疾風お姉さま!
EX女学院。ここは『超』が付くほどのお嬢様しか入学できない、日本中の女の子が憧れる高校。
ただ財力があるだけでは入れない。お嬢様に相応しい美貌も兼ね備えていなければ、入校できないのだ。逆に言えば、財力と類稀なる容姿があれば、必ず入学できるのである。
だからEX女学院の生徒は、日本に居る全ての女子の憧れの的。そう、憧れでしかない。ほぼ全ての女子が足切りされ、憧れを抱くことしかできない高校だ。
その高校に、私……風霧杏子の様な貧乏でとりわけ特徴らしき特徴の無い女子が入ることができたのは、今年から設けられた『特色枠』のお蔭だった。
「あんなに頑張って勉強して入ったのになあ……」
私は雨滴る窓越しに、ボーっと学院内の庭園を眺めていた。
特色枠――それは一つしかない枠。全国からEX女学院の入学を夢見て己が学力のみを争い、頂点に立つことで得られる枠。
その一つしかない枠を、毎日血を吐くほど勉強して獲得したのだけれども……。
私は入学して二カ月経った今も独りぼっちだった。
枠の名通り、私だけ特色だから……。
入る前はワクワクしていたのに、こんな冷遇を受けるとは思ってもいなかった。
「はあ……」
雨に濡れた庭園に向かって、私は溜息を吐いた。窓が、その温度で小範囲曇る。まるで今の私の心のよう。
「ちょっとそこのあなた、よろしいですか?」
その、やんわりとした声に、私は振り向いた。そこにはなんと、EX女学院の中でも憧れの的となる三年生、柊レミが立っていた。
財力は勿論のこと、その煌めくほど端正な顔立ちを兼ね備えていて、学院内の皆から『お姉様』と呼び慕われている。
(お、お姉様……)
私は口をパクパクと動かすことしかできなかった。柊レミ……お姉様は肩にかかった艶やかな黒髪を、サッと優雅に後ろに払いながら、足音立てずに私に歩み寄ってくる。
「まるで怪物でも見たかのような顔ですわね?」
「い、いえ! とんでもない!」
私は手を大きく振ることで、大きく否定した。するとお姉様は、クスッとおしとやかに笑った。
「面白い方ですわね。どうです? 丁度お昼時ですし、ご一緒しません?」
「え? 私と、ですか?」
「嫌ならよいのですが――」
「いえ! よろこんで!」
言葉に割り込むと、お姉様は再びクスッと笑ったのだった。
所変わって食堂。レミお姉様が居るのを意識しているからか、皆、静かめに食事を取っている。
「あら? それだけでよろしいですの?」
お姉様は、私の手元にあるぺペロンチーノ(小皿)に視線をやりながら言った。
「あ、はい……」私は照れ隠しに頬をかいて、「経済的な理由で、これだけしか食べられないんです」
まあ、とお姉様は口に手を当てて驚いた様子。
「確かに、この食堂はちょっと高いですわよね」
「え、ええ……。というか、その、お姉様?」
「なんですの?」
「えーっとですね……」
私はお姉様の手元に置かれた昼食に目をやった。
お姉様の手元には、サーロインステーキ(500グラム)、キャビア、フォアグラのソテー、サラダ等……大食いチャンピオンが食すほどの量の料理が置かれている。
「お姉様、それ、全部食べられるんですか?」
「当たり前ですわ。米粒一つ、残しませんわ」
ホントに大丈夫ですか?
「えっと、じゃあ、お姉様、一緒にいただきま――」
「ごちそうさま、ですわ」
私が手元のパスタ目をやった一瞬の内のことだった。信じられないことに、お姉様の手元に置かれた全ての料理が皿だけになっていた。
(え、ええええええええええええええ?)
どういうこと? え? ちょっと、え?
動揺する私の向かいで、お姉様はハンカチでおしとやかに口元を拭いている。
「大変、美味しゅうございましたわ。シェフにはひとときの時間のお礼を申し上げたいですわ」
ひとときっていうか一瞬でしたよね?
「あ、あの、今、お姉様?」
「ああ驚きました? わたくし、少々早食いなんですの」
少々?
「にしても杏子……あなたのパスタ、美味しそうですわね」
まだ食べる気ですか?
「少々、よろしいですか?」
「え、ええ、ちょっとだけなら――」
「ごちそうさま、ですわ」
気付いた時には、私のパスタが皿だけになっていた。
(え、えええええええええええ?)
パスタァ! 私のパスタがァ! つーかなに? どういうこと?
さっきにしろ今にしろ、お姉様が一瞬で食べたってことだよね?
どういう力場が働いたの?
「お、お姉様……」
「何ですの?」
いや何ですのじゃなくて。
「私の昼食が……」
「ああ……それは大変失礼しましたわ。でもそのことはもう忘れましょう」
は?
「明日は明日の風が吹くって言うじゃないですか。その風に乗って、あなたは明日、昼食を食べればいいのです。わたくしの前で」
その風に乗るとあなたのせいでまた無くなりそうなんですけど。
「そういえばわたくし、昔は神社のミコに憧れていましたの」
いや知りませんし。いいから昼食返してくれませんか。
「では、ごちそうさま、ですわ」
スッと立ち上がると、お姉様は優雅に髪を揺らしながら食堂を去って行った。
雨が降っていました。
私の代わりに泣いてくれていました。