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めだかのキーホルダー

掲載日:2022/06/22

夢で会えたらとはよく言ったもので、それはきっと、そこまでの心しかないということなんだ。

つまり、本来はそんな希望や考えが浮かぶ前に、問答無用に夢で会うはずだから。

浮かぶ考えや残された気持ちがまるで、ボール型の立体迷路のように複雑に絡み合っていく。

先を考えて、あることないことが現れては消え続けるし、

過去を想って、心のどこかにしまってあった何かを取り出してはまた放り投げる。

そんなことをしていたら、否が応でも深層心理に刻み込まれて、無意識下に君との世界が出来上がる。

夢で会うたびにどんな思いをするかを知れば、もう二度と会わないようにと願うんだ。




桜の咲く間もなく春が終わった気がして、乱高下する気温が頭を混乱させてくる。

そんな時期に、6年ぶりに再会した君は、それはもう一段と綺麗で、僕は思わず息を呑んだ。

僕ら二人は、まるで昨日も会っていたかのように、いつもと同じような言葉を交わしながら歩きはじめた。


空を漂う雲は、歩く僕らのことを気にせず追い越していく。

「待ってよ」と言いながら、太陽がその後を追うように見えて、赤く染まった絵画みたいな広い空が、今日だけは苦しく感じた。

僕らにぶら下がって、コンクリートの道に長く伸びた影は、二人の会っていなかった時間で開いてしまった距離を表しているようだった。




換気扇の横にある窓を開けてから、たたんでいない布団を跨いで荷物を置き、部屋を片付ける。

それから、扉の前で立ち尽くしている君を、机の前に座らせた。

僕はその後ろで、台所に溜まった食器をガチャガチャと片付けながら考える。

「君は変わった。けど、僕も変わったんだ。ほら見てよ。」

そう言ってしまえばきっと、僕は何も変わっていないと証明することになってしまう。

だから僕は、ひたすら君の言葉に耳を傾けて、嫌な顔を少しも見せずに「何てことないさ」と応えることが一番良いんだ。きっとそうだ。


水を止めた後、すぐに部屋を満たす静けさは、僕を少し動揺させる。

「何かが足りないと思ったけど、これだったね」僕は携帯から音楽を流し始めた。

君は少し不思議そうな顔をした後に、笑いながらうなずいた。

それにつられて、僕の心にあるはずの何かが溶けていく。

良くないことが起きそうだと感じたけど、今気づいても、もう遅い。

「それはきっと、もっと前から感じていたはずだろ?見て見ぬふりをしたのは自分自身じゃないか。」

わかっていたはずだから、もういっそ知らんぷりをしよう。




昔から変わらない。あの時の僕らが、アップデートされてここにいるだけ。

そのはずなのに、何かが変わったはずだと―きっと変えられるはずだと信じて止まない。

幼くて、滑稽で、気持ちの悪いもう一つの僕がそこにいる。

君はそれを見抜いていたのかもしれないし、もしかしたら、君も同じ気持ちでいたのかもしれない。


机を挟んで会話をしていくうちに、段々とお互いの緊張がほぐれていくのがわかる。

最初は少し居心地の悪かった静寂も、慣れてきたのか逆に心地よさすら感じる。

机に置いてある2つのコップは、さっきよりも近くに置かれていた。


「めだかのキーホルダー、覚えてる?」

何度も口に出そうと思ったけど、タイミングが掴めずにいた。

もしくは、君が覚えていなかったら嫌だったから、言わなかったのかもしれない。

未だに目につくところに置いてあるはずのめだかのキーホルダーは、君が来るから今日だけ隠すようにしまってある。

きっと覚えていたら、取り出した時に気づいてくれるかもしれない。

そう思って立ち上がったはずなのに、いつの間にか僕は、君の隣に座っていた。


そうして気づいた。

君は何も変わっていないけど、君の香りは変わっていた。

強烈に覚えていたあの時の香りは、甘いのにさわやかで、少しえぐみもある不思議な香り。

今の香りは、それとは違うものになっていた。少し寂しかったけど、好きだった。


今日という日で、一切の空想と空白をリセット出来ると思っていた。

会話をしていくうちに、今までのことが感情の川に流されて、広大な思い出の海に放流されてくれるんだと思っていた。

でも、僕らはあの時と同じように、不意に手を重ねてしまった。

身体の距離はどんどん近くなって、気が付けば間に挟んでいる物は二人の着ている服だけになり、

お互いのコップはどちらも関係なくなっていて、好きな方を飲めば良くなっていた。


「嫌いになるのは無理だった。多分僕はこれからも出来ないと思う。」

「今日も僕だけが平静を装っていたんだと思う。」

「君にとって僕は、昔から何でもない。わかってるよ。」

「君の好きなだけ、好きにしていいよ。」


僕は6年もの間ずっと勘違いをしていたようだ。

君との思い出は捨て去ったと思いこんでいたけれど、実際のところは、心の奥底にある頑丈な扉の向こうに置いていただけだった。大事に取っていた。

心の中で溶けていたものは、おそらく扉にかかっていた南京錠だ。

なぜそんなことになってしまったのかはわからない。

けれど、たった今、君と触れ合ってゆっくりと気づいた。

僕はそれを否定し続けて、許されないことだと、叶わないことだと言い聞かせ、自分に嘘をついてきたみたいだ。

ただ、実際叶わないことであるのは間違いがないから、あとは自分がどうしたいかなんだ。

君は、そんな僕に対して「好きにしていいよ。」なんて可愛く言うから、余計に僕は混乱していく。

ただでさえ、この異常な気温と体温のせいでおかしくなりそうだっていうのに。


僕には、君を満たせるものはほとんど何も無いと思うけど、

もし君が何かを望んでくれるのなら、僕はそれに応えたい。君が僕だけに望むなら。

だから僕は、君がいつかを望んでくれるその時が来るのを待つ為に。

これから先、その為だけに少しだけ生き続けようと思った。

そうしていつか、君にめだかのキーホルダーを返すことが出来たら、僕は満たされるのかな。

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