魔法に憧れた少年、習得の仕方が分からないのでとりあえず腕立て伏せから始めてみることにした。
物理って良いよね
長閑な雰囲気の自然豊かな村。
その村のちょっと奥にごく平凡な木造りのこじんまりとした1軒家があり、そこにはクレスという名の少年とその父親が住んでいた。
「ねぇ、お父さん」
「なんだい? クレス」
「魔法ってどうやったら使えるの?」
ひと月前、依頼のために目的地に向かう途中、通り道にあったこの村に立ち寄った冒険者達がいた。
王都でも有名な冒険者パーティらしい。
その中の1人が、根っからの子供好きなのであろう、子供達を喜ばせる為に、彼等の目の前で魔法を使って見せたのだ。
その子供達の中の1人であったクレスは、初めて見る魔法に魅せられ感動し、自分も使えるようになりたいと思うようになった。
「そうだね……」
いきなりの質問に、クレスの父親は思案する。
彼には魔法の才も知識も無い。
どうすれば、我が子に魔法を教える事ができるのであろうか、と。
「そうだなぁ……あ、ちょっと待って」
ふと、彼は立ち上がり、家の外に足を運んだ。
クレスも後について行くと、暫く使っていなかった倉庫で父親が何かを探しているのが見えた。
長年使ってなかったせいか、倉庫の中は埃が積もっており、蜘蛛の巣がそこら中に張っていた。
「お、あったよ」
そう言って彼は、一冊の本をクレスに渡す。
埃に塗れたその本は、『魔法術式図鑑』と書かれていた。
クレスはその本をじぃっと見つめると、父親の顔に視線を移し、困惑の表情を見せる。
「なんて書いてあるの?」
クレスはまだ5歳である。文字が読めなくて当然だ。
父親は苦笑すると、「それじゃあ一緒に読もうか、文字を読む勉強にもなるだろうし」と言った。
□
『魔法術式図鑑』には、色んな魔法が載っていた。
火属性の魔法でいえば、火起こしの魔法から戦略魔法まで。それが各属性載ってあるのだ。
7歳になり、一人で文字が読めるようになったクレスは、村の小高い丘にある1本の木の下で、もう何度読み直したか分からないこの本を見ながら、ウンウンと唸っていた。
「うーん、どうすればこれができるようになるんだろ」
この『魔法術式図鑑』、魔法の種類は載ってあるが、使用方法や習得方法が載ってないのだ。
これには参った、このままでは魔法を使うのなんて夢のまた夢である。どうしよう……と、そこであることに気がついた。
「あ、そういえば」
昔来た冒険者パーティの魔法使い、彼は壮年ながら、とても逞しい肉体をしていた。
きっと彼のようになれば、魔法が使えるようになるのだろう。
そうなれば善は急げだと、見ていた図鑑を閉じて木元に置くと、背の低い芝の上で四つん這いになる。
「まずは腕立て伏せからだ!」
「いーち、にーい」とゆっくりと腕立て伏せを行ったが、十を数える前に崩れ落ちてしまった。あんまり外で遊ぶタイプの子供ではない彼は、腕立て伏せ数回であってもきつい。
だが、こんなことでへこたれては魔法は一生懸かっても習得できないであろう、と体に鞭を打ち、すぐ様腕立て伏せを再開する。
──念の為に言っておくが、身体をいくら鍛えたところで魔法は身につかない。魔法を使う為には、その魔法について勉強をして複雑怪奇な術式を頭に叩き込み、尚且つ、魔法を使う為のマナと呼ばれる物を扱う為の練習をしなくては行けない。
そんなことを知らないクレスは一生懸命腕立て伏せを繰り返すのだった。
その日から、小高い丘の方から苦しそうに数を数える子供の声が延々と聞こえてきたという。
□
クレスは15歳になった。
この8年間、魔法習得の為に色々やってきた。
腕立て伏せは勿論のこと、山の中を駆けずり回ったり、滝に打たれてみたり、とにかく思いつく事は全てやってきた。お陰で彼の肉体は細いながらもしっかりとした身体つきになった。
そして、なんという奇跡か、いくつかの『魔法』が使えるようになったのだ。
背中に背負うタイプの袋に色々な物を入れ込みながら、今までの出来事に思いを馳せる。
ちなみに、彼が何をやっているのかと言うと、王都に行く為の準備だ。
『魔法』を使えるようになったクレスに父親が「王都にある魔法学院の入学試験を受けてみないか」と言ってきたので、これはまたとないチャンスと受けてみることを決めたのだ。
まだクレスには『使えない魔法』も多く、独学ではこれ以上学ぶ事も出来ないであろうと思っていたのだ。
「クレス、そろそろ時間じゃないか?」
父親が扉からひょっこりと顔を出す。
入学試験が3日と迫った今日、遂にこの村を出る事になった息子の姿を最後に見ておこうと思ったのだろう、その目は寂しげに揺れていた。
「あ、父さん、そういえばそうだね」
試験には充分間に合う時間帯であるが、道中何があるか分からない、早めに出ても損は無いだろう。
袋を背負い家の外へ、後ろに着いてきた父親に振り返ると「じゃあ行ってくる」と一言だけ。
父親も、昨日の夜に言いたい事は言ったのだろう、旅立つ息子に向かって、ただ深く頷いた。
そうしてクレスは、『早馬でも十日』は掛かるであろう王都へ向けて駆け出したのだった。
□
木々が次々と横を通り過ぎていく。
クレスは現在、森の中を駆けている。
木々の間を縫う様に、ではなく、木々の上を一直線に枝から枝へ飛び跳ねながら。
王都に行く為の整備された道もあるにはあるのだが、敢えてこのルートを進んでいるのだった。
(ちゃんとした道だと、『4日は』掛かるけど、このルートだったら1日半くらいで着くもんな)
脅威のスピード。しかし、様々な鍛錬を行い、野山を駆けずり回ってきたクレスにとって、これくらいの事は朝飯前である。
明日の昼過ぎに王都に着くので、試験の時間まではのんびり観光かな、と彼がそう思っていた時だった。
(……ん?)
遠くの方から、馬の嘶きと誰かが争う声、更には聞きなれない剣戟の音が聞こえる。
少しの思案。そしてクレスは、王都に向けていた足を騒ぎの元へと向けるのであった。
□
油断していた、と彼女、ナタリアはそう独りごちる。
魔法学園へ入学する為に、住んでいた屋敷から馬車に乗って出発したのは、ついこの前。そして今現在、謎の賊から襲われている。
いきなり森から飛び出してきた襲撃者達は、一斉にこの馬車へと群がってきた。最初は馬車を引いていた使用人が殺られ、そして、一人、また一人と護衛の騎士が敵の凶刃に倒れていく。
そして遂に、最後の一人が倒されてしまい、もう彼女を守る者が居なくなってしまった。
戦闘を終えると、襲撃者達はゆっくりとこの馬車の元へ歩いてくる。
さっきまで騒がしかった周囲は今では静寂に、獣の鳴き声さえ聞こえない。聞こえる音は襲撃者達の複数の足音がゆっくりと近付いて来る音のみである。
(怖い……ですが、私には魔法があります……きっと歯は立たないでしょうが1人くらいは……!)
馬を引いていた使用人も、護衛の騎士たちも、全員顔見知りだった。幼い頃から屋敷に住んでいた彼女が物心ついた時から傍に控えていた人達で、彼女にとっては家族のようなものだった。
しかし、その彼らはこの世には居ない。
遂に、足音が馬車の扉の前で止まり、そして扉が開かれる。
敵討ちを、そう思い、馬車の中で魔法を放つ為に構えていたのだったが、姿を見せた襲撃者の返り血を浴びた恐ろしい姿に戦意を喪失してしまう。
そして、満足な抵抗も出来ぬまま腕を捕まれ引きずり出された。
殺される、そう思った時だった。
「ストーンショット!」
どこからともなく、魔法を唱える声が聞こえた。
そして続けざまに、凄い勢いで何かが飛んできてぶつかる音。咄嗟に目をつぶっていた彼女は、静かになった周囲に気づき恐る恐る目を開くと、その光景に驚愕する事になった。
襲撃者達が漏れなく地に伏していたのだ。
助けられたのは明白。助けてくれた人物に目を向けると、彼女と同じくらいの歳の少年が肩を回しながら近付いて来るのが見えた。
「あの、貴方が助けてくださったのでしょうか?」
「うん、大丈夫だった?」
助けてくれたという事実を確認すると、緊張の糸が切れたのか、その場に座り込んでしまった。腰が抜けたのである。
それを見た少年は、怪我をしたのだと思ったのだろう、慌てて駆け寄って来た。
その少年の慌てた様子に、思わず笑いが出る。先程まで襲われていたのだと思えない程、その姿に安心したのだ。
しかし、安堵はそう長く続かなかった。
「貴様、魔法使いか?」
声のした方へばっと振り向く。
そこには先程の倍の人数の人間達が居た。もしかしなくても、先程の襲撃者の仲間であろう。
その光景を目の当たりにして、自分の顔が恐怖で強ばるのが分かった。危険はまだ去ってなかったのだ。
「もしかして俺に言ってる?」
その声の主である少年に目を向ける。そうだ、先の襲撃者をいとも容易く倒して見せた、頼りになる少年が居たのだ。
その立ち姿は堂々とした物で、人数の不利を感じさせぬ存在感がある、きっと著名な魔法使いなのだろう。
そして少年は、堂々とした声で口を開いた。
「もうすぐ魔法学院に入学する魔法使い見習いだ」
一気に頼りなく見えた。もうダメかもしれない。
□
「くくく、あーっはっは! 魔法使い見習いだと? 随分と頼りにならない者が助っ人に来たものだなぁ、なぁ、ナタリア姫よ!」
武装した集団のリーダー格っぽい人が高笑いをして、ナタリアに目を向ける。彼女は顔を青ざめ、絶望の表情を浮かべている。
「高笑いしているところ悪いんだけどさ」
そう言って、クレスは足元から何かを拾い、構える。
まるで、今から何かを投げるかのような構えに。
「今からお前達を懲らしめます。魔法で」
□
彼女はその光景が理解できなかった。
少年が何かを振りかぶって投げる度に、襲撃者が物凄い勢いで吹っ飛んでいくのだ。
……いや、何が起こっているのかは実際のところ理解している。
彼は、足元の手頃な石ころを掴み、投擲して襲撃者達を倒しているのだ。
しかし、投げる度に「ストーンバレット!」と唱えながら投げるのは理解できないし、その石ころの威力も理解できない。なんか当たった瞬間石の方が砕けてるのが見えるんですけども。
ストーンバレット。本来は、石ころに人力では有り得ないほどの推進力を持たせ、相手にぶつける魔法だ。
いや、確かに石ころを相手にぶつけてますけども! 本来の魔法なんかよりも凄まじいスピードで飛んで行ってますけども!
──何をどう見たって、それは魔法ではないでしょう!
「む? 手頃な石が尽きた」
「え!? どうするんですか!?」
慌てて周囲を見る。
確かに辺りに手頃な石は見当たらない。それはつまり、彼の攻撃手段が無くなった事を意味する。
これは終わったわー、と私は完全に諦めモードに入ったのが、彼がゆっくりと拳を握りしめるのが視界の隅に入った。
え、まさか殴り掛かる感じ? 武装した集団に?
そう思って、彼の顔を見ると、彼は実に堂々とした口振りで
「実は俺、土属性魔法より風属性魔法が得意なんだ」と口にした。
「ウインドブロウ!」
腰だめに拳を固め、一拍の後に拳を突き出す。
襲撃者の1人が、身体をくの字に曲げて吹き飛んでいく。
本来は、空気の砲弾を作り出し、相手にぶつける魔法。
……理解したくないが、どうやら、空気を拳で飛ばしたみたいだ。何それ。
「ウインドカッター!」
右の手を手刀の形にして、右上から左下へ振り下ろす。
左肩から右の腰にかけて血が吹き出し、襲撃者の1人倒れる。
本来は、真空波を相手に飛ばす魔法。
……どうやら、手刀で空気の刃を飛ばして、斬ったみたいだ。訳か分からない。
交互に発せられる魔法名と、襲撃者達の悲痛な叫び声。それを聞きながら
「私の知ってる魔法とちがう」
こう呟いてしまう私の気持ちが分かるだろうか。
そうして彼は、魔法(物理)を用いて、敵を殲滅するのであった。
□
「よし、これで全員かな」
目の前にある死屍累々な光景を眺めながら、深く息を吐く。
魔法を連打した影響か中々の疲労を感じる、これが噂に聞くマナ枯渇ってやつだろうか?
何はともあれ、魔法を使って人間を相手取るのは初めてだったが、ちゃんと通用したようで何よりだ。
「ナタリアさん……だっけ、立てる?」
「……」
へたり込んでいる彼女に手を差し伸べ、おずおずと差し出された手を引っ張って立たせる。
彼女は先程までの戦闘が余程怖かったのか、黙って俯いている。
気まずい……とにかく何か話を、そう思って話題を探そうとすると、
「あの、貴方、魔法使い? 見習いなんですよね」
とおずおず、といった感じで尋ねられた。
「? はい、そうですよ」
何故か魔法使いの所が疑問形になっていたのが気になったが、彼女が振ってくれた話に肯定の意を返す。
「それで、魔法学院に入学する……と」
「はい、その通りです」
あ、そういえば魔法学院に行って入学試験受けないとだった。
「あの、私も魔法学院に入学する予定なんです」
「え? ほんと? じゃあ試験に向かってる最中だったんだ、そんな中で災難だったね」
「いえ、試験は……あの、助けて頂きありがとうございました。これで逝ってしまった彼らも安心することでしょう」
彼女はそう言って頭を下げる。
「それじゃあ、君を護ってくれたあの人たちを埋葬してあげようか」
そう言うと、彼女は涙を零しながら頷いた。
□
彼女には移動手段がない、馬車は無事だが、彼女には馬を引く技術はないらしい。
俺は試験があるのであまりのんびりは出来ないし……あ、そうだ。
「一緒に行く?」
「え?」
人を抱えて行っても、多分試験には間に合うだろうし、いい提案だと思う。
「え、でも……あ、ところでそういえば! 貴方、試験間に合うのですか!? ここからだと頑張っても5日は掛かっちゃいますよ!」
「ん、へーき、森を突っきれば2日でいけるよ」
信じられない、と言いたげな彼女の表情。
なんというかまぁ、ここでグダグダ言っててもしょうがないかなと思い、彼女を強引に横抱きに抱える。抱える際、彼女は顔を真っ赤にして「ひぁ」と悲鳴をあげた。
「さっき風魔法が得意って言ったよね」
「た、確かに言いましたね……?」
クレスの発言に首を傾げる彼女。
「風魔法にはこういう魔法があるんだけど、フライ!」
「ひゃあ!? これも魔法とちが──きゃぁぁぁぁ!!」
思いっきりジャンプして、その後『空気』を蹴る。
つまり、空を飛んでいるのだ。
彼女が何か言いかけていたのは気になったが、風切り音が煩くてよく聴こえなかった。
「あ、そうだ、俺クレス、よろしくね」
「いきなりの自己紹介ですねぇぇぇっ!! 改めまして、ナタリアですうぅぅ!!」
立派な魔法使いになる為の旅路に新しく1人の仲間?を迎え、クレスは試験に向かうのであった。
──後に、試験で他の魔法使い見習い達や教師達の度肝を抜かせ、(魔法が使えないのに)学院に合格したり、唯一身体能力強化魔法に適正があることが分かり、それを元に新たな魔法(物理)を編み出していくことなど、誰も知らなかった。
よくある勘違いモノ(俺、なんかやっちゃいました?系統)を書いてみたくて書いてみました。そしたら、魔法そのものを勘違いする主人公が生まれました。どうしてこうなった……
良ければ誤字報告や感想、評価等(批評なんかもあれば遠慮なくどしどしと)頂けると幸いで御座います。
取り敢えず、筋トレって偉大だよね!