聖女として召喚されたから、推しの貴方を溺愛指名しちゃいます!
もふもふはモブです!
ヘビ獣人のヒーローが出てきます(ヘビ姿にはなりません)
大学に向かう途中、トラックに跳ねられた私──菜池聖良の目の前がまばゆく光り、視界がぐにゃりと歪んだ。
「──おお、聖女様!」
眩しい光が収まり、ぎゅっと閉じていたまぶたをひらく。目の前に金髪碧眼の煌びやかな男性が立っている。男性から生える黄土色のケモ耳とゆらゆら揺れる尻尾に視線が釘付けになった。
このスチル見たことがある──!
友達に勧められてプレイした乙女ゲーム『魔王封印の旅は、もふもふハーレムを添えて』のオープニングスチルとそっくり。
略して『もふハー』はタイトルの通り、聖女として召喚された主人公が魔王封印の旅に出かける。その道中で攻略対象者のもふもふ獣人たちと仲を深め、愛のパワーで魔王封印を行う。
『もふハー』の世界だと思って見渡せば、私の足元には召喚の魔法陣が描かれていて、様々な獣人もいる召喚の間も乙女ゲームでプレイした通り。
「聖女様」
ライオン陛下が私に近づこうと一歩足を進めた。
「っ! こ、来ないで……っ」
「大丈夫です、聖女様。我々は聖女様を傷つけるつもりはありません」
また一歩、ライオン陛下が私に近づいて。
「ひっ……!」
魔法陣の回りは、もふもふ獣人に囲まれている。乙女ゲームの世界ならもしかして、と淡い期待も抱いていたけど。やっぱり駄目みたい──!
「っ、は、はっ、はっくしょん──」
動物アレルギーの私の限界点はあっさり超えた。止まらないくしゃみに目の痒み。だから近づかないでって言ったのに。
「だ、大丈夫だろうか、聖女様……?」
「ぜぇ……ひゅ……、だ、だいじょ、ぶ、っくしゅん、なわけないでしょ……っ! とにかく離れて……死んじゃう!!」
「なっ……! 皆、聖女様から離れろ──!」
明らかに尋常ではないくしゃみと呼吸にライオン獣人が怯む。もふもふは私から即刻、離れてほしい。
「聖女様……これくらい離れれば大丈夫だろうか……?」
「な、なんとか……ぜぇ、っくしゅん……」
「聖女様は病気なのだろうか?」
「……アレルギーなの! 私、動物の毛アレルギーなんです……っ!」
「な、なんですと!? 異世界の聖女様は、もふもふが好きだと文献に書いてあったので、もふもふな者で歓迎したのですが……」
しゅーん、と尻尾とケモ耳が垂れ下がるけど、泣きたいのはこっちだから! 動物の毛アレルギーの私をもふもふで取り囲むなんて殺そうとしてるのかと思ってしまう。
私に『もふハー』を勧めてくれた友達もリアルではアレルギーでもふもふを楽しめない私を想い、ゲームを貸し出し。もふもふ獣人を見ているだけで鼻がムズムズしたけど、推しキャラができた『もふハー』は周回プレイするくらいハマった。
でも、これは現実──!
「はっくしゅん……くしゅん……っ……も、やだ、帰りたい……」
「な、な、聖女様、お待ちください! 我々を魔王からお救いください──!!」
「無理……魔王より先にアレルギーで私が死ぬ……」
辛い。鼻も目もぐちょぐしょ。ただただ家に帰ってシャワーを浴びて薬を飲んでリセットしたい。ライオン陛下が慌てた様子で私に近づこうとして、周りのもふもふに止められていた。ナイス、アナザーもふもふ。
「せ、聖女様! アレルギーが治れば、我々をお救いくださるのでしょうか?」
「はっくちゅ……っ、治せるの?」
くしゃみの合間に推しキャラへの執着だけで問い掛ければ、ライオン陛下が雄叫びを上げた。
「もちろんでございます! 今すぐ魔法塔にいるカイルを呼べ!」
「──っ?!?!?!」
ライオン陛下の叫んだ名前に息を呑む。
魔法塔の大魔法使いカイル様こそ、私の推しキャラ!
カイル様の登場シーンは一瞬なのに、一目見た時から目が離せなくなった。友達に言っても理解されなかったけれど、一目惚れしてしまったカイル様。
「──陛下、お呼びでしょうか?」
何もない空間が突然光り、魔法使いの黒ローブをまとったカイル様が現れた。ほ、ほ、ほ、本物──!
銀髪金眼、ローブに覆われていてもスラッとした高身長、白ヘビ獣人らしく頬から首にかけて鱗が煌いているのも神秘的で最高に格好いい。うわあ、本物の破壊力が半端なくて語彙力がなくなる。
「カイル! 聖女様を今すぐアレルギーから助けろ!」
「……御意」
カイル様が金色の瞳で私をじっと見つめる。嘘、私、今、カイル様の視界に入ってるよね。心臓があり得ないくらいバクバク跳ね上がった。
「状態異常解除」
カイル様が耳に心地いい低音ボイスで魔法を唱えると、鼻のむずむずも目の痒みも一瞬で消えた。流石、愛しのカイル様。
「えっ、凄い……治ってます……カイル様、本当にありがとうございますっ!」
綺麗さっぱりアレルギー症状がなくなったお礼をカイル様に伝える。もっとカイル様に近づきたくて一歩を踏み出したら、ライオン陛下が猛烈な勢いで私とカイル様の間に割り込んで跪く。
「聖女様、魔王を封印して我々をお救いください──!」
ライオン陛下の行動に既視感がある。シナリオが再び再開されているらしい。
『もふハー』の世界では、前聖女が封印した魔王が魔王城に眠っている。まもなく目覚めることを予言で知った陛下がカイル様の作った召喚陣で異世界から聖女を召喚した。カイル様の召喚陣に選んでもらえたなんて光栄すぎて、封印を断るなんてありえない。
「はい、もちろんです……っ!」
「おお……っ、なんと慈悲深い聖女様! 聖女様のお名前をお聞かせください」
「私の名前は、菜池聖良です」
名前を告げた途端にキラキラした光が降り注ぐ。これは聖女だと認められたスチル。『もふハー』のシナリオが順調に進んでいく。
「聖良様は我が国の聖女様に認められました。聖女様をお守りする為の勇者パーティーは整っております」
「……っ!」
ライオン陛下の声で前に出てきたノーマル設定な攻略対象者のもふもふ獣人たち。見てるだけで鼻がむずむずする。ライオン陛下は尻尾を揺らしながら、声高らかに続けた。
「聖女様、我が国の精鋭を揃えました。勇者の狼獣人ウルフーノ、剣士の虎獣人タイガリアン、魔法使いの黒豹ヒョーノハルトです──いかがでしょうか?」
聞いたことのあるスチルとセリフ。『もふハー』のシナリオはきちんと進んでいるけど、ここが最初の分岐点。
ライオン陛下から紹介されるもふもふ獣人を自分好みに選択できるのが、『もふハー』の最大の特徴。ここで選んだ好きなもふもふ獣人達と仲を深めながら、魔王城まで旅をして魔王封印をする。ちなみにもふもふ以外の選択肢がないのか試したけれど、十五種類すべてもふもふで泣いた。
「……チェンジで!」
「それでは──犬獣、」
「チェンジ!」
「それでは──狐獣、」
「それもチェンジ──私は、カイル様、ゾウ獣人、ハダカデバネズミ獣人を希望しますっ!」
「「は?」」
私の渾身の叫びにライオン陛下とカイル様の声がハモった。流石、兄弟。カイル様は不遇の王弟殿下という設定。
目を見開く二人に向かって、『もふハー』で勇者パーティーを組むならと考えていた動物を口にした。毛のない動物を色々調べて、大きくて力持ちなゾウ、小さくてとても長生きなハダカデバネズミ。我ながらなかなかいいチョイスだと思う。
「せ、聖女様……ヘビ獣人はカイルなのですが……その、ええと、ヘビは魔族の仲間と言われておりまして、魔王封印の旅には相応しくないかと……」
言いにくそうに話すライオン陛下をじとりと見る。私の推しを苦しめる迷信にハラワタが煮えくりかえるけど、心底驚いた顔を浮かべた。主演女優賞を狙っちゃうよ。
「ええっ?! まあっ、陛下! 私のいた世界のヘビは神様の使いで、幸運の象徴なんですよ──幸運をもたらすヘビ獣人のカイル様がいれば魔王封印も成功するはずなので、勇者パーティーから外したくありません!」
「「は?」」
私の説明にライオン陛下とカイル様の声が再びハモった。やっぱり兄弟。
『もふハー』のカイル様は、魔族の仲間と忌み嫌われるヘビ獣人に生まれてしまい冷遇されている。蛇の抜け殻を見つけたら金運、恋愛成就、商売繁盛、厄除け、長寿に効くと言われるくらいラッキーなのに!
『もふハー』の運営サイドにヘビ嫌いがいたとしか思えない。カイル様を不憫で不幸な設定にしているの絶許。
「カイル様が勇者パーティーに加わってくれないなら、魔王封印の旅には行きません!」
「なっ……!」
これでもかと目を見開いたライオン陛下を無視して、カイル様に駆け寄り、両手を組んで見上げる。
「……カイル様、だめですか?」
『もふハー』のヒロインができる無敵ポーズ、うるうる上目遣い。レベルが上がると習得できて、意中の攻略対象者にすると、好感度ゲージが一気にマックスまで上がる。現実でも通用しますようにと願いながら無敵ポーズを行う。
カイル様の金色の瞳がゆっくり細められ、頬をするりと撫でられる。ひんやり冷たい指先に身体がふるりと震えた。
「駄目に決まってるよね」
「………………え」
カイル様の指先が顎にかけられて、上を向かされる。シャンデリアの光を反射する銀髪、透き通るような白い肌、煌めく金色の瞳のカイル様は神々しくて目を逸らすことができない。
「ようやく僕の半身をこの世界に召喚したのに──他の獣人への浮気は許さないよ」
カイル様の言葉が上手く理解できなくて目を瞬かせる。ファンタジーの世界には同じ魂を二つに分けた特別な存在を半身という。傍にいるだけで安心できて、半身の契約を結び夫婦になると寿命も同じになる。
「カイル様が私を召喚したの……? 私がカイル様の半身……?」
「そうだよ。僕が見つけて呼んだ僕だけの聖女。これから一生巻き付いて離したくないほど愛しているよ──聖良」
カイル様に砂糖を煮詰めたような声で名前を呼ばれ、心臓が、とくん、と大きく跳ねた。金色の瞳は蜂蜜みたいにとろりと甘い。ゆらめく甘やかな熱に見つめられる。
カイル様を初めて見た瞬間から目を離せなくなったのは、カイル様は私の半身だから──。
「私、ずっとカイル様に会いたかった。これからずっと一緒にいたいです」
「もちろん、ずっと一緒だよ──もしも嫌だと言っても聖良を丸呑みして僕のものにしてしまうからね」
いつの間にか抱き寄せられたカイル様の体温は、ヘビ獣人らしくひんやりして心地いい。カイル様をよく知らないのに、ひどく安心するのは半身だからなのだろう。ずっとこうしていたいけど──魔王を封印しないと『もふハー』の世界が大変なことになってしまうことが頭をよぎって身体がふるりと震える。
「聖良」
沈みこんでいた思考がカイル様に両頬を包まれて浮上する。
「二人きりで魔王封印に行こう」
金色の瞳は私の気持ちをなんでも見透かしているみたいで心が歓喜する。こくこくと頷けば、嬉しくて溢れた涙をカイル様の指先が優しく拭う。
「ねえ聖良、魔王封印が終わったら、寿命を同じにする半身の契約をしてほしい」
「はい……もちろんです……っ」
私の返事にカイル様の瞳が甘く細められる。ゆっくり近づく顔にまぶたを閉じれば、柔らかな口づけを落とされた。
「聖女様、カイル、魔王を封印して我々をお救いください!」
それから、ライオン陛下の声に見送られて私たちは魔王封印の旅に出発。
『もふハー』のシナリオみたいなドキドキいちゃいちゃなイベントが発生するのかと胸をときめかせていたのに──カイル様は転移魔法を使って、あっという間に魔王城に着き、封印どころか魔王をあっさり消滅させてしまった。流石、愛しのカイル様。
魔王封印のあと、甘い甘い半身の契約を交わして──。
「愛しているよ、僕の半身」
カイル様のすらりとした指が、私の頬にできた鱗をなぞる。半身の契約をした私の身体には、カイル様とお揃いの銀色の鱗が現れて、寿命も同じに。元の世界の私はトラックに跳ねられ亡くなっている為、カイル様の影響を強く受けているのだと教えてもらった。
カイル様の煌めく鱗に私も手を伸ばして唇を強請る。
「私も愛しています──これから一生、巻き付いて離しませんから覚悟してくださいね」
「ああ、それでこそ僕の半身だよ」
唇を合わせ、時間を忘れて二人で巻きあい蕩けるような愛に溺れていった──。
おしまい
読んでいただき、ありがとうございます!
なろうの仕様が変わって、新機能のスタンプを押す企画を開催中みたいです୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
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