自分たちだけ手の込んだゼリーを食べてずるいずるいと旦那氏が言うので、コーヒーとミルクのセパレートゼリーを作ってあげたら家族みんなが幸せになりました〜おかわりがほしい?割り当てはひとり1個です!〜
異世界恋愛カテゴリーで流行りのわがまま妹に虐げられる主人公風のタイトル。婚約破棄はない。
レシピはあとがきに記載。
K氏はこのところ週1〜2のペースでゼリーを作っている。
きっかけは、子どもたちが通っているピアノ教室で庭の枇杷をたくさんいただいたことだった。
「うちの枇杷ねぇ、まあまあ味はいいしたくさんつくんだけど、あんまり食べてくれなくて……」
「おやまあ、K氏は枇杷大好きですよ、あればあるだけ食べますけどねえ」
こんなやり取りを経て、大量の枇杷が我が家にやってきたのである。けっして強奪したわけではない、念のため。
枇杷は、よく冷えたものをさっと洗っておしりから皮をむき、豪快にがぶがぶやるのが好きだ。とはいえこんなにたくさんあるのだ、なにかーー例えばコンポートにしてみてはどうだろうか。
薄い砂糖水でさっと煮た枇杷は、とても美しいオレンジ色の、どこかアンズを思わせるエキゾチックな風味に仕上がった。
K氏は思った。これは杏仁豆腐に添えるしかないと。
早速スーパーで杏仁豆腐の素とクコの実を買ってきて、ふるふるに固まった杏仁豆腐に枇杷のコンポートとシロップ、戻したクコの実を乗せる。最高の出来だった。
枇杷コンポートのシロップに牛乳を入れて寒天にしたら杏仁豆腐っぽくなるだろうか、というTwitterでのお友達のコメントから、シロップを固めたゼリーとミルクゼリーを2層にするアイデアも思いついた。K氏は、自分の才能に震えた。
ところで、お菓子を自作される方の中にはご存知の方もおられるだろう、ゼリー(のようなもの)は、一般に、何を使って固めるかで3種類に分かれる。
・動物(牛や豚)のタンパク質由来であるゼラチン
・海藻である天草などを原料とする寒天
・海藻や豆の抽出物から作られたアガー
である。
それぞれ食感や風味などに違いがあり、作りたい料理や好みなどによって使い分けられている。
このうち、K氏が今回選んだのはアガーであった。
アガーは常温で固まり素材の風味を邪魔しない無味無臭、ぷるぷるの食感で他ふたつに比べて最も透明度が高いことが特徴としてあげられる。
枇杷のシロップをゼリーにするにあたって、アガーが最も適しているとK氏は判断したのだ。
そういうわけで我が家にやってきたアガー。K氏は、せっかくなのでと、アガーが得意とするお菓子のひとつであるコーヒーゼリーも作ることにした。
ふるふるとゆれるダークブラウン。光に透かされて琥珀色にきらめく芳醇な宝石。控えめにたらされたクリームの描くマーブルも美しい、おお、麗しのコーヒーゼリーよーー
コーヒーゼリーを作るときはカップに小分け、またはバットなどの平たい容器に入れて固めることが多いと思う。しかしK氏はそれが面倒になってしまった。
ーーひとり分ずつ作るのは、手間もかかれば場所もとるので論外。バットで固めたところでどうせスプーンやナイフでクラッシュゼリーにするのなら、もういっそ鍋ごと固めてしまえばいいじゃない!
かくして、鍋コーヒーゼリーは生まれた。
このコーヒーゼリー、とにかく楽なのだ。アガーとグラニュー糖、インスタントコーヒーを混ぜて水に溶かし、沸騰直前まで加熱すれば終わり。粗熱をとってそのまま冷蔵庫に入れる。
食べたい人が、食べたいときに食べたいだけ取り分けて食べる。なんて素晴らしい。
K氏は週1のペースで鍋コーヒーゼリーを作るようになった。
ゼリー作りは楽しい。幼稚園児も中学生も、材料を計ったり混ぜたり火にかけたり、それぞれができることをわいわい手伝ってくれる。K氏も子どもたちとお菓子作りができてうれしい。
とはいえ実はコーヒーよりも紅茶党なK氏。コーヒーだけでなく紅茶でゼリーを作りたくなるのは当然のことと言えた。
夏らしく爽やかなアールグレイのゼリー――アガーは、紅茶の透明感を活かすのにも最適なのである――K氏は気付いた、気付いてしまった。このベルガモットの風味とオレンジを組み合わせると大変なことになるのでは?
オレンジジュースを固めた上にそっと紅茶のゼリー液を注ぐ。山吹色と澄み切った琥珀のコントラストも美しいゼリーがグラスの中でふるりと揺れていた。
そしてK氏はまたも考えた。キャラメルティーとミルクはどうだろう――あのカラメルの香ばしさと優しいバニラの風味は――K氏は、めでたく子どもたちから有罪判決を下された(美味しすぎる罪による)。
と、ここでK氏の夫――紅茶嫌いのコーヒー党過激派――が拗ねた。
こんなにおいしそうなゼリーなのに紅茶だと食べられないじゃないか!と。
K氏が子どもたちと紅茶のゼリーを作っていると旦那氏がたずねる。
「ねーねー、旦那君のは?」
「そこの鍋」
「それただのコーヒーゼリーでしょ、旦那君もミルクゼリーの乗ったおいしいゼリーが食べたい!」
K氏にはずるいずるいと叫ぶ妹もいないし婚約破棄もされていないが、自分たちだけおいしいゼリーを食べてずるいと拗ねる旦那氏がいた。
しょうがないのでコーヒーとミルクのセパレートゼリーを作ることにした。
コーヒーの香りと苦み、ミルクの甘さがベストマッチな奇跡が生まれた。ざまぁもなく、家族みんなでにこにこと幸せになった。
K氏は、再び有罪となった。
K氏はきっと来週もゼリーを作るだろう。
もしおすすめのゼリー、他にこんなおいしい紅茶の組み合わせがあるよなどあれば、どうかK氏にご一報いただければ幸いである。
【枇杷のコンポート】
材料:
・枇杷 好きなだけ
・水とグラニュー糖 2対1くらいの割合、枇杷がひたひたになる程度
・レモン汁 少々(なくても可)
作り方:
・枇杷を半分に割り、スプーンなどで種と薄皮を取る。
・水とグラニュー糖を鍋に入れて火にかけ、グラニュー糖が溶けたら枇杷とレモン汁を入れ10分ほど煮る。アクはすくう。
・そのまま冷ます。
【枇杷シロップのゼリー】
材料:
・枇杷のコンポートのシロップ 500cc
・アガー 8g
・グラニュー糖 10g
作り方:
・アガーとグラニュー糖をよく混ぜ、シロップに少しずつ溶かす。
・沸騰直前まで加熱する。
・容器に小分けし、粗熱が取れたら冷蔵庫で2時間以上冷やす。
【オレンジジュースのゼリー】
材料:
・オレンジジュース(果汁100%) 250cc
・アガー 6g
・グラニュー糖 10〜15g
・水 100cc
作り方:
・オレンジジュースは常温にしておく。電子レンジで軽く温めるとよい(沸騰、やけどに注意)
・アガーとグラニュー糖をよく混ぜ、水と合わせて加熱する。
・沸騰したらオレンジジュースを少しずつ加え、混ざったら火を止める。
・容器に小分けし、粗熱が取れたら冷蔵庫で2時間以上冷やす。
【紅茶のゼリー】
材料:
・紅茶 4〜6g(ティーバッグ2袋)
・アガー 8g
・グラニュー糖 45g
・水 500cc
作り方:
・紅茶を作る。沸騰させた水に茶葉を入れ蓋をして1分半蒸らす。濃い目に作りたいときは蒸らし時間ではなく茶葉の量で調節する。
・アガーとグラニュー糖をよく混ぜて紅茶に少しずつ加え、沸騰直前まで加熱する。
・容器に小分けし、粗熱が取れたら冷蔵庫で2時間以上冷やす。
メモ:
・コーヒー、ミルクのゼリーはどこにでも作り方は転がっているので割愛。ミルクゼリーはバニラでなくラム酒にしてもおいしい。
・アガーは80℃まで加熱することで完全に溶け、なめらかで口当たりのよいゼリーになる。
・オレンジなど酸味のあるものをアガーで作るときは、加熱しすぎると固まりにくくなるので、沸騰させないように気をつける。
・アガーはメーカーによって成分、食感などに違いがあるので、商品の使用説明をよく読むこと。必要ならアガーと水分量の割合を調節する。
・紅茶のゼリーは甘さ控えめにしてあるのでお好みで調節する。
・セパレートゼリーにするときは、粗熱がとれて1段目のゼリーが固まった上に、静かに2段目のゼリー液を注ぐ。
・紅茶はアイスティーやゼリーにすると濁りやすい(味は変わらない)。透明に作るには、タンニンの少なめな茶葉を選ぶ、砂糖をしっかり入れる、抽出時間を少なくする、アイスティーなら氷を一気に入れる、ゼリーなら容器を氷水に当てて急冷するなどが有効である。
※ダージリンやアッサム、セイロン系はタンニンを多く含んている。タンニンが少ないのはディンブラ、キャンディ、ニルギリなど。ニルギリはアールグレイをはじめとする多くのフレーバーティーのベースに使用されている。