女は吠えた。
「不便って、それだけの言葉で済ませちゃうなんて、おかしいよ! 孤児の子たちが、今どんな暮らしをしてるか、知らないの!?」
突然感情をあらわにしたリメアに驚き、警官はたじろぐ。
「お、落ち着きなさい。何の話をしているかわからない。孤児なんて言葉、よく知ってるね、お嬢ちゃん」
「よく知ってるって、見てきたもん! アリシアがそうだった!」
「分かった、分かった。アリシアちゃんだね。そうか、アリシアちゃんはお嬢ちゃんの友達なんだね」
「……っ! …………うん」
不意打ちだった。
思わず涙ぐむ。
警官は申し訳無さそうに帽子を深く被りつつ、機嫌を伺ってきた。
「おじさんの言い方が悪かったようだ。謝るよ。確かにこの星にも孤児院はあるが、非常に満足度の高い生活を保証しているから、安心してほしい」
「そ、そんなわけっ!」
「大丈夫だ、おじさんが、孤児院の所長も兼任しているからね」
ニッコリと笑う警官は、ホログラムを操作した。
流れ始めた映像、写真は、リメアが知っている孤児院とはかけ離れたものだった。
小さな少年少女から、ほぼ大人に至るまで、人数は少なくとも誰もが楽しそうに生活している。
ふかふかのパンを食べ、ゲームに熱中し、スポーツを楽しみ、清潔なベッドで眠る。
大きくなった子供には、就労支援も行われていた。
「これが……孤児院、なの……?」
「そうだ。事故ややむを得ない理由で両親と離れ離れになった子供は、ここを生活の基盤にする。おじさんも、こうやって警察の仕事をしているが、週に1度、孤児院の所長として彼ら彼女らと触れ合う時間が、一番好きなんだ」
愛おしそうに映像に手を伸ばす警官の言葉に、嘘は感じられなかった。
「じゃあ……っ!」
リメアの胸中に、この3ヶ月間の記憶が渦巻いた。
行き場のない憤りが、食いしばる歯の間から漏れて出る。
「従響星の人たちは、どうなってもいいの……?」
途端、警官の目つきが鋭くなる。
「……君、従響星から来たのかい……?」
リメアは力強く頷いた。
男はじっとこちらを見つめてくる。
車は速度を落とさず、誰もいない道路を走り続けた。
窓の外の景色は岩山から、銀色の高層ビルが立ち並ぶ都市部へ差し掛かろうとしていた。




