初めての新幹線 【月夜譚No.305】
新幹線に乗るのは初めてだ。
幼い息子と手を繋ぎながら、何故か父親が緊張していた。それを見ていた母親がクスクスと笑うが、それにも気づいていない様子である。
息子がまだ歩かない内から、彼の周囲は新幹線のグッズで犇めいていた。全て新幹線好きの父親が買ってきたもので、息子と趣味の共有をしたいと願ってのことである。そんな中で成長した少年はまんまと父親の策略に嵌まり、今ではすっかり新幹線ヲタクとなった。
そして今日、その息子が初めて新幹線に乗車する。
小さな身体に一際大きな瞳をランランと輝かせ、新幹線が到着するのを今か今かと待つ。そしてその隣には、硬い表情の父親。
親として子どもの初めての経験は、まるで自分のことのようにワクワクするものだ。彼の場合、それがいき過ぎて緊張へと変貌したのだろう。
「パパ、もうすぐ来るよ」
「あ、ああ……」
放送を聞いた母親が声をかけると、彼は生返事をして唾を飲み込む。
しかし、こんな状態も数分すれば終わるだろう。新幹線に乗り込んで動き出せば、息子と一緒に車窓や車内を燥いで見回すのだろうから。
母親は苦笑と楽しさの入り混じった吐息を優しく吐き出した。