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最低最悪のクズ伯爵〜離縁してくれと言われたので離縁しましたが  作者: kae「王子が空気読まなすぎる」発売中
最低最悪のクズ伯爵に嫁がされそうになったので、全力で教育して回避します!

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23話 世界一可愛い

「アーーーーウアゥーー」



「はいはい。さっきミルクはあげたし、おしめもかえたばかりよね。構ってほしいのかしら、お嬢ちゃん?」




「アゥーーー」



「ちょっと待っててね。この書類読んじゃうから」



コンコンコン


赤ちゃんを見ながら書類に目を通していたアメリヤの部屋を、誰かがノックする。




「はい? どうぞ」

「アメリヤ、お邪魔するよ」

「ケヴィン様!」










*****







「あと2か月弱。契約が切れたら、私はこの領を出ていきます」


 あの日、そう言って結婚の申し込みを断ったアメリヤにケヴィンは、結婚してくれなくても、契約期間終了後も引き続きプラテル領で働いてくれないかと言ってきた。

 今の条件よりも、ずっと良い条件で雇うからと。



「いいえ。今のプラテル領に、私はもう必要ありませんよ。領地の皆も頑張って働いているし、ケヴィン様の事業も順調です」


 今のプラテル領は、斜陽の領どころか、日の昇る領と言われているくらいだった。


「いや、今は上手くいっているけれど、それだっていつどうなるかは分からない。ユフレープを運ぶのに船を利用することを考えたのもアメリヤだし、行きの空っぽの船に商品を積んでいって、ターニャ国で売るのを考えたのもアメリヤだ。もしも状況が変化した時、アメリヤがいないと……」


「ケヴィン様、大丈夫ですよ。あなたはもう、立派にやっていけます。私がいなくても」



 今まで孤児院で頼られて子ども達のためだけにずっと働いてきたように、これからもずっと誰かに頼られて、誰かのために生きていく?

 ケヴィン様のために、プラテル領のために。



 それでもいいかもしれない。好きな人のために、生まれ育った領のために。

 ケヴィンと結婚すれば、孤児院の子ども達の様子もずっとみていられる。見捨てなくて済む。

 もうそれでいいかもしれない。―――私は、それでいいのかもしれない。



 でもそれは何かが違うと、心のどこかから声がする。



 以前の、もしもアメリヤが孤児院を出て行ったら、本当に多くの子ども達が路頭に迷っただろうあの時とは違う。

 孤児院だって、今はもう補助金ももらえるようになったし、新しい職員さんも何人か雇う予定になっている。


 そしてケヴィンもプラテル領も……。



 大丈夫。アメリヤがいなくても。きっともう皆自分で考えて、一人でやっていける。



―――だから私は、この手を離す。








*****






 肩の痛みもなくなり、アメリヤは孤児院に帰ることになった。


 アメリヤが帰ったのと同時に、孤児院に生まれたばかりの赤ちゃんが連れてこられたこともあり、まだしばらくはお仕事の手伝いを休ませてほしいと、入れ替わりでプラテル屋敷に戻るベルタに伝言を頼んだ。


 最近のプラテル領は、ユフレープジャム以外にも、マールレード、その他の色んなジャムも作り始めている。

 レシピを公開しているので、他にも真似して作り始めた者も大勢いるのだが、やっぱり最初に始めたオリジナルのジャムという信頼感があり、順調に売り上げを伸ばしている。


 ターニャ国へは、ユフレープジャムを逆輸出するようになった。行きの船にジャムを載せて運び、帰りの船にユフレープを載せて帰ってくるのだ。

 ユフレープジャムは、ターニャ国でも売れた。いや、むしろウェステリア国よりもターニャ国での方が、高値で売れるくらいだった。







 アメリヤがいなくとも、事業も孤児院も順調に回っていく。

 でもアメリヤがいるから、まだ皆がアメリヤを頼っている。



 立派に成長した子ども達に、アメリヤが最後にできること。



 それは、その子を信じて、手を離すことだ。

 その子が自分の力で生きていけるのだと信じて、送り出すこと。



 今はアメリヤを頼ってくれているケヴィンだけど、いずれアメリヤがいなくても大丈夫になっている自分に気が付くだろう。



 その時に、見捨てなかったからとか、諫めてくれたからとか、いないと事業が回らないからとかじゃなくて、本当にケヴィンが心から好きな相手と幸せになって欲しい。

 


 アメリヤの方だってそうだ。もう必要だからとか、いないと困るからとか、そういうので頼られるのはお終いだ。一人の女性として、ただのアメリヤとして、幸せになりたい。



―――『君が必要なんだ』……か。ある意味究極の失恋よね。







 今回孤児院に連れてこられた赤ちゃんは小さすぎるので、街の希望者にお世話を頼むにはまだ早い。


 産まれたばかりの赤ちゃんは、夜中に何度も目が覚めて泣く。

 まだ胃が小さくて、1回に呑めるミルクの量が少ないからだ。2、3時間ごとに起きてミルクを飲まなければならない。



―――しばらくは夜中眠れなさそうね。






「ケヴィン様、お元気そうでなによりです」



 孤児院に戻ってきてからほんの数日だけれど、アメリヤがケヴィンと契約してから、これだけ会わないのは初めてのことだった。



「アメリヤも。まだ怪我が治ってそんなに経っていないんだから、無理してないかい?」

「ええ、大丈夫。怪我が治ったのはもう何日も前の話ですよ」

「そうだったかな。……この子が新しくきた赤ちゃん? 可愛いね。こんにちは」



「アウ~」 




 ケヴィンが揺りかごを覗き込む。まだ人見知りもしない小さな赤ちゃんは、誰かに覗き込まれたのは分かるのか、キョトンと不思議そうな顔をしている。

可愛いらしい女の子だ。



「アメリヤ、夜はまた眠れてないんだろう? 赤ちゃんは僕がしばらく見ているから、今のうちに少し寝ておいでよ」

「え?」



 そう言うと、ケヴィンは鞄からいくつかの書類を取り出した。



「そこの机借りるよ。読んでサインするだけの書類は持ってきたんだ。今日は人と会う予定もないから、アメリヤと交代しようと思ってさ」



 書類を机の上に並べると、続いて鞄からは様々なオモチャが出てきた。



「……そのオモチャは?」

「ああ、作ってみたんだ。以前赤ちゃんの面倒を見ていた時に、色んな物をかじっていただろう? もういっそ、いくらでもかじって良いオモチャを作ってみたらどうかなと思ってさ」



 木で出来たクマのような形をしたそのオモチャは、丁寧にやすりで削られていて、どこもかしこもまあるくて、優しい形をしていた。


「って思ったんだけど、あれだね。このお嬢さんにはまだ歯がないね。あ、じゃあこっちのオモチャはどうかな……」



 次のオモチャを取り出そうと、鞄の中を探るケヴィン。






―――可愛い。


 ギューッと、まるで誰かに心臓を握られているみたいに、アメリヤは胸が締め付けられた。


―――可愛い。世界一可愛い。誰よ、この人のことを、自分のこと可愛いと思っている痛いオジサンとか言ったの。目がおかしいんじゃないかしら。





「よし、これだ」



 カラカラ カラカラ



「キャウッ」

「お、気に入ったね」




 あと少しの間だけ側にいることを許されているケヴィンの、赤ちゃんに向ける優しい微笑み。

あと少しで、手の届かない存在になるその人を、アメリヤは目に焼き付けるようにして、しばらくの間見つめていた。









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