デジャビュ
自宅へ帰ると、早速パソコンを開いた。
信じられないかもしれないが、俺はスマホを持っていない。
友達がいないから必要がないというのもあるが、女手一つで家計を支えてくれている母に、負担を掛けたくないというのが本音だ。
「予知夢、か」
検索の結果、一つの単語が俺の目に留まった。
夢と同じ事が、後の現実で起こる。それを予知夢と呼ぶらしい。
寝ている時間に見た夢の大半は、意識に上がってこないため、すぐに忘れてしまうのが普通なのだが、完全に消えることなく、記憶の奥深くに眠ってる事もあるそうだ。
それがふとした時に記憶として甦る、そんなケースもある。
夢とはつまり自分の記憶を元に「創造力」で作り出すフィクションなのだが、記憶を元にしている以上「再現可能なフィクション」になる場合もある。
きっとこんな事も起こり得るだろうという夢を「あらかじめ」見ている可能性もあるのだ。
つまり未来で起こり得る事実を、予測している夢を見るわけだ。
それが予知夢。
そして夢ではなく、起きているときに、ふとこれから起こることを「思い出す」事がある。
それをーー
「デジャビュと言うのか……」
厳密に言うと未来予知とは違うものらしいが、昼間に感じたアレはまさに未来予知といっても過言ではなかった。
教室を出たあとに、萌が角から飛び出すのをあらかじめ知っていたのだから。
「しかし、毎日のように飛び蹴りをして来るのなら、予想もできそうだしなぁ」
そのあとの会話も、相手が萌だからこそ、一言一句予想できたと言えるだろう。
「ばかばかしい。未来が見えるんなら面白かったんだが……」
もし予想できたとしても、俺に関わるごく身近な人間達だけの間だけだろう。
「まぁいいか、面白かったし。萌のあの顔もなかなかだったしな」
俺は思い出すと一人でクククッと笑った。
これは俺の悪い癖の一つだ。
急に、思い出し笑いで一人、クククッと笑うものだから、みんなから気味悪がられるのだろう。
そう思うと笑った気持ちもすぐに温度が下がる。
俺は「ふぅ」とため息をついて、パソコンの電源を落とした。
パソコンのテーブルに備え付けた安い椅子が、もたれかかった俺の重さでギギっと軋む。
俺は頭の後ろで手を組んで考えていた。
本当はこの予知夢だかデジャビュだかが、俺の新しい能力として、これからの人生を変えてくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いていた。
結果、当然そんなことにはならなかった。
「でもまぁ、寝れば寝るほど確率は上がるってことになるのかな」
それでもなかなか諦めがつかない俺が居る。
思えば俺の人生間違いだらけだ。人付き合いもそうだし、空気だって読めない。
もし、人生のヒントが少しでも転がって居たとしたら……また違った人生になっていたかもしれない。
そんな事を考えてしまう。
今頃クラスメイトは、友達と遊んだり、汗を流したり、恋をしたり。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んでいるんだろう。
ボタンの掛け違った服を着た俺は、みんなとは違う場所に一人で閉じ籠っている。
運命が気を効かせて、俺に「ボタン掛け違えてるよ」と言ってくれはしないまま、ここに居る。
俺の新しい能力が、その、ボタンの掛け違いを予見できたのなら……
「考えても仕方ない……か」
俺はもう今日は頭を使いたくはなかった。
「寝る!」
夢をたくさん見れるなら、世界は変わるかもしれない。
そんな小さな光に、宝くじを買うときのような気持ちで、期待をするのだった。