四
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親仁のあまりにも無頓着なそのさまに、主人の威光があるから、これほどまでにお世辞っ気がない者には、今までついぞ出会ったことのなかった年かさの女中は釋に障ったといった顔で、若い小間使いとの会話に口を挟んで、
「おい爺さん、なにも玉や黄金でこしらえたものでもなし、どこから捕まえてきたんだか知らないけど、そんなに勿体をつけなくてもいいじゃないかね」
ぬっと立ちはだかっていた雪売りは、荷を担いだままくるりと廻って、年かさのほうに向き直ると、
「わしの兎をわしが持って、ここをスッと通り越してしまえば、話はそれまでということじゃ。高いところから見つけなさったとやらで、これ、譲ってくれとそっちが言わっしゃるから、こうして門口につっ立っているわけさ。玉じゃろうが黄金じゃろうが、それとも土でこしらえたものじゃろうが、また生き物じゃろうが、なにもお前さまに口出しされることはねえだ」
「だがさ……」
と言ったきり、年かさの女中は巳代と顔を見合わせた。
「どう言われようと、わしが言うことが理屈に合ってるじゃろうがの、どうでがす」
「まあ、そりゃそうだけども、なにもお前……」
「いんえ、最初から売りものでねえことはちゃんと言ってあるだ。気に入った人になら差しあげましょうがの。兎を欲しいと言わっしゃるのは姉さんじゃああるまいがね」
と言うと、雪売りは巳代のほうをふり向いて、
「のう、わしがその人を見たいといった、その本人のことだがよ。奥さまじゃとか言いなさった。ええっ? これがその人だったら、はあ、とんでもねえ話だ」
と、眉を寄せて苦笑いする。
「この人じゃありませんとも」
年かさの女中は目を丸くして、
「お巳代さん、なにも『とも』に力を入れて言わなくてもいいじゃないですか。いつ私が奥さまだと言いましたか。はい、どうせ私は生まれながらの女中でございますよ」
と、大げさにむくれてみせた。
「あれ、えっと、そう言いましたかね……」
親仁はただにやりにやりとしているばかりで、雪というものがだんだん溶けるものとも思わないらしく、落ち着き払って平気な顔をしている。
「なんにせよ、ちょっと伺ってきましょうか」
「あらためて聞くまでもないでしょうよ」
「なぜです」
「だってさ、こんな者をお庭口から入れていいわけないでしょう。奥さまがお前にお会いなさるなんてあるわけがないし。最初っから無理な話じゃないか、ねえお爺さん」
「ああん?」
「お金の相談ならいくらでもできるんだけどね」
「いや」
「奥さまのお顔を拝もうなんて、そんなことは考えてもみないほうがいい。だめだよ」
と、お巳代のことばにへこまされた鬱憤を抑えきれぬように、つっけんどんに言ってのけた。
すると親仁は急に態度を変えて、
「もうよしなっせえ、さっぱりとよしなっせえ。なにもわしのほうから言いだしたこっちゃない。いや、余計なことで手間を取った」
「あれ、お前さん」
と、巳代は慌てて、
「まあ、そんな短気なことを言うものじゃありません。ちょっと、ともかくも伺ってみなくては」
「いけないというに。まるでお前、宵闇にお月様を招き出すようなもんじゃないか。お話にもなりやしない」
「それでも、ただ伺ってみるぶんには、たとえお気に入らなくっても、私らの手落ちにはなりませんよ。ここで私たちの一存でこの人を帰してしまっては、叱られたときに取り返しがつかないじゃあないですか。すぐに、あの、なんですからお前さん、ちょっと待ってくださいましよ」
親仁が素直に頷いたにもかかわらず、機嫌の悪い年かさの女は、なにがどうなっても気に入らないらしい。
「好きなようにすればいいさ」
とツンとして、木戸の向こうに引っ込んだ。