prolog~警察官僚偽装殺人事件~zero~
あたし本羽香那子は、都内の四大に通う1回生。
けどあたしには、裏の顔がある。
私立探偵というのがあたしのもう一つの顔。
あたしが産声を上げた元羽の家柄は、祖父の代から続く警察官一家だった。
しかし、この祖父というのがかなりの曲者で、強欲な上に上昇志向の非常に強い人だったため、あたし達家族はその煽りをもろに受けてしまい、彼一人の謀略によりあたし達家族は一家離散の憂き目を見るはめになるのだった。
祖父を警察官僚におしあげるためにと、ともに配属された警視庁刑事部強行犯係で、父は警部、母は警部補として身を粉にして働いていたのだが、この当時から都内各所で圧倒的勢力を見せつけるかのように、犯罪行為を繰り返していた中国系犯罪組織香蘭を追い詰めたまではよかったのだが、香蘭の女頭目リーリーファンと警視庁上層部は筒抜けの関係だったため、孤立した父と母は殉職という大義名分の元、警察組織に抹殺されてしまったこの日に、あたしのすべての感情は色を無くした。
こうした経緯から警察組織に失望したあたしは、警視庁勤務を諦め、人の心の裏側を見るために、大学在学中に、何人かの有志を募り、あたしが大学卒業となる二五歳の春。
兼ねてより抑えて置いた東京23区内の台東区浅草駅近くの雑居ビルに、[本羽探偵事務所]を開業するのだった。
そしてあたしは、この東西に展開する浅草商店街とその周囲を管轄にする浅草東警察署に、事務所開業にまつわる書類一式を携え、両親の死に、失意のどん底だったあたしを勇気づけてくれ、立ち直らせてくれた。
父と母の元上官でもあった冬野丈一郎さんが実の娘の麻美さんと二人切り盛りする場所で、あたしには、もう一人の父親と姉に挨拶をしに行くようなものだったとはいえ、警察組織に対する不信感が完全に払拭できていなかったあたしは、急な目まいに襲われ、書類一式を抱えたまま浅草東警察署正面玄関前で意識を失うのだった。
「……気分はどうだい?香那ちゃん?また…嫌なこと思い出しちまったか?けど…安心しなぁこの浅草東署にあんたのご両親…悪くいう奴ぁ一人もいねぇからよぉ……あんたのご両親ぁ予測してたのかもなぁ自分達二人が組織のはみ出し者に見られてるってよぉ……この東署に集まった署員達ぁ全員…何らかの形であんたのご両親に助けられた人間ばかりでなぁ……」
あたしが意識を取り戻したのは、浅草東警察署の医務室だった。
「……あ…ありがとうございました……」
意識は戻ったものの、頭の隅に違和感を感じる状態のあたしには、話しかけてくれたのが冬野丈一郎さんで、あたしの意識が戻るまであたしの傍に付き添ってくれいたのが、娘の麻美さんだというのは認識できたのだが、その時の状態のあたしには、お礼を言うのがせえいっぱいだった。
「父さん…今はそれくらいにしてあげて……彼女の心の波動激しく乱れてる……父さんは男だから…あたし達女の微妙な心の乱れなんて何も感じてないかもだけど…彼女の心に負った傷は半端なく深いものよ!あたしがもし…彼女の立場だったら…今現状の彼女より波動が乱れてたと思うの……父さん譲りでガサツに育ったあたしだけど……彼女の面倒!あたしに看させていただけませんか?!冬野署長!」
麻美さんのあたしの様態を思慮した発言を聞いたとき、あたしの心の中でちぐはぐに回っていた心の歯車が、しっかりと噛み合って回りだした瞬間でもあった。
「……麻美ぃ…わかったよぉ……鬼の丈一郎なんて言われてる俺たが…娘のおめぇと家内の明日香にゃあ歯が立たねぇなぁ……麻美ぃ今日はもう仕事上がっていいぞ……今夜はとことんまで香那ちゃんと親睦深めてこい……」
この場合、明らかに無茶ぶりをしたのは麻美さんの方なのに、この親子はあたしが今まで見て来たどの警察関係者にも属さない。
そしてまた、誰よりも信用できる二人なのだと、このときのあたしにはおもえた。