おい、夢が叶ったんだが
さて。
残りの家事があるそうで、メアリーは部屋から出ていった。
ほんと、熱心なメイドである。
すこしは休んでもいいだろうに、僕が家にいる間は常に奉仕してくれている。さっきのマッサージにしてもそうだ。彼女は彼女なりに、僕を想って動いてくれている。
「ふんふーん♪」
キッチンからメアリーの鼻歌が聞こえてきた。皿洗いでもしているのだろう。
……それに反して、いつも騒がしいレイの声は聞こえてこない。
「ふぅ……」
僕はおもむろに立ち上がると、自分の部屋を出る。
そしてレイの部屋の前で立ち止まると、コンコンと控えめにノックした。
「レイ。いるか」
「…………うん」
想像通り、彼女の声にいつもの朗らかさはない。
――彼女とて、色々想うことがあるんだろう。
王城とはすなわち、レイミラ王女が半生を過ごした場所。そこがアルセウス救済党の本拠地だったなんて……レイの心痛は察するに余りある。
「入っていいか」
「…………うん」
その返事を受けて、僕はゆっくり扉を開ける。
レイミラ・リィ・アルセウス。
王族にして僕の幼馴染みは、室内のテーブルに突っ伏していた。この姿勢でずっと考え事をしていたんだろう。額に赤い跡がついている。
「アリオス……おかえり」
「うん」
ヘンテコな挨拶だったが、あえてそこには触れないでおく。ふざけているんじゃなくて、素で言葉を間違えているようだったからな。
チラリと、壁面にかかった時計を見やる。
まだギルドの集合時間までは余裕があるな。すこし話すくらいなら問題ないだろう。
僕は彼女の向かいに座ると、幼馴染みの瞳を真っ直ぐ見据えた。
「その……なんだ。大丈夫か?」
「…………」
レイはその問いには答えず、再びテーブルに突っ伏しながら言った。
「あのさ。実はこれ黙ってようと思ってたんだけど……ぶっちゃけていい?」
「な、なんだ?」
「私がラスタール村で暮らしたいのは、ずっと、ずっーとアリオスと一緒にいたいから。だけど……実はそれ以外にも理由があってね」
そうなのか。
「考えたことない? 私に与えられた《休暇》が、あまりにも長いって」
「…………」
それは――たしかにある。
レイは第二王女だし、国王からの信頼も厚い。しかも上位スキルにあたる《聖魔法》を使えるうえ、頭もキレる。
いつものように接している彼女だが、そのステータスは一般人のそれとは比べ物にならない。
にも関わらず。
彼女はずっと僕と一緒にいる。
王族とてずっと暇ではないはずだ。しかるべき公務があるだろうに、いったいなぜなのかと。
その疑問の答えは、数秒後、レイの口から明かされた。
「……すべてレイファー兄様の仕業よ。兄様にとって、私は次期国王の座を奪うかもしれない政敵。王城にいる間、何度黒いローブをまとった刺客に命を狙われたか……」
「し、刺客だって!?」
しかも黒いローブをまとっているって。
考えたくもないが、そいつの正体は口にするのも憚られるほど明らかだ。
「だから私は兄様から逃げてきたの。あのままじゃ、間違いなく殺されるから」
いや。
待てよ。
「レイ。じゃあ、レイファー殿下がおまえに無期限の休暇を与えたのは……」
「それも狙い通りでしょうね。表向きは《物わかりのいい兄》を演じつつ、私を政局から遠ざけている。兄様が玉座に座る日は、そう遠くないんじゃないかな」
「は……ははは……」
さすがに乾いた笑いを禁じえない。
だって信じられないだろ?
僕の知らないところで、ここまで高度な戦いが繰り広げられていたとは。
「でもたしかに……底知れない人だとは思ったよ。一見して物腰は柔らかだけど、目つきは鋭いっていうか……」
「うん。正直、私も兄様がなにを考えてるのかわからない……」
そうだよな。
いったいなにを目的として、テロ組織なんぞと手を組んでいるのか。
あの王子のことだ、ユーフェアスのように自身の欲望を満たすためとは思えない。
けれど。
女神ディエスや、初代剣聖ファルアス、そして初代国王オルガント。
――アリオス。おまえにはさらに強くなってほしい。きたる災厄に備えてな――
かつて王国の基礎を作り上げた錚々たる人物が、僕になにかを託そうとしてきた動機。
それが少しずつ明らかになってるような気がする。
「だからね……私、怖いの」
レイが初めて本音を見せた。
「兄様がなにを考えているのか……王国をどこに引っ張ろうとしているのか……まったく見えなくて……」
そんな彼女を見たのは初めてで。
それはまるで、ずっと溜め込んできたなにかをやっと吐き出したようで。
だから僕は、
「はは……馬鹿だな」
と苦笑を浮かべるしかできなかった。
「最初からそう言ってくれれば、普通に受け入れたのにさ。……ほんと、気丈なところは昔のまんまか」
「アリオス……」
「レイ。マクバ家のしきたりはなくなったけれど……僕はずっと君の護衛になることを夢見てきた。そしてその夢は、いまもなくなってはいない」
外れスキルを授かったことで、一時期は諦めてしまった夢だけれど。
ダドリーを倒し、リオンを倒し。これまでいくつもの戦いを乗り越えることができた。
だから。
「このアリオス・マクバ。非公式ではあるけど、君の護衛を申し込みたい。……どうかな?」
「あ……」
レイの頬が桜色に染まる。
「そんな……いきなりそんなのずるいってば……」
「はは、やっぱりずるいかな。非公式に護衛なんてできるもんじゃないか」
「そっちのずるいじゃありません!!」
レイは顔をくしゃっとしてツッコミをいれる。
「アリオス。会議が始まるまではずっと二人でいたい。短い間だけど……駄目かな?」
「ああ。別にいいが……」
「ふふ。やった♪」
久々に最高級の笑みを浮かべるお姫様だった。
本作におきまして、書籍化&コミカライズが決定しました!
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