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ありがたき灰色の学園生活

 朝起きると、遅刻ギリギリだった。


「ヤバい! 何時間寝てるんだ俺は!」


 昨日「寝る」宣言をしてから、パジャマに着替えるため風呂に入ったあと、すぐに寝た。

 まだ18時くらいだったと思う。


「もう7時30分じゃないか」

 12時間以上寝てやがる、と俺は苦笑しながら、朝の支度を整えていく。

 居間に降りると、今朝も母の姿はなかった。


『今日はゆっくりなのね、朝ごはん食べて行きなさい。お母さんは先に仕事に行きます』


 書き置きと共にまたもや500円玉が置いてあった。


「朝飯……間に合うか?」

 考える時間が勿体ない。

 鍋に残った味噌汁と、納豆を冷蔵庫から取り出し、ご飯をつぐ。


 いや待て。

 ご飯は無洗米で昨日仕込めば良い。

 納豆は買い置きだ。

 って事は、味噌汁作っただけかよ。


 朝が忙しいのは分かるつもりだ、家庭を支えようと必死に働いてくれるのも知っている。

 だけど思春期の俺は、時々憤りを感じてしまう。


 味噌汁程度、俺でも作れる。

 結果、母親よりも、毎日日替わりの500円玉の方が、俺と顔を合わせる時間が長い。

 それが俺にとっては何となく気に食わないのだ。


「こんなもので、母親ヅラするなよな……」

 愚痴を溢してから、一気に朝食を掻き込む。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 学校には何とか遅刻せずに間に合った。


 そうそう、俺は人間関係はいまいちだが、そのぶん勉強はちゃんとやっている。わりと上位の成績を維持、将来やりたいことができた時に、後悔をしたくないのだ。


 そんな俺だから、授業中は居心地が良い。

 勉強に集中する時間なのだから、人と話す必要もなければ、目を合わせる事も無い。


 しかし、体育の時間は苦手だ。

 生来身長が高く生まれては居るのだが、運動が得意ではない。


 長身を買われバスケ部に無理矢理引っ張り込まれたが、敵の顔をまともに見る事が出来ない。

 この目付きのせいで、喧嘩を売られたりする事もあったため、自然と人と目を合わせるのが苦手になっているのだ。

 だいたいチームワークとか、そんなものを器用にこなせるコミュニケーション能力があれば、むしろこんなところには居ないだろう。



 もちろん、自分でもこんな性格のままじゃいけないとは思っている……

 学校はまだしも社会人になってしまえば、こんなのでは勤まらないだろうとは思っているからだ。


「本当の俺を解ってくれる人が居ないだけ」


 目付きで判断するな。

 緊張したときにどもってしまう親父譲りのメンタルをバカにするな。

 見た目に反して内向的な性格なんだよ、期待するな。


 惨めにもそんな事を思いながら生活している。


 結局、回りの人間が、自分をうすら笑っている気がしてなら無い。


 それに加えて殺人犯の息子だとひそひそひそひそ……


「こんな奴らとお友だちごっこする意味とは?」


 そんなひねくれた性格になってしまっているってのは、自分でも重々承知しているのだが、こじれてしまってもとに戻す方法が全く解らないのだ。



ーーとにかく今日も休み時間は、一人で小説でも読みながら過ごそう。


 そう気持ちを切り替えて、鞄に手を突っ込む。

 しかし、探せど探せど出てこない。


「あ」

 朝急いでいて鞄に入れ損ねたのか!


「しまったな、今日返却日なのに……」

 本自体は読んでしまっていて、二週目に突入しているので、話は途中ではないのだが。

 図書館は学校のとなりに併設されているため、返すなら学校に来たタイミングが一番なのだ。


「取りに戻ってってなると、また遠いなぁ」


 次の話も気になるところだ。

 今日を逃すと、明日は土曜日で学校が休みだし、結局わざわざ来なきゃいけない。


 しかも「返却日過ぎると佳苗さん怖いんだよな」と、つい口に出てしまうほど、司書のお姉さんに怒られる。


「貴方が持ってこなかったせいで、この本に出会えなかった人が何人居るか考えたことある?」

 本にも人にも平等に「出会う権利」がある。

 これが司書の佳苗さんの口癖だ。


「間に合うし、取りに帰ろうかな、どうせやること無いしな」



「なぁに一人でブツブツ言ってんのヨッ!」

 そう叫びながら、脳天に後ろからチョップを食らった。

 急に何だ!


「ってぇ!」

「ただでさえ、暗い、怖い、目付きが悪いの3kなのに、独り言まで言ってたらますます怖がられちゃうでしょ」


 俺にこんな接し方をするのは、一人しか居ないだろ。

「KKMになってんぞ、萌」

 頭をさすりながら振り返ると、仁王立ちの萌が居る。ったく少しは手加減しろよ。


「小さい事を言わない!「細かい」ってのもつけて4kだ!」

「だからKKMKだって」


 否が応でも萌は目立つ。

 美人で天真爛漫な性格が人気で、隣のクラスなのにうちのクラスの男子も、萌を狙っているヤツが居るってのはちらほら聞く。

 しかも昼休みの食事中に、隣の組の女の子が教室で暴れてりゃ、目立たないわけがない。


 俺はこの沢山の目で見られるのは苦手だ。


「ほっといてくれよ、考え事してるときはつい声に出るんだからさ」

「それはもう癖だから仕方ないけどさー、居る休みに弁当も広げず何してるわけ?」


 確かに、みんなは食事をしながら席をくっ付けたりして、談笑している時間帯だ。


「別に良いだろ、ダイエットだよダイエット!」

「太って無いでしょ……あ、遠回しに私に太ったって言いたいわけ?」


 萌は細い腰に手を回し、前屈みで腰回りを隠す。


「むしろ太れ! その細さで「太った」なんて言ったら、まわりの女子にボコボコされるぞ」


「逆にいま、回りの女子に私より太いって言ってるくるみが、ボコボコにされてしまえっ」


 確かにそういう取り方もあるだろう。

 俺はしまったと思った。

 悪気はないんだ。


 つい目線を気にしてまわりを見渡すと、一斉にサッと目線を逸らした。

 怒ってるとかでは無いようだが、見てません聞いてませんの態度はさすがにバレバレだろう。


「……ねぇ、まだくるみってば、殺人犯の息子って感じで避けられてるの?」

その雰囲気をみて、萌がいう。


「おじさんそんな人じゃないじゃん、くるみちゃんと説明とかした?」


「名前で呼ぶなって、このクラスのメンツとは、事件前からこんなもんだって」


 悲しいことを言っているのは自分でも分かる。

 しかし、あまりその辺に萌が踏み込むのは、嫌だった。


「このクラスではその辺はタブーみたいなもんで、誰も口に出さないんだ。気を使ってくれてる。良いヤツばかりだ、だからあんまりその話題をしないでくれ」


「……わかった」

 先ほどの勢いはどこへやら、しおらしく引き下がってくれた。

 内心ほっとした。


「ところで、萌は隣のクラスに、何しに来たんだ?」

「あ、そうだ!」


 こいつ忘れてたな。


「昨日のお金返そうと思って」

「ああ、そう言えばそうだったな」

「えっとどこだったっけ」


 そんなに多くないポケットをあちこちまさぐっている。

「使った分は返さなくて良いぞ、おごりだからな」

「え、マジ?」

「昨日言っただろ」

「じゃぁ、おとなしくおごられます!」


 萌は腰を屈めて両手を合わせて合唱。


「おう、気にすんな。でお釣りは」

「ない!」

「は?」

「後輩ちゃんと一緒に帰ったときに、気前よく皆の分おごっちゃった」


「俺の金で良い顔すんじゃねぇ」

「いやぁ、あんな大金持つことないからぁ、あはは」


 頭の後ろを掻きながら、申し訳なさそうな顔をする。


 そう言えば萌の家はあまり裕福ではないのだった。母親を早くに失くし、男やもめで育てた大事な一人娘。それが萌だ。

 彼女の父親は、幸せな家族計画を胸に抱き、萌の弟ができた時に、家族4人で暮らせる家を、俺の家の隣に作った。


 そして弟が生まれる前に、奥さんもろともに失ってしまったのだ。交通事故だった。


 家は出来上がり、萌と二人で暮らす広い家は、彼の大きな負担となった。

 しかし、幸せを夢見て買った家を手放すこともできず、今日までずっと住み続けている。


 そんな萌の父を見かねて、俺の親父が声をかけた。

 もう一度言うが、俺の親父は正義感に溢れるお人好しだ。人を殺すような人間ではない。


 そこからはや15年、萌と俺は家族ぐるみの付き合いになるのだ。



「ーーわかったよ、たまにはお前にも華持たせてやんないとな」


 内心感謝している、俺の学園生活、萌が居なければ灰色どころか黒だ。


「今日もおごってやるって言っちゃった」

「うるさい、お前の安い頭を下げとけ」


 調子に乗るのが玉に瑕だな。


 結局500円は帰ってこなかった。

 ていうか返す気はあったのだろうか?

 むしろ最後はむしり取られそうになってたが……

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