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<episode9> 君を守る貴族の誓い

 それから数日後の昼下がり、今回の地震の被害が甚大であることを受けて、政府が緊急の記者会見を行った。

 スーツ姿に決め込んだこの国の首相が、あれこれと長い前置きを話し「これから、特別なご来賓に今回の地震の経緯を説明して頂きます」と告げると、派手なドレスを着た見覚えのある女性が壇上に上がってきた。

 会場がざわつき始め、カメラのフラッシュが一斉に彼女に向けられる中、彼女はゆっくりとマイクに近づき、テレビカメラを鋭い視線で睨み付けていく。


 ツインに束ねたドリルの様なブロンドの巻き髪を揺らし、動じる気配も無く精悍な顔つきで壇上に凛と佇むその人物は、紛れもなく僕たちの先生マリア・エスコバルその人だった。


「私は異世界フェルナス公国の皇帝、マリア・エスコバルと申します…」


 静かに語る先生のその一言に会場は一気に静まり返り、記者たちは信じられないといった表情で見つめ合っていった。

 いきなり異世界と言われても、事情を知らないこの国の人々には信じがたい話であるのだろう。会場には驚きと困惑の表情が広がって、ザワザワとざわめき始めている。

 そんな中で先生は先日、僕たちに謝罪した時と同じことを語り始め、会場の誰もが驚きを見せながらも、桁違いのスケールに圧倒されてその話に引き込まれていった。


 そして話の最後に先生は、カメラの前であの時と同じように深々と頭を下げて、この国の人々に謝罪の意を表していった。

 しかし、その話を聞き終えたマスコミの記者たちは、まるで先生が震災を起こした原因であるかのように、一斉に非難の声を上げて先生を質問攻めにする。


「貴女がこの世界に来たことが原因ではないのですか!?」


「異世界から来た話が本当なら、この国を侵略しようとして、地震を起こしたのではありませんか!?」


 マスコミの質問は容赦なく繰り返され、先生を追及する声が次々と飛び交った。会場は一時騒然となり、カメラのフラッシュが激しく光る中で、先生は動じることも無くその場に立ち続けていた。

 テレビの前でそれを見る僕たちは、お門違いだとは思いながらも、心の中で先生に声援を送り続けていた。

 マスコミの容赦ない追及にもかかわらず、先生の表情には一切の動揺は見られない。彼女の毅然とした態度は、まるで全ての疑念や批判を跳ね返すかのようだった。


「私は皆さんに、真実と希望を伝えるためにここにいます…この地震は、私の存在が原因ではありません…しかし、予見していながらも、何もできなかった事には申し開きがございません!私はこの地震によって苦しむ全ての人々を救うために全力を尽くしていきます…」


 先生の言葉は力強く、記者たちの罵声を一瞬にして封じ込めていった。その場に立ち続ける彼女の姿は、まるで不動の山のように揺るぎないもので、漂う風格と威厳に満ち溢れている。

 先生はその言葉を残すと、シーンと静まり返る会場を、何も言わずに扇子を口に当てながら後にしていく。

 緊急の記者会見は静かに幕を閉じた様に思えたが、マスコミの先生への批判は止まらずに、ネットは炎上し、国民も怒りの矛先を先生に向け始めていた。


 記者会見が終わり、その影響が全国に広がる中、避難してきた人たちに解放されていた学校は少しずつ落ち着きを取り戻していたが、怒りの矛先を江洲小原先生に向ける人々や大勢のマスコミが学校に押し寄せていた。

 教室の窓から外を眺めると『マリア・エスコバルは異世界に帰れ!』とプラカードを掲げた人達が、拡声器を持ちながら先生の批判を繰り返している。

 そこに集まる人間は先生に助けられた街の人達ではなく、マスコミやネットの風評に煽られただけの、マリア・エスコバルという人間を直に見ていない人達だ。


 学校に避難をしている街の人達は先生を女神の様に称えてるというのに、震災での不満を先生に向けてるだけの人間は、マリア・エスコバルという人物の本質を見ていない。

 久々に教室に集まった僕たちは、加速する先生の批判に心を痛めながらも、どうすることもできずに手を拱いていた。


「こんなの間違っているよ…先生はこの世界を救ってくれようとしてるのに…」


 机に座りながらそう言って頭を抱える宅間君は、どうにもできないもどかしさから自分自身を責めている。


「先生が何をしたって言うのさ…学校を守って街の人達を救ってたじゃないか!」


 それにつられるように伊藤君が窓の外を眺めながら、デモに集まった人々に怒りを露わにしていた。

 教室に集まった僕や生徒たちは、江洲小原先生の素晴らしさを知ってるだけに、好きな事を言っている外の人達の身勝手さにやり切れない思いを募らせていた。

 お通夜のように暗く沈んだ教室の中で、僕たちがしんみりしていると、教室のドアが静かに開かれていった。


「おや…アナタたち何をしておりますの?」


 突然姿を現した江洲小原先生は、外から聞こえてくる罵声が耳に入っているはずなのに、まるで気にも留めていない様子だった。

 いつものように無表情で落ち着き払ったその姿は、何事もなかったかのようで、心配していた僕たちは別の意味で驚きを隠せなかった。


「先生…外の人達が勝手な事を言ってるよ…」


「ああ…アレですね…」


 そう言いながら江洲小原先生は静かに窓へと歩み寄り、外の騒ぎを見つめながら、なぜかほのかに笑みをこぼしていた。


「震災の鬱憤でストレスが溜まっているのでしょう…好きにさせておきなさい…」


 自分がボロクソに言われているというのに、他人事の様に振舞うその姿は、一般庶民の僕たちには考えられない事だった。

 小馬鹿にした笑みを浮かべて外を眺めているその様子は、絶対的な力の差がある強者の様な貫禄があって、デモ隊なんかまるで相手にしていない。

 そんな時、いつの間にか学校の外に飛び出していたのは、クラスの中でもで正義感に溢れる佐藤花子だった。


 彼女はデモ隊の前まで一直線に駆けつけて、怒号が飛び交う中で、彼らの目を真っ直ぐに見据えて立ち尽くしていった。

 それを見た江洲小原先生の穏やかな顔つきが見る見る変わり、険しい表情でその光景を眺めていく。

 不安の入り混じったその顔は、佐藤さんの身を案じているのか、成長する我が子を見守る様な慈しみに満ちている。


「これ以上、江洲小原先生を非難するのはやめてください!」と彼女は声高に叫び、続けざまに「先生はこの町のために尽力してくれているのです…彼女の真意を分かってください!」と訴えていった。

 その声でデモ隊の怒号が一瞬静まり返るものの、怒りの矛先は何故か、目の前に立ちふさがる佐藤さんに向けられていった。


「なんだお前は!あの女の生徒か?こっちはあの地震のせいで住む家まで失くしてるんだぞ!」


「そうだ!何も知らないガキが、しゃしゃり出てくんじゃねぇ!」


 目の前に居るのは、まだ10歳くらいの女の子だというのに、デモ隊は容赦なく佐藤さんに罵声を浴びせていく。

 しかし、それに怯みもしない佐藤さんは「家を失くしてるのはアナタたちだけじゃない!ここに避難している人を見て下さい!皆、江洲小原先生に助けられて感謝しています」と大きな声を上げていった。


「生意気な奴め…お前はあの女の味方なのか?!」


 しかし、興奮するデモ隊の大人たちは、口々に彼女を非難しながら、準備していた生卵をその手に強く握りしめていった。

 彼らの目は怒りに燃え、まるで正義を振りかざすかのように、手に持った卵を躊躇なく彼女に向かって投げつけていく。

 次々に投げつけられる卵は、佐藤さんの小さな身体に容赦なく打ち当たり、割れるたびに鈍い音を立てていく。


 割れた卵は黄身と白身が弾け飛び、彼女の全身は卵の残骸で、見るも無残な汚辱の姿となっていった。

 彼女は唇を噛みしめ、目を閉じて耐えているが、その顔には屈辱と無力感が表れて、今にも泣きだしそうになっていく。

 しかしその瞬間、ドスの効いた甲高い声が、晴天の青空を切り裂くように響き渡っていった。


「私の可愛い生徒に何をしているのですか!お止めなさい!!!」


 デモ隊に向かってゆっくりと歩み寄る江洲小原先生は、声のトーンとは対照的に表情は微塵の変化も見せてはいない。

 しかし、その静謐な佇まいからは、抑えきれぬほどの恐ろしい気配が滲み出し、まるでその場の空気を凍りつかせるくらいの威圧感を放っていた。

 彼女の足音が地面に響くたび、デモ隊の怒号が僅かに揺らぎ、彼らの目には戸惑いと怯えが浮かび始めている。


「お…お前が…ま…マリア・エスコバルか?」


 能面でも被っているかのように、無表情で殺気立つマリア先生の様子に、デモ隊は明らかに怯え切っていた。

 迫って来る先生の内面から禍々しいほどの怒りが溢れ出し、怯えだす彼らはジワジワと後退りを始めていた。


「佐藤…私の元へ来なさい…」


 そう呟く江洲小原先生の声にデモ隊はビクッと反応し、佐藤さんは先生に向かって駆け寄っていく。

 佐藤さんが側に来ると、先生は汚れも気にせず彼女をギュッと抱き締めて「クリーン…」と小さく囁いた。

 その瞬間に佐藤さんの身体が温かい光に包まれて、卵に汚れた彼女の身体が跡形もなく綺麗になっていった。


 まるで魔法が発動したかのような、その光景にデモ隊連中は唖然とするが、江洲小原先生は氷のような冷たい目で彼らを睨み付けていく。


「お前たちは恥ずかしくないのか!家を失ったということを利用して、自分たちより弱い子供に鬱憤を晴らすなど人間のすることではない!恥を知りなさい!!!」


 珍しく感情を剥き出しにする江洲小原先生の言葉に、デモ隊の連中は何も言い返すこともできずに立ちすくんでいた。

 それは異世界の王という立場立場を超え、子供たちを守る教師としての決意が滲み出た叫びだった。

 デモ隊の中には、拡声器を握ったまま硬直する者もいれば、プラカードを下ろして目を伏せる者もいた。


 彼女の存在感は、抗うことのできない力となってその場を圧倒していき、教室の窓からその様子を見守ってる僕たちは、息を潜めて固唾を呑んでいた。

 遠くに、マスコミのカメラが光るのが見えたが、彼らはただ静かに立ち尽くしている。


「私にだったら何をしようが構いません!…しかし生徒に手を出したら、私は何をするか分かりませんよ…」


 そう言って綺麗になった佐藤さんの頭を撫でる先生は、静かな狂気を帯びていて、本当に何をしでかすか分からない殺気まで放っていた。

 そんな様子にデモ隊の連中は意気消沈し、その中の1人が手に持っていた卵を地面に落とし、他の者たちも武器とも言える拡声器やプラカードを次々と下ろした。

 その背後では、マスコミのカメラが遠巻きにシャッターを切り、静かに騒ぎを見守っていた。


 戦意を消失したデモ隊の姿に、深い溜め息を漏らす江洲小原先生は、続けざまに彼らに向かってこう言い放っていった。


「家を失ったと言っていましたが、私の国の魔導士やドワーフたちが街の復旧に向かっています…被害の少ない所は遅くなりますが…アナタたちは何処から来たのでしょうか?」


 威厳を取り戻したかのように、再び冷静さを見せる先生の言葉に、デモ隊はギクッと立ちすくみ、一人が掠れた声で「俺たちは…」と言いかけたが、言葉を詰まらせ、やがて沈黙した。

 やがて彼らは肩を落とし、悄然とその場を後にしていった。

 マスコミが遠巻きに見守る正門の前で、江洲小原先生はもう一度、佐藤さんの身体をギュッと抱き締めていく。


「怖かったでしょ…よく頑張ったわね…」


「先生が悪く言われるのが我慢できなくて…私は先生のホントの姿を知ってるから…」


 そう言いながら抱擁を続ける2人の姿に、僕は熱いモノが込み上げ、自然と涙を流していた。

 次の日、この出来事がマスコミによって報道され、あれほどバッシングを受けていた先生の評価は180度、称賛へと変わっていった。




               ~to be continued~



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