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世界観が同じシリーズ

領地を巡る辺境伯令嬢は役に立ちたい

働かない怠惰令嬢は婚約破棄されたので田舎に帰ります(https://ncode.syosetu.com/n4462ib/)の別視点。感想ありがとうございます!!

ときに、村の子供がこう言った。


「ズルい」


人より多くを持つことは、それだけで非難の対象となり得るらしい。


確かに私は、人より多くを持っている。


貴族の生まれで祝福持ち。将来は家の爵位を継ぐかどこかの貴族にお嫁に行くか。住んでいる領地は辺境にあって、でもその分優遇されているので、貴族らしい裕福な暮らしができている。頭の出来はそこそこだけど、体を動かすことと祝福を使うことは得意だ。


領地の領民で私よりも恵まれた環境にある者はいないだろう。


それでは同じ貴族ならどうか。


私。ウルリナ・チルバイトハインには、お父さまとお母さまととおねぇさま、三人の家族がいる。


おねぇさまは幼い頃に実のお母さまを亡くしている。私のお母さまは後妻なので、生まれたときから私にはお父さまとお母さまとおねぇさまがいて、一人も欠けたことがない。


お父さまも同じく、愛する妻を若くして亡くしている。家族思いのお父さまはそれはそれは大変な嘆きようだったという。


お母さまも、お父さまと結婚する前は小さな子爵家の末娘で、兄姉の結婚を世話した後では余裕もなく、危うくどこぞの第三夫人になるところだったとか。


つまり私は領地で一番恵まれているのだ。


「そんなに気負うことはないと思うのだけど」


だから領地で一番すごい人にならなければいけないと言う私に、おねぇさまはそう言った。


「私だって、母の亡くなったのは物心のつく前だもの。嘆き悲しんだということはないのよ」

「会ったことがなくても私はお父さまやお母さまやおねぇさまに何かあると嫌だわ」

「そうねぇ」


おっとりと返事をするおねぇさまは"豊穣"の祝福持ちで、文字を覚える前から領地に豊作をもたらしてきた女神のような人だ。頭もいい。


「あなたのできることを頑張ればそれでいいのではないかしら」


でもそれでは非難されるばかりだ。


*


「騎士団を設けようかと思うのだけど」


執務室に私を呼びつけて、お父さまはそう言った。


「ウルリナ。旗印をしてみるかい」

「私が?」

「学園には通わないのでしょう」

「はい」


若い貴族は多くが王都にある学園に通うというけれど、おねぇさまは通っていない。入学年齢が近い私も通うつもりはなかった。


「イライザがね。やってみたいことがあると言うんだ。ウルリナが騎士団に入ってくれると助けになるのだけど」

「やります」


おねぇさまの役に立つのは、つまり領地の役に立つということだ。領地に暮らすたくさんの人を幸せにできるということ。


そうして組まれた騎士団は、これまでおねぇさまの祝福が届かなかった村を周り、土地に豊穣をもたらした。


辺境というのは田舎にあって広い。これまでおねぇさまの祝福による恩恵は領地の中央に限られていた。


山を越えて村に赴き、おねぇさまから受け取った祝福を土地に与える。


領地は前よりずっと豊かになった。


「私とっても幸せだわ」


村から村へ赴く道行きで、焚き火を眺めながら私はそう言った。


「髪を焼かないでください」

「もうそんなことしないわ」


騎士団と言っても辺境伯のお父さまが私費で置いた小さなものだ。焚き火に小枝を焚べる騎士とあと二人。姿の見えない二人は天幕で仮眠を取っている。


革鎧をつけた騎士が焚き火から焼串を取り上げてこちらに寄越した。チルバイトハイン領は辺境にあって山が多く、牧畜は盛んではない。円盤状に巻かれた長い腸詰めは他領の物だ。


「外で食べる食事もおいしいし」

「貴族に生まれたのだから、もっといいものをお屋敷で食べればいいんですよ」

「でも私は領地で一番すごい人にならなければいけないから」


領地で一番恵まれている私はそうしないと非難されるばかりだ。


「イライザに縁談があってね」


二週間ぶりに帰宅した私にお父さまはそう言った。


「おねぇさまに」

「ツネルガット伯爵家の。嫡男殿だ」

「お嫁に行かれるということですか」


漠然とこの領地はおねぇさまが継ぐと思っていた。それでは私はどうしたらいいのだろう。


「ウルリナ。領地を継いでくれるかい」

「私が?」


体を動かすことと祝福を使うことは得意だけれど、頭の出来はそこそこ。そんな私が領主になって領民が幸せになれるものだろうか。


「だってそれは、おねぇさまが」

「先にイライザに嫁入りの話が来たからね」

「嘘!」


おねぇさまは頭がよくて、文字を覚える前から"豊穣"の祝福で領地に豊作をもたらしてきた女神のような人だ。爵位を継ぐのに生まれの順は関係ないといったって、領民は皆おねぇさまが領主になると思っている。


「私が!私が役に立ちたいと言ったから!」


領地で一番すごい人にならなければならない。そう言った私のためにおねぇさまは祝福を運ぶ手段を用意して、騎士団で働けるようにしてくれた。


「いや、そんなことはないよ」


癇癪を抑えきれなくなった私は部屋を飛び出した。


「ウルリナ」

「おねぇさま」


廊下を走る私を呼び止めたのはおねぇさまだった。


「なんで。どうしてお嫁入りなんか」

「ご縁があったの。急なのだけど、学園に通うことになって。騎士団の活動は一月ほどお休みしてもらえる?向こうに着いたら手立てを考えるから」


私のせいで領地を離れるというのに、領地と私の心配をする。


「あなたがいるから安心だわ」


そうして、日を置かずおねぇさまは王都に旅立った。


*


おねぇさまが見つけた"豊穣"の祝福を領地に届ける方法は、領地で使っていた頃よりも強く祝福を使うというものだった。発揮した祝福の強さに比例して、届く距離も延びるのだという。結果、土地に与えられる祝福も強くなり、領地はますます栄えた。


「幸せじゃありませんか」


村から村へ赴く道行きで革鎧をつけた騎士が言った。


辺境伯のお父さまが私費で置いた騎士団は、私の他に騎士が三人。話しかけてきた騎士は若いけれどその中で一番の実戦経験者で、必然私と一緒に火の番をすることが多かった。


「私、だって」


山を越えて村に赴き、おねぇさまから受け取った祝福を土地に与える。


「ズルいの。何とかしてもらうばかりで」


私がしたのは、ただ紋章を村々に運んで待つことだけ。


「してもらえばいいじゃないですか」

「嫌!」


あんなに優しい人を領地から追い出して、それでも恩恵を受けるのをやめない。私が役に立ちたいと言ったから。領地で一番すごい人になんてなれやしないのに。


「あなたのお姉さんはすごい人ですよ」


騎士は言う。


「俺にも祝福があるから、あの方のしていることが並大抵のことでないことはわかります。祝福だけじゃない。祝福だけでは届かないところまでどうにかしている。でもあの人、もうこれ以上なく、領地のためにしてくれているでしょう」


満天の星の下で焚き火がぱちりと音を立てる。


「"豊穣"だけでも大したもので、それを広めるところまで誰もあの人に望んじゃいなかった。誰がいたからできたことか、領地の皆はみんな知ってます」

「私」

「あなたがズルいのは、領地のために一生懸命で、領民のことを愛していて、そのための努力を惜しまないところ。あと美人だ」


領地の領民で私よりも恵まれた環境にある者はいないのに、一番すごい人になんてなれなくて、何かをしてもらうばかり。


「ズルいのでしょう」

「ズルいですね。好きになるしかないんだから」

「皆が好きになるなんてことないわ」

「俺にはその方が都合がいいな。あと、お姉さんはあなたのこと好きですよ」


ずっと怖かった何かから救ってもらったような気がした。


ほどなくして、おねぇさまが王都から領地に帰ってきた。


婚約破棄に遭ったのだという。大変なことだと問い詰めたけれど、お父さまはあっけらかんと騎士との結婚を私に勧めた。政略結婚の防止だという。


考えてみれば、婚約さえなければおねぇさまは領地に居られる。特に問題はない。


「おねぇさま。私、領主になりたいです」

「それがいいと思うわ」


おねぇさまはおっとりとそう言った。


「ウルリナがね。一番になると言うから。私それまで、自分にできることをすればいいと思っていたの。もっと望んでいいんだって」


豊かになった領地を見ておねぇさまは目を細めた。


ツネルガットの次期領主が辺境伯領にやってきたのはそれからすぐのことだ。


私の居ない間に領都までやって来て、婚約破棄の撤回を迫ったのだという。私が領地の周遊から帰ってきたときにはチルバイトハイン領に入り浸るようになっていた。


「努力を、認めてもらえたのが嬉しくて」


おねぇさまは別け隔てなく誰の努力も尊重なさるし、そのおねぇさまの努力を領地の皆が知っている。この男許してはおけないと思った。


私の祝福は"頑健"だ。病魔を退け、怪我を許さない。そんな祝福には変わった使い方があった。祝福に守られることを前提に、普通ならば考えられない強さで拳を振るのだ。


「わっ、えっ」


振り抜いた拳を見て、ツネルガット次期伯爵は祝福を使おうとした。成功すれば届きはしなかっただろう。


しかしそれを阻むものがあった。私の後ろにつけていた騎士の祝福だ。


"回転"だという彼の祝福は、魔物を相手にするなら天地を返し、山を行くときには道を塞ぐ岩や倒木を転がして除ける。


無理やり後ろを向かされたツネルガット次期伯爵は空間の把握が重要だという"転移"の祝福に失敗し、私の拳を脇腹に受けて倒れ伏した。息はある。


「止めると思ってたわ」

「最愛の妻の姉君で領地の恩人は俺にだって大事ですよ。埋めますか」


とどめを刺そうとした私をおねぇさまが見つけて止めたので、ツネルガット次期伯爵は無事に王都へと帰っていった。


怪我の治らないうちからまた訪れるようになったので、領主になった暁にはいの一番に立ち入り禁止令を出すと私は心に決めた。

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