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 親仁(おやじ)のあまりにも無頓着なそのさまに、主人の威光があるから、これほどまでにお世辞っ気がない者には、今までついぞ出会ったことのなかった年かさの女中は(しゃく)(さわ)ったといった顔で、若い小間使いとの会話に口を挟んで、

「おい爺さん、なにも(たま)黄金(こがね)でこしらえたものでもなし、どこから捕まえてきたんだか知らないけど、そんなに勿体(もったい)をつけなくてもいいじゃないかね」

 ぬっと立ちはだかっていた雪売りは、荷を担いだままくるりと廻って、年かさのほうに向き直ると、

「わしの(うさぎ)をわしが持って、ここをスッと通り越してしまえば、話はそれまでということじゃ。高いところから見つけなさったとやらで、これ、譲ってくれとそっちが言わっしゃるから、こうして門口につっ立っているわけさ。(たま)じゃろうが黄金(こがね)じゃろうが、それとも土でこしらえたものじゃろうが、また生き物じゃろうが、なにもお前さまに口出しされることはねえだ」

「だがさ……」

 と言ったきり、年かさの女中は巳代(みよ)と顔を見合わせた。

「どう言われようと、わしが言うことが理屈に合ってるじゃろうがの、どうでがす」

「まあ、そりゃそうだけども、なにもお前……」

「いんえ、最初から売りものでねえことはちゃんと言ってあるだ。気に入った人になら差しあげましょうがの。兎を欲しいと言わっしゃるのは姉さんじゃああるまいがね」

 と言うと、雪売りは巳代のほうをふり向いて、

「のう、わしがその人を見たいといった、その本人のことだがよ。奥さまじゃとか言いなさった。ええっ? これがその人だったら、はあ、とんでもねえ話だ」

 と、眉を寄せて苦笑いする。

「この人じゃありませんとも」

 年かさの女中は目を丸くして、

「お巳代さん、なにも『とも』に力を入れて言わなくてもいいじゃないですか。いつ私が奥さまだと言いましたか。はい、どうせ私は生まれながらの女中でございますよ」

 と、大げさにむくれてみせた。

「あれ、えっと、そう言いましたかね……」

 親仁はただにやりにやりとしているばかりで、雪というものがだんだん溶けるものとも思わないらしく、落ち着き払って平気な顔をしている。

「なんにせよ、ちょっと(うかが)ってきましょうか」

「あらためて聞くまでもないでしょうよ」

「なぜです」

「だってさ、こんな者をお庭口から入れていいわけないでしょう。奥さまがお前にお会いなさるなんてあるわけがないし。最初っから無理な話じゃないか、ねえお爺さん」

「ああん?」

「お金の相談ならいくらでもできるんだけどね」

「いや」

「奥さまのお顔を拝もうなんて、そんなことは考えてもみないほうがいい。だめだよ」

 と、お巳代のことばにへこまされた鬱憤(うっぷん)を抑えきれぬように、つっけんどんに言ってのけた。

 すると親仁は急に態度を変えて、

「もうよしなっせえ、さっぱりとよしなっせえ。なにもわしのほうから言いだしたこっちゃない。いや、余計なことで手間を取った」

「あれ、お前さん」

 と、巳代は慌てて、

「まあ、そんな短気なことを言うものじゃありません。ちょっと、ともかくも(うかが)ってみなくては」

「いけないというに。まるでお前、宵闇(よいやみ)にお月様を招き出すようなもんじゃないか。お話にもなりやしない」

「それでも、ただ伺ってみるぶんには、たとえお気に入らなくっても、私らの手落ちにはなりませんよ。ここで私たちの一存でこの人を帰してしまっては、叱られたときに取り返しがつかないじゃあないですか。すぐに、あの、なんですからお前さん、ちょっと待ってくださいましよ」

 親仁が素直に(うなづ)いたにもかかわらず、機嫌の悪い年かさの女は、なにがどうなっても気に入らないらしい。

「好きなようにすればいいさ」

 とツンとして、木戸の向こうに引っ込んだ。


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