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<episode2> マリア・エスコバルという人物…

 あの事件を切っ掛けに江洲小原先生は学校中に一躍名を轟かせ、可笑しな格好とまるでヒーローの様なあの登場ぶりに、様々な憶測をする者が後を絶たなくなっていた。


「なぁ、美濃又…あのお嬢ちゃん、いったい何者なんだ?」


 そう言ってジョッキに入ったビールを美味そうに飲むコイツも、彼女の事に興味津々で帰ってくる筈の僕の返答に瞳を輝かせている。

 僕と一緒に同じ学校に着任して3年目になるコイツは、吉村と言って3年B組の副担任をしている。

 同期という以外は余り接点も無く、余程のことが無ければ学校でも話をする機会すら無かったのに、勤務が終わった帰り際に飲みに誘われて学校近くの居酒屋を訪れていた。


「公国の叡智………だそうだ…」


「こうこくのえいちぃ~!?…なんだそれぇ~?」


 僕の話にそう言いながら訝しげな顔をする吉村は、その程度の知識は習った筈なのに、敢えて知らないフリをしている様子が、ふざけているとしか思えない。


「公爵が治めている国で神の様な優れた知識を持つ人だよ…」


「それは分かるけど…今の時代に公国なんて存在しない!…異世界じゃないんだから………はっ!?もしかして…異世界人か?」


 案の定、吉村は江洲小原先生の事を茶化して酒の肴にしようと企てている様だった。

 僕は敢えてそんな流れには乗らずに、自分の見てきた真実だけを淡々と話していった。


「得体の知れない人だよ…何せうちの生徒たち全員を初対面で土下座させたんだから…」


「何だって!?あの問題児たちをどうやって?…お前のクラスにはあの伊藤晴文だって居たよな?」


「ああ…僕も自分の目を疑ったよ…でも、あの人の言ってる事は筋が通っていて、逆らおうなんて気が起こらなくなってしまうんだ…」


 あの時の事を思い出しながら遠い目をする僕を見て、ニヤニヤしていた吉村が徐々に真顔になっていく。

 しかしそんな重苦しい空気を嫌う吉村は、ビールを一口だけゴクリと飲むと、話の流れを変える様に、またおチャラけた事を言い始めていった。


「それって異世界何とかってやつじゃね?…異世界から召喚された人間って、凄い能力を女神に与えられるって漫画で見たよ…あんな格好してるし…魅了の魔法で操っているとか…何かのスキルで逆らえなくしてるとか…」


 小説の世界でもあるまいし、そんな馬鹿げた話などある筈も無い。

 しかし実際に彼女が目の前で忽然と消えた所を見た僕は、吉村の言ってる事を強く否定する事は出来なかった。


「最初にあの格好の彼女を見た時、僕は頭の可笑しい痛い人だと思っていたんだよ…でも人を惹きつける気品の漂う優雅な立ち振る舞いや、有無を言わせないあの言動は幼いころから培ってきたもので、一朝一夕で身に付くものじゃない…」


 彼女の王女の様な格好や、いきなり消えた理由に関しては、異世界や魔法と言われても反論できないが、あの堂々とした風格は日頃から努力をして培ってきたモノとしか思えなかった。

 どんな事が起きても動じない落ち着き払った貫禄は、幼いころから帝王学でも学んできたかの様で、魔法などという軽々しいものでは語れない。

 彼女に肩入れしてるかの様な僕の発言に怯む吉村は、余りにも真剣な様子に分が悪くなったのか、残りのビールをゴクゴクと飲み干していく。


 そして一旦、仕切り直しから今度は少し真顔になって話を続けていった。


「しかしさぁ~あの人、学校に物凄いド派手なドレスを着て、お付きの者までゾロゾロと引き連れて学校に来てるんだぜ…どう考えたって普通じゃないでしょ…?」


 確かにそれは学校でも大騒ぎになっていた。

 何処かのパーティーに出席するかの様な派手なドレスは、装飾品も含めて学校に来るたびにコロコロと変わっている。

 そんな派手な姿で豪華なリムジンに乗って学校にやってくる、その物々しい登校の仕方は異国から来た要人の様で、一介の教師にはまるで見えなかった。


 しかも彼女はメイドや執事、挙句の果てには剣を携えた騎士まで引き連れている。

 メイドが着ているメイド服や執事が着ているタキシードは、この国でも然程違和感はないが、まるでファンタジーにでも出てくるような騎士の格好は、異世界系の漫画から飛び出して来たようにしか見えかった。

 そんな一行が車を降りて学校に向かう姿は、まるで異世界の王族の登場の様で、この世のモノとはまるで思えない。


「確かに…今の日本じゃ映画の撮影でもない限り、考えられない姿だよ…でも異世界なんて…」


 彼女が現れてからの今までの事を思い浮かべると、異世界からやってきたというのが一番しっくりくるが、僕はどうしてもそれを信じることが出来なかった。

 そんな事が起こったとしたら、現代の常識が180度覆されてしまうだろう。

 世の中も大騒ぎになっているだろうし、まして日本の政府が黙っているとは思えない。


「考えて見ろ…いくら校長が箝口令を敷いてるとは言え、日本でも有数のうちの小学校にあんな可笑しな姿で毎日来てるのに、マスコミどころか誰も騒がないのは可笑しくないか?…お付きの騎士が携えている剣だって模擬刀だとしても…あれは銃刀法違反だよな?」


 吉村が言ってる事は確かにそうだが、僕は彼女の事を知れば知るほど頭が混乱して、真実から目を背ける様になっていた。

 それは確かに的を突いているのかも知れないが、何か大きな事実が隠されている様な気がして、不思議とは思いつつもそれ以上は踏み込む事は出来なかった。


「それに彼女専用の執務室だって校長室の隣にいつの間にかしれっと出来てるのに、校長も教頭も黙認して何も言わないよな?…」


「ああ…校長たちが何かを隠しているのは態度を見れば一目瞭然だよ…しかし、そんな些細な事どうでも良くないか?…僕は彼女の授業風景を間近で見てるけど…あの人が素晴らしい教師だって事は間違いなかったよ!」


 僕の意外な返答に目を細めながら話していた筈の吉村は、大きく目を見開きながらゴクリと息を飲み込んでいった。

 彼女の授業風景を何度も目にしていた僕は、余りにも素晴らしい教師としてのその姿に、自分の無能さが恥ずかしいとさえ思い始めていた。


「彼女の授業を初めてみた時…僕は言葉を失ったよ…公国って言うのは良く分からないけど…あれはまさしく叡智と言っても過言ではない…」


 僕は今まで色んな先生の授業を見てきたが、あれほど完璧な授業を見たことが無い。

 生徒たちも彼女の語る言葉に全員で引き込まれ、短い授業の中で集中力を研ぎ澄まし、その知恵の恩恵を授かろうと必死になっている。

 それは今までうちのクラスの子供たちの、いい加減な姿を見てきた僕には信じられない事だった。


「信じられないとは思うが…教師になった僕ですら、あの人の授業を夢中になって聞き惚れていたよ…この歳になって自分があんな少女に学ぶなんて思わなかったけど…」


 教師としての力量で僕は江洲小原先生に完璧に負けていた。というか先生の授業を見た後では比べる事すらおこがましいとさえ思っている。

<公国の叡智>自分自身でそう自負するのも伊達じゃなく、しっかりと身に着けた下地があっての事だった。

 その豊富な知識と聴いてる者を夢中にさせる授業の素晴らしさは、どんな人間でも右に出ることは出来ないだろう。


「表面だけに囚われていては彼女の凄さは分からないよ…」


「お前にそこまで言わせるとは………やっぱり彼女は異世界から召喚されて来たんだよ…特別な力を持ってるから国に保護されているのさ…」


「ハハハ…そんな馬鹿な…」


 馬鹿げた話だとは思いながらも、僕は吉村の話が強ち間違っているとは思えなかった。

 どんな経歴の持ち主かは知らないが、彼女にはまだまだ隠された秘密があり、僕たちはそんな彼女のほんの一部分しか見てはいないのだから。


「ところで美濃又…お前、大丈夫か?…学校でもあの事が少しだけ噂になってるぞ…」


「ああ…大丈夫…何とか自分で解決するよ…」


 そう言ってはいるものの僕はこの時、これから教師生活を続けられない程の窮地に追い込まれていた。

 そんな僕を救ってくれるのが話題にしていた江洲小原先生だとは、この時の自分にはまだ想像する事すら出来なかった。




                    ~to be continued~

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