誰しも身勝手な生き物
小説はおもしろおかしく読ませて頂いたのだが。
一緒に借りた資料は難しくてなかなか読み進まなかった。
それでも、夢のメカニズムに関して色々勉強はできた。
まぁよく聞くレム睡眠や、ノンレム睡眠のような言葉も出てくるやつだったが新しい発見もあった。
俺は今まで、レム睡眠でだけ夢を見るのだと思っていたのだが、ノンレム睡眠の時間帯にも見るというのは初めて知った。
しかしノンレム下の夢は、不明瞭でとりとめもないものが多いらしく。しっかりとした筋立て等もないらしい。
その点レム睡眠は質の良い睡眠とも言われ、明晰夢を見やすい。俺が望む夢は主にこちらの夢のようだ。
2時間程度の周期でレム睡眠に入り、2回目、3回目と深い睡眠になるそうなので、俺のように毎日10時間も寝ていれば5回のチャンスがある訳だ。
また、睡眠の状況にも気を使わないといけない。
過度なストレスを無くし、生活習慣の徹底、自分に合った寝具、室内の温度等。
気を使えば使うほど、睡眠の質は上がる。
まぁ、高校生の俺に出来ることなんてたかが知れてる。
とりあえずは生活習慣をちゃんと押さえておけばいいだろう。
そして、一週間、俺は夢を待ちわびて眠ったのだが、残念ながら今週は見なかった……。
睡眠の質は良い筈なんだが。なかなか難しいものだ。
夢を覚えているときというのは、まどろんでいる時が一番覚えている気がするが。
このところぐっすり寝すぎて、朝起きるタイミングにはパチッと目が覚めてしまって、まどろみの時間がない。
これが原因かもしれない。
とりあえず、睡眠は1日1回毎日くるのだから、試すチャンスはいくらでもある。
そんなことをしてる最近の俺は少し楽しい。
情熱を注げるものがある! とまでは行かないが、現実逃避のためだけの睡眠が、俺の楽しみのひとつになっているというのが一番だ。
逆に見れなくなったのは残念ではあるが、まだ一週間。モチベーションは高い。
そんな事を考えながら俺は居間に降りた。
「あ、起こしちゃったかしら?」
お得意の豆腐の味噌汁を作りながら、スナックの服のままネギを刻んでいる母親がいた。
「エプロンしねぇと、服汚れるぞ」
あくびをしながら洗面台に向かう。
「もう起きるの?まだ早いと思うけど……」
顔を洗う俺に母は問いかける。
洗面所から居間の時計を見ると、まだ4時だった。
「逆に母さんは遅くないか?また昼からパートだろ?」
「うん、今日はお店終わったあと、もう一件付き合ったから」
この生活を支えてくれる親に感謝はしているが、変態じじいに尻をさわられる母親を想像したくはない。
「ほどほどにしないと、体壊したらおじゃんだろ」
両手に掬った水を顔に当てる。冷たい水が脳を引き締める。
「そうね、でも日曜はお休みだからもう少し頑張らないと」
今日は金曜日、むしろスナックなんて一番忙しい週末だろうに……
「母さん、飯食ってから寝るんだろ?」
「飲んだ後の味噌汁って体に染み渡るのよ」
「未成年だから、知らんけど」
俺は、箸を2膳出し、ご飯茶碗にご飯をよそった。
「朝御飯いっしょに食べるのなんて久しぶりね」
母親は少し嬉しそうにしていたが。
「親父が居た頃以来だな」
という、俺の言葉に少しトーンダウンした。
「そうね」
それからは黙々と朝食を取った。
味噌汁に白ご飯、昨日母が仕事場から貰ってきたお総菜の白和え。
またもや料理と呼べるものは味噌汁だけだったが、作りたてが原因か、一人で食べて居ないのが原因か、いつもより美味しく感じた。
なので、感謝はすれど、味噌汁だけかよ!という怒りは起きなかった。
こういう揺らぎも、人間が自己都合の塊なのだなと思い知らされる。
母が食事を終え、シャワーを浴びているうちに、俺は食器を片付けて、ライトノベルを読み始める。
今日は図書館の日、田中さんにこの本の感想を聞かれる日だ。
今まで、感想を他人に伝えるのを前提に本を読んだことがなかったから、少し困っている。
俺は色々なジャンルの本を読む。
このライトノベルというヤツは、お堅い本と違って、時代考証が曖昧だったり、主人公がブレブレだったりと、よく書籍化できたな! と思える作品も少なくはない。
しかし、完全な読者である俺はそんなことどうでも良く「楽しめれば」それで良いのだ。
しかし、田中さんの感想ってのは、もっとこう……語り合いたいとかそう言うヤツだろう。
「面白かったよ」の一言で済ませちゃ話しにならんヤツだ。
というわけでもう4周目に突入している。
シャワーから上がった母が、頭をタオルで拭きながら、覗き込んでくる。
「勉強してるみたいな顔で読んでるけど面白いの?」
眉間にシワでも寄ってたか……
「面白いよ、普通に読むぶんには」
「アハハ、なによそれ」
笑いながら洗面所に戻りドライヤーを使い始める。
勉強してるみたいな顔で読んでるってか……そう言えば。田中さんもこの本を勉強しているみたいに読んでたな。
思い出すと、図書館で彼女の読書待ちの際に、まだかなと遠くから伺っていたその顔は、笑顔でも仏頂面でもなく、どこか一生懸命なものを感じた。
「ラノベなんて、楽しんで読まなきゃ……」
心からそう思いながら、感想のために一生懸命読み解いている俺がいた。
「じゃぁ私寝るわね、お休みなさい」
母の言葉にハッとする。結構没頭していたみたいだ。
「お休み」
「あ、そうそう、お昼ごはん代!」
そう言うと帰宅して椅子にかけたままのバッグから財布を取り出した。
「いいよ、昨日のお金も残ってるし」
「いいから、残ったら本でも買えば良いじゃない」
500円も毎日だとバカにならんだろうに……なんて子供が考える事ではないのだろうか。
「じゃぁありがたく貰っておくよ」
「うんうん、子供は素直が一番よ、お休み」
「ああ、お休み」
笑顔で貰う500円は重い。
いつものように無機質なものと違って、愛情を感じてしまうから。
美味しいものを食べなさい。好きなものを買いなさい。ちょっととはいえ、幸せを享受する許可を貰うのだ。
そんな母親は、毎日500円、好きなものにお金を消費しているのだろうか?
仕事して帰宅したら、そのまま寝て。そして起きたら仕事に行く母に、そんな時間あるのだろうか?
そんなことを考えてしまう。
女手一つで家を回すだけじゃなく。
父の弁護士を雇うお金も捻出している。
親父は若い頃から警察沙汰に関わり、国選弁護士の制度など遥か昔に使用しているため、母が全てそれを担っているのだ。
バイトを始めようかと話したが反対された。
「気にする必要はないわ、あなたは父を選べなかったけど、私は選んで一緒に居るのだから。私が何かしてあげたいのよ」
結局バイトするにも、親の許可が居る訳で、許して貰えなかった。
俺はとりあえず高校生活を享受する事で母の頑張りを無駄にしないようにする事にしたのだ。
といっても充実しているとは言い難いが……
そんなことばかり頭を巡って、時計を見ると6時半だった。
「集中できん、たしか学校は7時から門が開いてたな」
気分転換に朝の散歩がてら、早く学校に行くことにした。
もう飯は食ってるし、顔も洗っている。
準備を済ますと、俺は家を出た。
外はもうかなり冷え込んできていた。
秋とはいえ、この時間帯だと体感は冬のようだ。
「ううっ寒っ」
身震いはしたが、まだ朝焼けの残る空気感は気分転換にもってこいの清々しさを感じさせた。
「あれっ!珍し」
口に手を当ててビックリしている萌が声をあげる。
そう言えば家が隣なのだ、こんなこともあるだろう。
「萌、おはよう」
「おはようくるみちゃん」
「朝から名前で呼ぶな」
「珍しいね」
そう言いながら近寄ってくる。
「まぁな、気分転換に早く学校に行こうと思ってね、萌はどうした」
「このところ朝練毎日やってるんだ、後輩に朝練やってるの見つかっちゃって、先輩私もやりますつって朝も強制的にやる羽目になっちゃってさぁ」
大きくため息を吐くと、少し白くなった息が見える。
そんな話をしながら、二人は揃って学校へ歩き始めた。
誰も居ない通学路、一緒に登校するのはいつぶりだろう?
「萌は練習楽しいか?」
「練習ばっかり楽しくないよー、私は試合だけでいいのにー」
ふてくされている、しかし練習しなくて上手くなれないのは本人も分かっている筈。
不満を言いたいだけなんだろう。
そう言いながらも朝練に向かう足取りは重くない。
俺が小説を4周しているのと同じなのかもしれないと、ふと思う。
「練習も勉強も、楽しめれば一番なんだけどな」
「だねぇー」
頭の後ろで手を組んで、横断歩道を渡る萌。
俺は何かに気づいて飛び出した。
「危ない」
言葉は発したが、萌がそれに気づき、状況を理解し、行動に移すのを期待してではない。
そんな時間は残されていないのだ。
俺はそのまま萌を突き飛ばすと、やってきた車に飛ばされた。
ボンネットでバウンドし、空中に投げ出されたとき……
不思議な感覚に襲われる。
《あ。この感じ前に何処かで感じたことある》
ってデジャビュ今じゃないだろ!!
来るならもうちょい早めに来いって!
そしたら俺も萌も危険な目に合わなかったのに!
誰に怒るでもなく、なんか腹立った。
俺は地面に激突し、仰向けに転がった。
頭が痛い、背中が生ぬるいジュグジュグした感覚で侵食されて気持ち悪い、頭から血でも流れてるんだろうか。
萌が泣きながら、俺の顔を覗き込む。
涙がポタポタと俺の顔に降ってくる。
天国の雨って暖かいんだな。
何となくそう思った瞬間俺は意識を失った。