二
二
子どもたちが着物を脱いでおいた蛇籠が連なる、向こう岸の柳の下では女が二人、白布を水に翻して、洗濯に余念がなさそうである。橋の下では馬丁が、黒い馬を洗っている。流れは馬の膝上を浸すほどで、あえて深いというほどでもなく、水底の石はつややかに透かし見えてはいるが、それほど浅いわけでもない。
橋の上にはちらちらと人通りがある。
そのあたりも夕陽に色づいて、柳の緑はいっそう鮮やかに、水面に垂れた葉先が散らす飛沫が、着物を洗う女たちの黒髪にしたたるさまも涼しく思われる。
「雪屋さん、ちょいと」
「やあ」
背後から声をかけられ、不意をつかれた様子で親仁が振り返ると、十八、九の綺麗な娘がいた。
「いらっしゃいな。いかほど進ぜましょうか」
と腰をひねって、早くも雪を包んだ筵に手をかけながら、女の顔をまぶしそうに見上げた。
娘は中型柄の浴衣に白麻の汗襦袢を着て、襟は細く、大家の小間使いだと思われる身なりである。しとやかな話しぶりで、
「いいえ、雪じゃござんせん。お気の毒さまですが、ちょいと見せてくださいな」
と、売り物の雪ではないほうの、もう一方の笊のなかをさし覗いて、
「おお」
と言いながら、いかにも可愛いらしいという目をすると、伸びあがって、石垣の上のお屋敷を仰ぎ見ながら、
「奥さまはほんとにお目が早いよ。雪屋さん、これ、兎ねえ」と、笊を指さして、ふたたび雪売りのほうを見た。
親仁は皺だらけの顔に笑みをたたえて、
「兎じゃ、兎じゃ、どこから見てござった」
雪の筵包みと振りわけた笊のなかには、なんと一羽の小兎が、丸くかしこまっていたのであった。
柔らかな二つの耳はフッと長く伸びて、全身一筋の黒毛も交えず、雪のように真っ白で、なんともいたいけな姿。こんな夏の日射しに照らされては、堪えきれずに消えてしまうのではないかと思えるが、天秤棒の端に吊してある二筋の細縄に、雪を包んでいるのと同じ熊笹の枝を一束結びつけているのが、おあつらえ向きの日蔽いのようになって、兎の肌をかばっていた。緑の笹の色の蔭が落ちて、毛の艶はますます美しく見え、笊の底に散りばめたまぐさも、見る者の目には美しく色とりどりの敷物かと思えるほどである。
娘は見とれて眺めていたが、
「まあ、可愛いねえ」
と言うと、あらためて
「雪屋さん、この兎も売っているんじゃないですか」
親仁は天秤を前にしゃがみ込むと、
「いんや、売り物ではござりませぬ」
「おや、そうなの」
「が、待ちなさいよ。欲しいのはお前さまだのか」
「いいえ、奥さまが」
「奥さまが? どこの奥さまだの」
「このお屋敷の……」
と言って、小間使いはふたたび、建物をふり仰いだ。石垣もこのあたりはすっかり草が刈り取られ、上のほうでは松の木が値を揃えて並んでいて、どれも川のほうに枝を伸ばしている。茂りに茂った葉の合間のそこかしこから洩れるように見えた白壁に、格子窓が二つ、三つ、あるのがわかった。
「あれ、あそこからご覧なさったんですよ。子供たちが川でとんぼ返りをしたり、肩車で泳いだりしているのを覗いていらっしゃったうちに、私たちは遠くって気づきもしなかったのに、どうして、こんな小さな兎がお目に入ったんでしょうね、まあ」