fileⅦ ~警察官連続襲撃事件~②~
あたし達が今後の行動を話しあっている間にも、彼女の行動は早かった。
そう彼女はまだ、この警察病院の外には出ておらず、この病院の看護師に変装して、これから彼女が実行しようとしている壮大な復讐計画を進めるための情報収集に動いていた。
『彼女の復讐計画を阻止するにはまず…おそらくまだこの病院のどこかに紛れている彼女を探して説得するしかない……いくら確執を生じたとはいえ…彼女はあたしにとって血の繋がりこそないにせよ少し歳の離れた姉のような人……親殺しの大罪なんていう重い十字架はせおわせられないし…決してせおわせたくない……』
あたしはそう心に念じて、竜三さんを再びベッドに寝かせると、瑞樹さんと、里中兄弟に目配せして、暴挙に出ようとしている麻美さんを探すべく、ベッドに眠る彼に一礼して、彼の病室を出るのだった。
そして、彼の病室を出たあたしと瑞樹さんは、病室の廊下に一人待っていてくれた美奈子さんと合流して、そしてまた、全ての入院患者を無事それぞれの病室に帰して、万全のセキュリティ体制を整えた恵梨香さんとリーファン達とも合流して、麻美さん探しに奔走するのだったが、ここにきてあたしには、ひとつの疑念が芽生えていた。
それはあの日をさかいに、麻美さんが関与を疑われている警察官連続襲撃事件。
これに彼女が関与しているのは十中八九間違いの無い事実だろう。
けれどそれは、謎多き事案でもあった訳で、それは彼女に襲われたとされる警察官達の大半が、あの時の偽装殺人事件に深く関わっていた者達ばかりな事。
そしてまた、彼女に襲撃されて当然な彼等なのだが、彼女が起こしたとされる十数件のこの事件なのだが、犠牲者となったのは、後にも先にも谷崎圭吾警視正ただ一人という事だった。
さらにいうなら彼女は、父親の丈一郎さんと同じで、口の悪いぶっきらぼうな姐御肌だが、部下の面倒見もよく、その心根は優しく、純粋そのものだったと聞いている。
その証拠と言えるか否かはわからないが、彼女に襲われたとされる警察官達も、重傷を負わされた者こそいるもののその実は、命に関わる重傷を負わされたのは、先ほど病室を見舞った葛城警視監ただ一人。
こうした観点から見ても彼女が、葛城警視監と谷崎警視正の件に関わったとは考えにくく、このときあたしの脳裏をよぎったのは、あの時の深雪さんの言葉だった。
そうそれは、あのとき彼女が言っていた警察庁長官肝いりの機密組織、秘密結社堕天使。
その組織内部でも、群を抜く殺人能力を持つ三人が、この浅草東署と警視庁に派遣されているとの裏情報をリーファンを通して入手していたあたしは、思案にくれるうち、いつしか瑞樹さん達ともはぐれ、まるで何かに引きよせられるかのように警察病院の屋上にいた。
「……さすがは元警視庁捜査一課の鬼警部とまで謳われた…本羽晃三さんの娘さんね……けど…その推理一つだけ違うところがあるわ……あたしと姉さんそして…現警視総監の浩行さんはあの組織とはすでに無関係よ……むしろあたし達三人は秘密結社堕天使と関わりのあった人間を排除する目的で浩行さん指示の元に集まった有志なの……それともう一つあたし達三人もまた…貴女達本羽の家柄を守るよう定められた人間!貴女の悪いようにはいたしません!跡はあたし達に任せて貴女は速やかにこの件から手を退かれる事…お願いに上がった次第!」
「……まぁたそのシバリ?本羽の家柄を守るって言ったって生き残ったのは小娘のあたし一人……これは先ほど病室で瑞樹さんにも言ったんだけど…そんな古くさいしがらみ…もう無しにしません?葛城美奈子管理官……」
あたしはそう言うと、自分の前に傅く黒革のボディースーツに身を包み、ライフルケースを携えた一人の長身の女性。葛城美奈子さんに優しく微笑むと、彼女をそっと立たせようと彼女にちかよった刹那だった。
「香那子!その女から離れな!」
低くよく通る聞き慣れた女性の声。
あたしは咄嗟の判断から、彼女と距離を置き、声の主を振り返ると、そこには渦中の人のはずの麻美さんがいて、距離を置いた美奈子さんの右手には、人間を一瞬で仮死状態にしてしまうほどの強力なスタンガンが握られており、間一髪あたしと彼女の間に割って入った麻美さんが、その衝撃を体中に受けていたのだが、修羅の力を発動していた彼女にはさしてダメージはなく、彼女は煙を上げて焼け焦げた右手を押さえ、平然と美奈子さんと対峙していた。
「……冬野麻美…あんたの方からのこのこやって来るとはね……飛んで火に入る夏の虫ってあんたみたいなのを言うのよね?けど…それも今日が年貢の納め時よ!」
彼女、葛城美奈子さんはそういうと、スタンガンの強烈なダメージが、修羅の化身から生身の冬野麻美に戻り、じわじわと浸透してきたであろうころ、もはや立っているのすら限界に近い彼女に、今度は更に電圧を強め、その一撃を喰らえば、如何に強硬な筋肉の鎧に守られた彼女でも、即、死に繋がり兼ねない。二度目の攻撃を仕掛けようとした時だった。
「……そ…それはどうかしら?それもこれもあんたが本当の葛城美奈子だったらの話しよね…?警察庁長官舞原龍三郎さんの次女……舞原真奈美さん?」
もはや立っているすら限界に近い彼女だったが、その時の麻美さんからは、眼力から声音まで、衰える事無く、対峙している、眼前の標的、葛城警視監の次女になりすました舞原真奈美を激しく睨んでいた。
「ちょっと待って麻美さん!?美奈子さんが本人じゃないってどういう事?」
麻美さんと、美奈子さんになりすました舞原真奈美の会話を聴くうちに、あたしの中でまたひとつの疑念が生じて思わずあたしは、自分の命の危機を救ってくれたであろう麻美さんに思わず詰め寄った。
「あんたには…あんたとあたし自身の人生そのものをぶち壊してくれたあの女の一件から迷惑かけどうしだったから…警察に自首する前の置き土産ってとこかしらね……それに…本当の美奈子ちゃんはこんな過激な事は絶対しない……警察官として生き馬の目を抜く警視庁なんかで刑事をしてるのが不思議なくらいに優しい子だった……その彼女を奴は組織の威信を守るためだけに意図も簡単に殺害したあまつさえ…自分で殺めた美奈子ちゃんになりすまして……」
やはり彼女にはもう、限界が近づいていたのだろう。
そう言って彼女が地面に片膝付く形で体制を崩したときだった。
これまでの状況を静観していた美奈子さんになりすました舞原真奈美が、体制を崩しかけた麻美さんに最後の一撃を仕掛けようとした刹那だった。
「それまで!双方手を退け!救急隊!麻美さんを早く処置室へ!それから!香那子さんを保護!急いで!」
対峙してにらみ合うあたし達三人。その間をつんざくように、一人の少し低めの女性の声がにらみ合うあたし達三人を別つのだった。
「姉さん待ってよ!何で止めんのよ?!跡一撃であの女の息の根が止められたのに!」
彼女、葛城恵梨香さんの采配に、彼女の妹になりすましていた舞原真奈美がそう食い下がり、彼女は事もあろうか殺人欲に駆られたギラつく瞳で彼女に向けた拳銃のトリガーに力をかけた刹那だった。
左右の五指全てを無くす痛手をこうむったのは舞原真奈美の方だった。
彼女が拳銃のトリガーに指を添えた一瞬のうちに彼女の持つ拳銃の銃身には恵梨香さんの制服の袖口あたり、ちょうど彼女の手首あたりから放たれた一本の針のような物に貫かれており、拳銃のシリンダーが完全にロックされた状態のまま、彼女、舞原真奈美がトリガーを引いたために起こった悲劇だった。
「……舞原真奈美元管理官……谷崎圭吾警視正殺害ならびに葛城竜三警視監…本羽香那子さんならびに冬野麻美元警部の殺人未遂容疑にて逮捕します!」
彼女、葛城恵梨香さんはそう宣告すると、力無く自分の前に座り込む彼女に近づき彼女に手錠をかけようとしたのだが、このときのあたしには、あたしが麻美さんに助けられたのと同じ状況に思え、思わず彼女に声をかけていた。
「恵梨香さん!その女!何かまだ武器を持ってます!迂闊に近寄られるのは御用心を!」
けれどそれは、あたしの拙い取り越し苦労だったようで、彼女はあたしににこやかに微笑み、あたしに一礼すると、おもむろに制服の上着を脱いだその下は、おおよそ普通の女性とは明らかに違い、まるで鎧のように、彼女の身体を守るその筋肉には、彼女がこれまで培ってきたであろう歴戦の傷が至る所に見てとれた。
「……舞原真奈美…いい加減観念しなよ……あんたに残された選択肢は二つに一つしか無いんだから?このままおとなしく逮捕されて生き恥さらすかこの場であたしに堕天使の裁きを受けるかのね……」
彼女が語気を強めるでもなく、ただ、淡々と眼前に座り込む彼女、舞原真奈美に最終通告とも取れる言葉をかけた時、絡まっていた思考の意図がほぐれたあたしは、恵梨香さんの指示にも、宣告にも、待ったをかけていた。




