おい、急に話題を変えるな
「はぁ……はぁ……」
訓練は佳境に入っていた。
僕もファルアスも、剣を地面に突きつけ、荒い呼吸を繰り返している。
「くくく……ははは……」
体格のいい身体を揺らしながら、ファルアスは愉快そうに笑う。
「アリオス。数千年前にも、私と張り合えた者はごくわずかだった。……たいしたものだよ」
「いえ、そんなことは」
「ふふ……謙遜するな」
ファルアスが苦笑いを浮かべた、その瞬間。
僕は気づいてしまった。
初代剣聖の身体が、少しずつ薄れ始めていることに。
「ファ、ファルアスさん……」
「気にするな。想定のうちさ」
そう言いながらゆっくり立ち上がると、ファルアスは剣を鞘に収めた。
「いったん修行は終了としよう。得るものもあったはずだな?」
「ええ……もちろんです」
戦いの課程で、僕の持つチートコードが進化を遂げる一幕があった。
攻撃力アップ(小)が、攻撃力アップ(中)になったんだ。
もちろん元々の《攻撃力アップ(小)》も選択できるので、状況に応じて能力を使い分けることができる。
また新たに、《水属性魔法の全使用》も手に入れた。こちらに関しては字面通り、水属性のすべての魔法が使えるようになったんだろう。
――だが、この修行で得たものはそれだけじゃない。
初代剣聖の剣の扱い方というか、戦いに望むメンタルというか……スキルでは表せない、色々なものを学んだ気がする。
僕の淵源流も、一段と高まったように感じた。
「ふ……アリオスよ。素晴らしい吸収力だった。戦っていくうちに、おまえがどんどん強くなる感覚を覚えたよ」
「はは……恐縮です」
「アリオスはこれからも強くなるだろうな。私ですら手に負えなくなるほどに」
いやいや……
さすがにそこまでは。
僕のそんな思いを察したのか、ファルアスはまたも苦笑いを浮かべる。
「また謙遜してるのか。言っておくが事実だぞ。おまえは私の子孫であると同時に、女神の子孫でもある」
「え……!?」
「ふふ」
ファルアスは意味深な表情を浮かべると、懐から紅い宝石を取り出した。
かつてジャイアントオークやブラックグリズリーの体内のあったのとまったく同じ物だ。
その宝石が一瞬だけ輝き、そして薄れる。
と――
「ここは……」
気づいたとき、僕とファルアスはまったく見知らぬ場所にいた。
周囲にはなにもない。
地平線の彼方まで、ひたすら虚無の空間が続いている。
さっきまで修行を眺めていた村人たちもいない。
ここにいるのは、僕とファルアスの二人だけだ。
「…………」
僕は大きく息を吸い込むと、剣を鞘に収める。
「なるほど。これからの話は部外秘ってことですか」
「さすがに察しがいいな。その通りだ」
ファルアスは右手の宝石を弄びながら話を続ける。
「おまえも気づいてるだろう? 影石と紅石……この二つが、未知なる力を秘めていることに」
「ええ……嫌になるくらい痛感しました」
最高の魔導具師レミラでさえ、影石を解析することはできなかった。
彼女によれば、現代の技術では解析は不可能。神の作り出した遺石である可能性さえあるという……
「率直に言おう。影石は私たちの大敵――$%&&’$が生み出したものだ」
「え……?」
なんだ。
よく聞き取れなかったぞ。
「ちっ、やはり封じられてるか……。用意周到な奴だ」
「封じられている……。そいつの名を呼べないってことですか?」
「ああ。人の認識に干渉し、その名を理解させないようにしているらしい」
人の認識に干渉って。
なんだそれ。やばすぎるだろ。
「もしかして……ファルアスさんたちは、そんな連中と戦ってたんですか?」
「ああ。数千年前は退けることができたんだがな。討伐には至らなかった」
「そんな……」
あのファルアスでさえ逃がしてしまうとは。
どんだけやばい奴なんだよ。
「まあ、残念ながらすべてを説明することはできないようだが……この世界の管理者だった女神ディエスでさえ、単身では勝てない相手ってことだ。ここまで言えば、なんとなく危険度がわかるだろ?」
「はい……ものすごく」
「影石は、その《大敵》が現代に遺したものってことだ。だから現代では理解できない現象を起こすことができる」
「…………」
「そして紅石は、その影石に対抗して女神が遺したものになる。いずれ現れるだろう英雄にすべてを託してな」
「英雄……」
「――それがあなたです、アリオスさん」
そう言って現れたのは――見るも懐かしい、女神ディエスであった。
「あなたは……」
「アリオス。お久しぶりですね」
おとぎ話にも登場する伝説上の存在――女神ディエスは、僕を見て儚げに微笑む。
「許してくださいね。できることなら、私たちもあなたにすべての情報を伝えたいのですが……。いかんせん、思念体としての時間は限られています」
「いえ……それは大丈夫ですが……」
僕も先日、思念体というものを体験したことがあった。
どこか意識に靄がかかっているようで、なんとなく居心地が悪かったんだよな。普段より疲れやすかったし。
そんな状態で僕に会ってくれているだけでも、感謝すべきことである。
――僕が気になっているのは、そんなことではない。
「女神様。ひょっとして……」
「ええ。そういうことですね」
女神ディエスはこちらへ歩み寄るなり、温かな手を僕の頬に触れてきた。
「アリオス・マクバ。あなたはファルアスの子孫であり……そして、私の子孫でもあるのです」
「…………な」
信じられない。
まさか、まさかそんなことが……
「じゃあ、僕が影石を持っていれば暴走しないのって……」
「そうですね。あなたに流れる神の血が、影石の暴走をせき止めてくれているわけです」
「…………」
マジかよ。
そんなところで繋がるなんて思いも寄らなかったぞ。
「そして……私たちは子孫にすべてを託すことにしました。チートコード操作……神なる力を、謙虚で前向きな子に遺して。それがアリオス、あなただったということです」
「…………」
「ふふ、ウィーンにもよろしくお伝えください。ちょっと抜けてますが、とても有能な子です」
「はは……はい。わかりました」
その瞬間。
とても温かなものが、僕の頬に触れた。
それは――女神の唇で。
例えようもないほどに柔らかな力が、身体の底から湧き起こってくるようだった。
「口惜しいことに、私たちには行動の自由がありません。あなたにすべてを託すことになって、申し訳ないのですが……」
「いえ。僕は大丈夫です」
女神の言葉を、僕はしっかりと受け止める。
「いまの僕には守りたい人たちがいます。レイやエム、メアリー……他にもかけがえのない人が沢山います。みんなを守るためにも、僕は負けません」
「ふ。よくぞ言った。それでこそ剣聖たる者だ」
ファルアスは満足そうに腕を組んだ。
「それから、おまえは私の血を無駄に引いているようでな。女性からの好意にも気づいてやれよ?」
「…………へ?」
急に話題が変わったので、なんのことかさっぱりわからない。
「女性? なんのことですか?」
「……駄目だ、余計なところまで私に似てしまっている……」
「ふふ。ファルアスさんも生前はひどかったですからね」
「もういい。忘れろそんなことは」
女神に突っ込まれ、ファルアスはつまらなそうにため息をつく。
なんだろう。
会話がわからない。
「……まあ冗談は置いといて、エムという子は気にかけてほしい。強い者の支えが必要となるはずだ」
「エムを……はい。わかりました」
「うむ。よき返事だ」
ファルアスは最後に僕の肩をしっかり叩くと、にこっと力強い笑みを浮かべた。
「ではアリオス、また会おう。この時代は……任せたぞ」
本作におきまして、書籍化&コミカライズが決定しました!
詳細はまたご報告しますが、今後とも面白い作品を届けたいと思いますので、ぜひブックマークや評価で応援していただければと思います。
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P.S
ただいま書籍化作業中ですが、どうすればもっと面白くなるかに悩んでいます。
もっと文章の密度を上げるか、なにかエピソードを追加するか……うーん。
なにかご意見ありましたらお願いします(ノシ 'ω')ノシ バンバン




