表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/36

<episode8> 語られていく真実

 セバスチャンが連れてきた大勢の魔導士たちの協力もあり、町全体には大きな結界が張られ、事態はひとまず落ち着きを見せていた。

 大勢の人間が学校で避難生活を送る中、復興が着々と進んでいるにもかかわらず、江洲小原先生は依然として難しい表情で何かを考え込んでいた。

 あの時、雨の中で垣間見えた人間らしさは、彼女が鋼のような無敵の存在ではなく、1人の女の子である事を教えてくれた。


 子犬を抱いて泣いていたあの姿は、異世界の王として気丈に振る舞う仮の姿を、脱ぎ捨てた束の間の一瞬だったのだ。

 いつもとは全く違う江洲小原先生の姿を見て、僕や生徒たちも動揺を隠し切れなかったが、逆に人間らしい姿を見れて僕は少しだけホッとしている。

 普段の人形のような無表情を装った顔付きは、王としての責務から来るもので、彼女の本来の姿ではなかった。


 僕よりずっと年下の女の子だというのに、いったいどれほどの苦労を重ねて今に至ったのだろうか。

 幼いころから努力を積み重ね、王になるという固い決意が無ければ、あれ程の芯の通った毅然とした態度は保てなかっただろう。

 かつて閑静な住宅街だった、この区域が今は瓦礫の山と化し、彼女はそれを遠い目をしながら見つめている。


「美濃又、生徒たちをここに集めてください…アナタたちに、話しておかなければならない事があります…」


 そう話す江洲小原先生の顔つきは、何処か切なく悲しげに見えて、僕は何故か胸がざわつく不安な気持ちを抑えきれなかった。

 先生の言葉を各々の生徒に伝えに行くと、生徒たちはそれぞれに避難民のお世話をしたり、大人たちに交じって運ばれてくる瓦礫の後片付けをしたりして、意欲的に動き回っている。

 こんなところにも江洲小原先生の教えは、しっかりと生かされていて、胸が熱くなるものの何故か不安は拭いきれなかった。


 そんな時、伊藤君に江洲小原先生が招集をかけていると話に行くと、彼は不意に黙り込み僕の目を不安げに見つめてきた。


「美濃又先生…江洲小原先生って異世界の王様なの?」


 僕がその言葉にしどろもどろになっていると、頭の良い伊藤君は既に何かを感じ取っていたのか、険しい顔付きで僕を睨みつけた。


「ああ…ハッキリと聞いてないけど、たぶんそうだよ…それを伝えるために呼んだんだと思う…」


 先生から直接聞いた訳ではないが、初めて出会った時から今までの事を考えると、そう考えるのが一番自然に思えた。


「じゃあ、いつか帰ってしまうんだね…」


 少し俯き加減でそう呟く伊藤君は、先生がどんな理由で招集をかけたのか何となく分かっている様で、その後は何も言わずに俯き加減で僕に付いて来た。

 青空の下、木陰に集まる生徒たちは、いつもの様に扇子を口に当てながら、華麗に佇む江洲小原先生に目を向けて体育座りをしていた。

 伊藤君は皆に混ざって体育座りをし、僕は先生に皆が集まった事を報告した。


「皆さん、ごきげんよう…アナタたちのご家族が全員無事であった事を心からうれしく思います

 …」


 そう言って話を切り出す江洲小原先生は、今まで思い悩んでいた様子が嘘のようで、毅然とした態度で話を進めて行った。


「既に気付いている者もいるでしょうが、私は異世界から来た公国の王です…フェルナス公国、それが私の国の名前です…」


 凛として語り続けていく江洲小原先生には、もう完全に迷いなどない。

 きっぱりと異世界の王と言い切ったその姿に、ここにいる誰もが驚きを隠し切れずに、ポカーンと口を開いていった。


「私は目的があってこの異国の地にやってきました………事の始まりは我が国フェルナス公国の首都、ハウゼンの街に突然現れた奇妙な格好をした放浪者がきっかけでした…」


 次から次へと語られていく真実に、生徒たちは目を丸くしながら顔を見合わせていた。

 今までの江洲小原先生を見ていれば、納得する部分もあるはずなのに、本人の口から新事実が一気に語られて、受け止めるのが難しくなっているのだろう。

 そんな生徒たちの不安げな様子も他所に、江洲小原先生は涼しげな顔をして、自分自身をパタパタと扇子で扇ぎ始めて行く。


「その者は身元も分からず、私たちとは違う異様な格好をしていました…どこから来たのか尋ねても混乱していて埒が明かず、その者を一旦保護した私たちは、彼の言葉から少しずつ何があったのか聞き出していったのです…」


 先生が言っているのは異世界に迷い込んだ、この世界からの転移者なのだろう。

 僕たちが江洲小原先生たちを少し奇妙だと思っている様に、この世界から異世界に迷い込んだ人間も奇妙に見えるのかも知れない。


「その者と話し合い、彼が全く別の世界から来たということがわかると、私たちは驚きを隠せませんでした…魔法が存在しない世界で、スマホという不思議な装置での通信や、自力で走る自動車という鉄の馬車が道を行き交う日常文化は、私の世界では想像もつかないことだったのです…」


 その話はまるで小説の1ページのようで、僕たちは先生の話にのめり込んでいた。

 先生がどういった理由で、この世界にやって来たのか少しずつ語られていくと、生徒たちも息を呑み、瞳を輝かせていた。


「更なる発展を望む私たちは、その世界の文化を我が国、フェルナス公国にも取り込もうと、その世界の人間と交流することを決めました…そして、その者が迷い込んだ所に調査団を送り、この世界に通じる異空間ゲートを見付けることができたのです…」


 先生がどうやってこの世界に来たのかは、話の流れから何となく想像がつくが、肝心の目的がまだ語られていない。

 先生の話は徐々に雲行きが怪しくなっていくが、僕たちはその話にますますのめり込んでいった。


「初めて見た時、そのゲートは人一人がやっと通れるほどの、小さな時空の歪みのようなものでした…綿密な調査を繰り返し、その危険を乗り越えた結果、私は何人かの側近と共にそのゲートを潜り、この世界にやって来ることができたのです…」


 話しのスケールの大きさに僕たちが息を呑む中で、先生の話は淡々と続けられていった。


「初めて目にした、この世界は私たちの想像を遥かに超えていました…科学の力で建てられた高層ビル、魔法の代わりに電気が街を照らし、自動車がまるで鉄の馬車のように街を駆ける姿は、フェルナス公国では考えられない驚異でした…私たちは何とかしてこの文化を持ち帰ろうと、この国の要人たちとの会談を繰り返していきました…」


 その話に僕は驚きを隠せなかった。先生はこの学校に来る前から、この国の政府のトップや官僚たちとコンタクトを取り、会談を繰り返してきたのだ。

 考えてみれば先生の待遇は、まるでお忍びで訪問した異国の要人の様な手厚さがあって、学校の一部を勝手に執務室に変えても、校長どころか教育委員会すら何も言わなかった。


「文化の交流は成功の兆しが見えてきていました…私たちは魔法の力で動く魔道具の知識と、その動力である魔石を提供し、この国の要人たちはその代わりとして科学の知識と、その力で動く文明の道具を提供するという話にまで持ち込んでいたのです…」


 そう言いながら扇子を口に当てて、僕たちを見つめる江洲小原先生は、過去の出来事を思い出すように遠い目をしている。


「しかし、思いもよらない所に落とし穴がありました…ゲートと呼ばれる時空の歪みは驚異的な速度で大きさを増していき、もはや私たちの力では制御不能になっていったのです…」


 そう話した瞬間に、江洲小原先生は目をカッと見開き、震える声で「このゲートをこのままにしておく訳には行きません…」と続けていった。


「何故なら私のスキル【先見の明】で未来を予見したところ、ゲートは更に広がり続け、この世界も私たちの世界も飲み込んでしまうという未来が見えてしまったからです…先日の地震も、その影響によるものでしょう…」


 先生はそう言うと何故か芝生の上に膝を付き「まだ、時間があると思って油断していた私のせいです…申し訳ありませんでした!」と頭を下げていった。

 異世界の国の王だと言っておきながら、ドレスを汚して臆面もなく土下座する姿に、ここにいる誰もが言葉を失い呆然としていった。

 これほど気品溢れる気高い存在が、こんな姿を見せてまで、僕たちに謝罪しているなど、まるで夢のようで信じられない。


 そこにいる皆がオロオロと顔を見合わせていると、不意に宅間君が小さな声で「それ、先生のせいじゃないよね?」とポツリと呟いた。

 それに同調するかのように伊藤君が力強く「先生、何も悪く無いじゃん!」と声を上げていった。

 すると勇気ある2人の声に、今まで黙っていた生徒たちまで「そうだよ、先生は何も悪いことなんてしてないんだから、土下座なんてしないで!」と次々に声を上げていく。


 クラス全体が一つにまとまりを見せるその光景に、僕は気持ちが熱くなり、ジーンとくるものが込み上げていた。

 先生もそんな生徒たちの姿に薄っすらと瞳に涙を滲ませていたが、そこから立ち上がる気配は全くない。


「ワタクシの謝罪を受け入れてもらえますか?」


 そう言って生徒たちの様子を伺っている先生は、不安げで切なげな表情を未だに浮かべていた。

 誰もがニッコリと微笑んでコクリと頷いた時、先生は漸く薄っすらと笑顔を浮かべて立ち上がり、また毅然とした態度に戻って生徒たちを見下ろしていった。


「ありがとう…皆さんの寛大な配慮に感謝の気持ちを贈ります…しかし、これだけは忘れないでください…私がここに来たのは、アナタたちとこの街を守るためです…一人ひとりが大切な存在であり、私の大切な生徒です……だから、どんなことをしてでもアナタたちは必ず守ります!」


 先生のその言葉は、そこにいる誰もを奮い立たせて、その場を熱狂の渦に飲み込んでいった。

 ある者は感動のあまり涙を流し、また別の者は声を高らかに上げて先生を称えている。

 しかし、生徒たちは気付いているのだろうか。ゲートが閉じられて世界を繋ぐものが無くなるという事は、先生は異世界に戻り、もう二度と逢う事の出来ない永遠の別れを意味している。


 漸くできた人生の目標を失う虚しさに、僕は遠い目をしながら、いつまでもその様子を呆然と眺めていた。




               ~to be continued~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ