一、敗北、ただし現代転移
「終わりだな、マラジジ。」
一言、そいつはそう呟く。まぁ、確かに足は動きそうにない。魔力はほぼ全て使い果たしてしまった。
魔法使いとしては、まさに絶体絶命。
「…カッカッカ……アレイスターよぉ…。 お前ェさん、儂の専門の魔術、覚えてねェか?」
「…ラテン式の古代魔術と、妖精の魔術だろう? だが、それで何が出来る?」
周囲には、死体が山のように積み重なる。
…アレイスターの部下だったもの。儂の弟子たち。皆、見るも無惨な姿に変貌している。
……生き残っているのは、儂とこいつだけ。
「……そうじゃなァ? 確かに、儂が産まれる前の古代魔術や、妖精の魔術であれば、何も出来ず死んでおっただろうよな……。 ……カッカッカッカッ………。」
心の底から、乾いた笑い声を上げる。
「…何が、可笑しい?」
「てめェ、ひとつ忘れちゃいねェかァ!? 儂を誰だと思うとる!? 稀代の天才魔術師、モージ様じゃぜェ!?」
全力で両手を広げ、ふらつきながら立ち上がる。
「……!? まさか、貴様! あの秘術を、誰も解けなかった外法を!完成させたとでもいうのか!?」
「その、まさかに決まってンじゃろがい!!」
背後に、大きな棺が出て来る。
「…『不滅転棺』ッ!!!」
棺の蓋が、儂の体を包み込む。
「待て!マラジジ!」
「では、アレイスターくん。」
「なぁに、高々100年眠るだけ。また会おう。」
ギィ、と音を立てて、棺は外界を引き潰した。
「え?棺桶?」
「おう。なんか、1週間くらい前って話だが。埠頭に流れ着いたらしいぞ。」
釣竿を弄りながら、じいちゃんと話す。そんな夏休み、いつも通りの日常。
「船の残骸かなんかと見間違えたんじゃないの?」
「いやぁ、どうやら本当に棺桶らしい。」
「嘘だぁ。」
昔から、じいちゃんはホラを吹くのがうまい。
「だからよぉ。今日のポイントはよ、その噂が立ってるとこにしようかと思ってなぁ。」
「へぇ。そりゃ面白そうだ。じいちゃんはいつも通りソイ狙いか?」
「いんや。あの埠頭ならギリギリ、今の時期はカレイが釣れるんだ。」
額の汗をタオルで拭きながら、じいちゃんはニカッと笑う。
「そっか。俺はサバかなぁ。」
「好きだなぁ、おめぇ。」
「煮ても焼いても美味いんだもん。アイツ。」
俺も、思いつく限りのいい顔で、じいちゃんの笑顔に答えた。
「おーし。着いたぞぉ。」
「おー。今日も釣るぞー。」
じいちゃんの軽から降りると、確かに遠くに人がぽつぽつと集まっていた。
「おー? やっぱり人、集まってんなぁ。」
「みたいだな。」
遠くに見える人だかりに、ベリーショートで、健康的な日焼け肌をした、よく知ってる長身の女が居た。
「おんや、陽ちゃんも来てるんか。」
「…みたいだな。」
「おーい!はるちゃーん!!」
「お、おい。わざわざ呼ぶなって!」
陽はこちらに気付いたようで、にこっ、と可愛く笑った後に走ってきた。
「光ーっ! おじーちゃーん!」
「……はぁ。面倒くさ。」
「何言ってんだぁ。嬉しいくせによぉ。」
じいちゃんはにやにやと笑う。
……俺と陽が一緒にいると、じいちゃんはいつもこうだ。
「2人とも、今日も釣りに来たのか?」
「……まぁな。」
「ついでに、噂の棺桶も見に来たんだい。」
「おぉ、見るか?こっちこっち!」
陽は俺の左腕を強引に掴んで、全力で走り始めた。
「お、おい!落ち着けって!」
「面白ぇぞー!早く早く!」
人だかりを掻き分けながら、陽は強引に前に進む。もちろん、腕を引かれた俺も巻き添えを食らう。
「ほぉら、どいたどいた!」
「す、少し落ち着けって、陽。」
何人もの人を避けて、たどり着いた海岸。
「ここ、ここだよ。覗いてみなって!」
「あ、あぁ。」
言われるがまま、海中を覗く。
…確かに、海の底には銀色の十字架が刻まれた、紺色の棺桶のようなものがうっすら見える。
「…な? 棺桶だろ?」
「……確かにそれっぽさはあるが…。」
「ほーぉ、どれどれ?」
いつの間にか隣に来ていたじいちゃんが、興味深そうに海中をじっくりと見つめる。
…海中を見つめているじいちゃんの顔が、みるみるうちに険しくなっていく。
「おう、皆の衆。」
じいちゃんは振り返り、集まった近所の人たちに声を掛けた。
「ここからはちとわしらが仕切る。すまんが皆、帰ってもらえんか。」
じいちゃんのその言葉に反応して、人だかりはすっかりと居なくなる。
…じいちゃんはこの町では年長者であり、なんかよく分からない権力を持っている。
「……光、陽ちゃん。」
「お、おう。」
「どうした、じいちゃん。」
「…光は父ちゃんに、陽ちゃんは自分とこの婆ちゃんに連絡せい。早くこの埠頭に来いってな。」
じいちゃんの、今まで聞いたことがないほど真剣な声に、俺も陽も完全に気圧される。
「…わかった。」
「いま電話する!」
「頼む。」
俺たちに話しかけながらでも、じいちゃんの目線は、少しも海中の棺から揺らぐことは無かった。
「待たせたね、一道。」
「待ってたぜ、晴子。」
陽のばあちゃんと、うちのじいちゃんが拳を突き合わせる。
「…海中に棺桶だって? お前さんとこの倅には連絡したのかい?」
「当然よ。もうそろそろ来るはずじゃ。」
いつもは会う度、ゲラゲラと笑い合うふたりが、今日はやけに真面目な顔つきだ。
「…お、おい。何が起こってんだ?」
陽が、少し震えた心配そうな声で話しかけて来る。
……こんなこいつも、初めて見る。
「……わかんねぇ。わかんねぇけど。」
「…うん。」
「事態は、俺たちが考えているよりも、よほど急を要するらしいな。」
「……だな。」
握られっぱなしの左腕に、さらに握力が加わる。
「いやぁ、お待たせしましたぁ。」
後ろから、聞き慣れた呑気な声が聞こえる。
そこには、よく見る小太りの髭面が居た。
「…親父。」
「遅せぇぞ。満助。」
「いやぁ、飛ばしてきたんだけどねぇ。」
頭をポリポリと掻きながら、海に近寄る。
途端、親父の顔が曇る。
「……あー。これねぇ。どうしようねぇ。」
聞いたことないくらい、低く、遠い彼方にいる誰かに語りかけるような声で、親父はぽつぽつと呟き続けた。
「…うーん。とりあえず引き揚げてみましょー。父さんか晴子さん、頼めますかぁ?」
「一道、任せていいかい?」
「あいわかった。」
じいちゃんは神妙な顔つきで、海に近付く。
「お、おい。引き揚げるってどうやって…。」
「陽。黙って見とれ。」
俺も投げようとした疑問は、陽の婆ちゃんの一喝で雲散霧消となった。
「……『移』ッ!!!」
じいちゃんがそう大声を上げると、俺たちの目の前に、海中にあったはずの棺が出てきた。
「え…な……? じい…ちゃん……?」
「………みつるぅ…。」
今、目の前でたしかに起こった幻想に、俺も陽も戦慄する。
俺は思わず、左腕にしっかりと組み付いている、陽の右手を握りしめた。
この世界が、確かにさっきまで俺が居た世界と同じかどうかを、自分以外の誰かに証明を求めた。
「…『移』が効いたということは……。」
「うーん。間違いなく魔術的な物だね、こりゃ。」
親父もじいちゃんも、陽の婆ちゃんも。誰一人としてこの状況を不思議に思っていない。
…この人たちは、何なんだ?
「…お、おい。親父……。」
「……!? シッ!」
何かに気付いた親父が、怒りと不安の降り混ざったような顔でこちらに注意を促してくる。
それに呼応したように、じいちゃんと婆ちゃんは、拳法のような構えを取る。
「……え…あ……?」
「……っ…。」
陽が俺の腕に完全に組み付く。もしも、この場に俺と陽以外居なかったら、俺も陽に完全に抱きつき、ただビクビクと恐れ、震えていただろう。
……頑丈そうなあの棺に、ヒビが入ったのだ。
それも、1本や2本の、細かいヒビではない。
棺全体に、凄まじい勢いで、何本、何十本ものヒビが入っているのだ。まるで、卵が孵化するかのような。そんな感覚を俺は覚えた。
「……来るっ!!構えろぉっ!!!」
婆ちゃんの、怒号にも似たような声のあとに、あの棺から凄まじい勢いで、衝撃波が発せられる。
「んおっ!?」
「わぁっ!?」
俺と陽は、仲良く吹き飛ばされ、2人揃って硬い地面に叩き付けられた。
不幸中の幸いか。俺も陽も、こういうことには慣れている。だから、ほぼ無意識で受け身を取れたらしい。すぐに上半身を起こせた。
「…ッ……痛ー……。」
「いっててぇ……。」
起き上がった俺は、信じられない物を見た。
あの棺から、人が出てきたのだ。
普通、あの中に人が入っていたとして、海中に1週間ほども晒されていたのだ。死体ならば腐っているか、海中生物に喰われているだろう。
さらに信じられないのは。
「Where are we? What is your race《君たちの人種は何だね》?」
その男が普通に喋ったことに違いない。
「Here is Japan and we are Japanese《ここは日本で、私たちは日本人ですよぉ》.」
親父は、さも当然かのようにその男と話す。
「オウ、ジャパン!オーケイオーケイ…。」
カッカッカ、とでも形容しようか。そんな笑い声を上げながら、両手をぱちぱちと打ち鳴らす。
「あー、貴公ら? 今は西暦で何年だ?」
ひとしきり笑ったあと、その男は日本語を流暢に話し始めた。
「西暦だと2012年ですよぉ。」
「かたじけない。やはり100年後か。」
その男の風貌は、サンタクロースのような白いふさふさの髭を蓄え、髪は長く、美しささえ感じる灰色に染っていた。金色の瞳は思慮深い印象を受ける。真っ黒な、夜のような燕尾服に身を包んだ彼は、貴族のようにも見えた。
「こちらからも、質問してよいかのぅ?」
「うむ、貴公。よかろう。」
「お前さんは、一体何者だね。」
じいちゃんは短く、だが核心に迫る質問を投げかけた。
「答えよう。我が名はモージ、或いはマラジジとも呼ばれるな。」
その瞬間、親父の目がぱあっと輝く。
「わぁ!やっぱりそうなんですねぇ!」
親父と、モージと名乗った男は、固く握手をした。
「僕、あなたの大ファンなんですぅ!」
「うむ、苦しゅうない。」
何が何だか、わからない。
「……みつるぅ…?」
「………え?」
左を向くと、涙目の陽が、一生懸命、俺の腕を抱き締めていた。
「お前だけは、まともだよなぁ……?」
「…安心しろ、俺も何が何だかわからん。」
まともなのは、俺たちなのか。それとも、向こうで話している大人たちなのか。それさえも、もう俺にはわからない。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
面白いと感じて下さった方も、はたまたつまらんと感じて下さった方も、皆様等しく読者でございます。
この作品の公開あたって、思ったことがひとつあります。
「バトルシーン、どうしよう。」と。
漫画であれば一コマに詰める動作を、小説では何行にも詰める必要があります。
そして、文章の要約が下手くそだと、読者の皆様方に不快な思いをさせてしまう可能性があります。
…真面目にどうしようか悩みました。はい。
結果、とりあえず1話目はバトル無しにしようと決めました。問題の先送りです。情けないですね。
次回もバトルは無い予定でいるので、それまでに書物を読み漁って、人様に見せられるバトルシーンを書ければいいな、とか思っちゃったり。
……え?そもそも他の文も酷いぞって?
………それは、そうなんですけど。
さて、こんな酷い後書きまで読んでくださった、聖人のような皆様。重ねて御礼申し上げます。
次回の投稿予定は未定ですが、ひと月以内に更新したいと思っております。
どうか、御心の許す限り、お付き合いいただければ幸いです。
改めまして、読者の皆様方の、素晴らしいストーリーライフを心からお祈り申し上げます。
いだすけさんでした。