fileⅢ~警察官僚偽装殺人事件~③~
そうなのだ。あの時あたしが、明日香さんと深雪さんの訃報を聞いた日。
警視庁の霊安室で対面した御遺体は、てっきり明日香さんと深雪さん本人だと思っていたのだが、後の捜査で浮かび上がった真実は、まったく逆のもので、その霊安室のベッドに寝かされていた御遺体は、まったくの別人と判明したたのである。
警察官僚二人の偽装殺人。
事を重く受け止めた、時の警視総監。露木浩行氏は、急ぎ警視庁管轄下にあるすべての所轄署に、事件再捜査の依頼を出したのだが、事件自体はすでに解決した物と断定した警察庁の分厚い壁に阻まれ、再捜査は難航を極めたかのようにも見えたが、あたしからすれば、次々に浮かび上がる真実に翻弄されるばかりで、今まで信頼を寄せていたはずの人間が、すべて信じられ無くなり、一時期は、事務所内の自室に閉じこもり、ふさぎ込む日々をすごしていたけど、両親の殉職に関してだけは、いかな事にも納得がいかず、独自に調べを進める中、わかってきた事があった。
それは、あたし達家族を一家離散の憂き目にあわせた祖父などは、瞬く間に警視庁の闇の部分にのみ込まれ、あたしが大学を卒業するころにはすでに、警視庁の闇に抹殺されていたこと。
正直言えば、祖父が抹殺されていたことに関しては、何の感慨もわかず、あくまでも、強欲すぎた彼の自業自得。
ただ一つ、あたしの感情を逆なでしたのは、あの偽装された事件現場に父と母、二人だけで行くように指示を出していたのが何と、今の今まで、実の親子のように接してくれていたはずの丈一郎さんだったこと。
さらには、両親の現場からの応援要請を一蹴のもとに却下したのが明日香さんで、彼女の判断をよしとしなかった深雪さんと対立。結果として、深雪さんの独断から極秘に事件現場に送り込まれた康太さんと里緖さんの二人が、あたしの両親を助けようと奮闘してくれたのだが、二人の奮闘虚しく、里緖さんは左足を失う重傷を負ったということだったのだが、あの時の御遺体。
一体は、本当に深雪さんだったのかもしれないが、明日香さんの御遺体だけは未だに彼女とは判明していなかったのである。
そしてあたしが、すべての真実に近づこうころ。事務所正面玄関のドアが激しくたたかれた。
「浅草東署の者ですが…本羽香那子さんはご在宅でしょうか?冬野明日香元参事官の事件に関して少々おたずねしたいことがあります……署までご同行願えませんか?」
ドアの外の警官がそういったとき、あたしの頭の中で組み上がっていたパズルが完全体となった。
「ドンドン朝っぱらからうるさいなぁ!今でてくからもう少し静かにしてくれません?」
あたしはそういうと、彼らが来ることを予測していたように、事務所玄関出入り口から、来訪者に対応した。
「……被疑者本羽香那子…冬野明日香元参事官殺人ほう助ならびに捜査情報漏洩の罪により逮捕する!」
そう言って、事務所玄関出入り口に出たあたしに逮捕状を突きつけてきたのはなんと、つい先日、警視庁近くの殉職警官供養塔前で会ったばかりの皆上康太と、しっかりと自分の足で地に立っている一ノ瀬里緖だった。
「……あたしってばしっかり欺されちゃったのねぇ……二人の迫真の演技に……けどおあいにく様ぁ…あたしは明日香さんを殺してもないし…ましてや殺人ほう助なんてしてない!情報漏洩もね!」
あたしはそういうと、彼の提示した、逮捕状と捜査令状をその場で、問答無用に破り捨ててやった。
「……あぁあ…やっちゃったぁ……おとなしくあたし等にパクられときゃあよかったのにねぇ……自分で自分の首締めてどうすんの?これでもう貴女には逃げ道無くなちゃったんだよぉ?」
彼に続いて、彼女、一ノ瀬里緖がそう暴言を吐いた刹那だった。
「……ちょっと待ちなさい?あんたたちぃ香那子ちゃんがあの女の殺し手助けしたなんてでたらめなネタ…どこで入手したか知らないけど…彼女は間違いなくシロよ!それにあたし…あの女の事母親だなんて思った事ただの一度だってないわ!それに…あの女の権力に屈して香那子ちゃんのご両親をあのフェイク現場に行くように指示を出した…愚かなあの男も父親なんて呼べるシロもんじゃないわ!」
彼女、一ノ瀬里緖があたしに向かって暴言を吐き、あたしに手錠をかけようとした刹那だった。そう言って、あたしと、皆上康太、一ノ瀬里緖の間に割り込みあたしの逮捕を阻止したのは何故か、偶然にもあたしが、事件の真相を聞こうと考えていた、冬野麻美警部だった。
「……所轄署の警部風情が何?あたし達警視庁の刑事がすることに文句でもあるわけ?」
彼女が三度にわたる暴言を吐いたときだった。
「……里緖さん…康太さん…もういいですよ……そんなくだらない三文芝居はやめましょ?
それから…麻美さん貴女だったんですね……この事件の全ての意図を裏でひいてたのは?全ての真相…話してもらえませんか?」
シラをきられることは予測していたが、あたしは思いきって核心を突いてみた。
「……もう充分よ!これ以上は危険!香那ちゃんは下がって!全ては貴女の推察どおりよ!その女はねぇあのフェイク現場で貴女のご両親を殺めた張本人よ!そして…その女の父親と母親の采配を良しとせずあたし達二人をあの現場に送り込んだあたし達二人の直属の上官だった信楽深雪警視を殉職に見せかけて殺めたのもその女よ!それともう一つ……貴女のご両親と深雪さんを殺めた罪で今度は自分が危ないって思ったのね……実の母親まで殺めた女よ!奴は!」
あたしの事務所玄関前で対峙するあたしと麻美さん。
それを必死に下がれとあたしにいう里緖さん。
この時あたしは、初めて昨晩リーファンに言われた一言を思いだしていた。
「……里緖さん…康太さん……麻美さん…あんたたち全員!最低の刑事だね!いい人だって信じてたのに……がっかりだよ!」
あたしはそういうと、麻美さん達三人に詰め寄り、彼女達をぶん殴ってやろうと思ったけど、やめた。
何故なら、自分の保身のためなら、自分の親ですら殺す彼等だ。もしあたしが今、彼等を殴ったとしたら、彼等のことだ。
公務執行妨害であたしを逮捕しかねない。
そうふんだあたしは、振り上げた拳をおろし、悔しさに心震わせた。
「ったく…甘ちゃんだねぇ香那子は?あたし達殴らなきゃあたし等があんたの身柄拘束しないとでも思った?おあいにく様ぁ……さっき康太の提示した逮捕状と捜査令状……あれ…おもちゃじゃないのよねぇ……あれ破った時点であんたの公務執行妨害はしっかりと成り立ってんのよねぇ……」
怒りの感情がとおりすぎて、最早、呆れかえるばかりのあたしに対して、彼女、一ノ瀬里緖が三度あたしを挑発するように言い、康太と麻美の二人がそれをあざ笑うような視線をあたしに向けたときだった。
それはまさに、一瞬の出来事だった。
康太達三人は、まるで雷にでもうたれたかのように、あたしの事務所玄関前で意識を失って倒れ、あたしの前には、いつのまにきたのか、浅香一家二代目の瑞樹さんが傅いていた。