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たかが水の話

作者: 大森ギンガ

私はもう三年ほど、水道水を使っていない。

 別に何か信仰があるわけでもないし、健康志向というほど意識も高くない。

 けれど、蛇口をひねって水を飲むという行為になにかこう、言いようのない抵抗がある。

 最初は軽い思いつきだったのかもしれない。だが一度やめてしまうと、再開するタイミングを失った。

 それだけの話。そう、くだらない話だ。


 そんな私が今、熱を出して布団に倒れている。

 部屋には水がない。冷蔵庫は空っぽで、ポカリもミネラルウォーターも、飲みかけのペットボトルすらない。

 非常に喉が渇いている。


 水はある。

 そう、蛇口をひねれば出る。


 ただ、それを使うということが、私にはどうしようもなく敗北のように感じてしまう。


私は喉の渇きに対して、我慢を試みた。

 我慢さえすれば、大抵のことは乗り越えられると信じている。

 実際、私の人生の多くはやり過ごしでできている。

 水道水の件だって、もとはといえばたった一度の我慢から始まったのだ。

 だから今回も、同じようにやり過ごせるはずだった。

 だが、風邪というやつは私より根気があった。


 しばらくして、私は布団の上でやり過ごしに対して敗北を感じていた。

 喉の奥がざらついて、身体の中に砂が詰まっているようだった。

 水を飲めば済む話だ。

 でもその済む話を避けてきたから、今があるのだ。

 何に対しての意地か、自分でもわからなかったが、意地というのはたいていそういうものだ。


 私はふらふらと立ち上がり、台所の前に立った。

 蛇口がそこにあった。

 まるで、ずっとここにいるからね、とでも言いたげだった。

 私はひとつだけ頷いてため息をついた。これは降参の意思である。


 蛇口をひねる。

 それだけのことに、少しだけ手が震えた。

 そして、何の躊躇もなく水が出た。

 私はそれをコップに注いだ。

 そして飲んだ。飲んでしまった。たったそれだけのことだった。


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