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シラス同盟

作者: 祁答院 刻

『好き、は時に独り歩きする。

好き、は時に猛虎と化す。

そして、

好き、には人を殺める力がある。』


とある小説の一節。

『シラス同盟』


私が、この奇々怪々たる集いを知ったのは、先日の同窓会の帰りだった。


「ねえ、知ってる?」


突然、背後から声をかけられたものだから慌てふためいた。


「あら。驚く必要は、ないから」


振り向くと、クラスのマドンナが妖艶な笑みを浮かべていた。


「シラス同盟。良いところよ」


しらすどうめい?


「場所、ここに書いといたから」


彼女は一方的で、薔薇模様のメモを私に託すと、颯爽と夜の街に消えていった。


私は、まず、気になった。

才色兼備のマドンナの謎の推奨と、類まれな名前が、好奇心を掻き立てた。

ことに、名前だろうか。

ふにゃふにゃと軟弱なシラスと、堅苦しい同盟という単語のアンバランスさが私を釘付けにした。


『シラス同盟』


インターネットで検索してみる。

が、――ヒットしない。

食欲をそそる、シラス料理の画像ばかりが眼中に映る。

イタズラでも仕掛けられたのだろうか、と辟易し、

仕方なく、その一件については棚上げした。


しかし、後日。

まったくの偶然に、メモにあった街を訪れることになった。

チャンスだ、と悟った。

好機到来、のがすまい。

カバンの底にあったメモを頼りに、私は、シラス同盟を目指した。

現れた『シラス同盟』は飲食店なんかじゃなかった。

古めかしい雑居ビルの、それも「地下」にあり、どことなく陰湿。

マドンナの清楚なイメージとは極めて対象的だ。


「失礼します」

これまた古めかしいドアをこじ開けて、恐る恐る声をかけてみる。

「誰かいますか」

雑然とした事務室のような場所は、不覚にも無人だった。

その時、私は見つけてしまった。

シラス同盟の概要を記した、空恐ろしい、パンフレットを。


【シラス同盟 創立ニアタツテ】

シラス樣ハ、當ニ、絶對的ナ神デ或リマス。

我ゝハ、日ゝ、敬意ヲ拂ウ必要ガ或リマス。

何故……?

答エハ極メテ單簡デス。

其レハ、力無キ我ゝニ出來ル、唯一ノ手立テナルカラデス。

シラス樣ノモトデハ、皆、同胞デ御座ゐマス。

惱メル紳士淑女ノ皆樣、シラス樣ヲ崇メ、盡キナイ幸セヲ、手ニ入レマセウ。


旧字が多く、正確には読めないが、あらかた分かる。

「シラス」は神で、人々は「シラス」を崇めなければいけない、というのが主旨。

――なんだか宗教じみているな。

不用意に近づかない方がいい、と感づく。


「御機嫌よう。愛しき同胞」


不意に、黄色い声が響いた。

出口に向かう足を止める。


「御機嫌よう。御機嫌よう」


気がつけば誰かいた。

声相応な、うら若い女性。

思わず斜に構える。


「こちらを向いて。愛しき同胞」


彼女は異様に口角を上げて、おもむろに歩み寄ってくる。

体が、心が拒絶して、闇雲に足を振り上げる。

これは絶対、ダメなやつ。

あれだ、あれ。

宗教勧誘。


ふと、振り上げた足が、がたんと落ちた。

体も、連動するように崩れ落ちる。


「こんなステキな誘い、断るなんて、天の邪鬼?」


私を覗き込んだ顔、華奢な姿には、やはり、見覚えがあった。


「あなた、しらす、好きだったんですね」


私は、うわ言のように、そう口走っていた。


「もう、ほんとうに好き。だからあなたを誘ったの。シラスは神そのものだもの」


そして、確信した。

絶世の美女、佳人、ともてはやされたマドンナの身に、一体何があったのか、いまだ詳細は分からない。


『好き、は時に独り歩きする。

好き、は時に猛虎と化す。

そして、

好き、には人を殺める力がある。』


尋常じゃない「好き」に、人格ごと殺されてしまった…。

そう、思ってやまない今日この頃である。

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