おい、これはシャレにならんぞ
しん、と。
周囲は沈黙に包まれた。
あれほど騒がしかった観客も。
僕を熱烈に応援していたレイたちも。
いまこの瞬間だけは、誰も喋らなかった。
「…………」
剣聖候補のダドリー・クレイスは、突きつけられた剣を見て、口をパクパクさせている。
よほど信じられないんだろうな。
自分の敗北が。
外れスキル所持者に負けてしまったことが。
「嘘……だろ……」
目を白黒させつつも、なんとか起きあがろうと足掻くダドリー。
「無駄だ。まだまだ起きあがれないだろう」
「ちくしょう……なんで……」
「見えてるんだよ。僕にはな」
ダドリーの右足のゲージは依然赤色に染まったまま。この状態で動きだすのは困難だろう。
「くそ……ありえねぇ……」
剣聖候補は、諦めたようにそう吐き捨てた。
「やったー!!」
「アリオスさぁん! やりましたね!」
レイとカヤが遅れて声援を贈ってくる。
「はは……あの二人は……」
戦闘中も妙に騒がしかった二人の喜びようは、僕まで嬉しくなるほどだ。
――終わった。
僕を縛り付けていたマクバ家の因縁も、これで。
★
一方その頃。
剣聖リオン・マクバは、目玉が飛び出るほどの衝撃を覚えていた。
呆けたまま会場を見つめている自分はさぞ情けないだろうが、それすら気にならないほどに。
「信じられん……ダドリーが、負けた……!?」
万が一に備えて、いつも懇意にしている最高の魔術師を用意した。ダドリーの各種能力を、最大限に上げられるように。
剣聖候補たるダドリーに対し、アリオスは外れスキルの所持者。
準備は万端なはずだった。
なのに。
「なぜ。なぜだっ……!」
「――リオン殿。君は何度、私に嘘をつけば気が済むのかな」
「――ッ!! レ、レイファー殿下……!」
「君は勝てると言ったね。この決闘に」
「は、はい……」
「だったらこれで終わらせるな。さもなくば――わかっているね?」
「し、承知しました……!」
第一王子レイファー・フォ・アルセウス。
次期国王の器と評されるだけあり、その風格はリオンでさえ恐縮してしまうほど圧倒的だった。
「か、必ずやダドリーに勝たせます。しばしお時間をください!」
「うむ。間違いのないようにね」
このとき、リオンは気づいていなかった。
レイファーが、人知れず笑みを浮かべていることに。
★
「ふぅ……」
僕は大きく息を吸い込むと、眼下で這いつくばるダドリーを見下ろす。
勝負は完全に諦めたようだな。
もう抵抗する様子さえない。
終わったんだ。
これでなにもかも。
そう思いながら、僕は剣を鞘におさめる。
「うっ……!?」
――身体が妙に重くなったのはそのときだった。
突然重いものにのしかかられた感覚に襲われ、僕はその場に這いつくばる。あまりの重力に、まともな身動きすら取れなくなる。
――馬鹿な。どうして。
実際に重い物が乗っているわけではない。なのになぜ――!?
コロン、と。
倒れた衝撃で、懐に抱えていた《漆黒の宝石》が僕の元を離れた。ころころ地面を転がっていく。
その球体は――光っていた。
かつてレミラが魔力を流し込んだときと、まったく同様の現象だ。
……おい。
いやいや待てよ。
なぜ魔力が飛んできてるんだ?
よもやダドリーの仕業ではあるまい。いままでの戦いでわかった通り、こいつは魔法が使えない。
であれば、残る答えはひとつ……
「ダドリー! いまだ! やれ!」
瞬間、剣聖リオンの叫び声が響きわたった。
「アリオスはいま、ダドリーの能力に苛まれている! やるならいまだッ!!」
――やはり、そういうことか。
剣聖リオン・マクバ。
この戦いをどうしても勝ち抜くために、なんとも姑息な手を……!
「な、なんだ、勝負はもう終わったんじゃないのか……?」
「なんかアリオスの様子、おかしくね?」
「リオン様もなにか異常な感じだが……てか、ダドリー様にあんな能力ないだろ? なに言ってんだ?」
さしもの観客たちも違和感を抱いている様子。
だが、事態はそれどころではない。
――フォォォォォォォォオオン……
魔術師たちの魔力にあてられてか、漆黒の宝石がいままで見たことのないほどに輝きを増す。
――おそらくじゃが、この宝石は一定の魔力量を注ぎこむことで回路が活性化し、力を発揮するのじゃろう。そこまでは一般の魔導具とさして変わりない。じゃが、それだけで魔物を呼び寄せるなんぞ、常軌を逸しておる――
魔導具師レミラの言葉が思い出される。
まずい。
そんなに大量の魔力を注ぎ込んだら……!
「リオンっ……! いますぐやめさせろ! 取り返しのつかないことになるぞ!」
「ダドリー! やれ! アリオスを倒すんだっ!」
僕の叫び声は、しかしリオンには届かない。勝利を求めるあまり、我を見失っているように見える。
「へ……へへへ……これなら足が動かなくても関係ねぇや」
頭上からダドリーの嫌らしい声が降ってくる。と同時に、奴が剣を握っている気配も。
「反撃のときだ。さっきのお返し、たっぷりとやらせてもらうぜ……!」
「やめろ。そんなことをしてる場合じゃない!」
「へへへ、負け惜しみを――」
瞬間。
世界が、変わった。
心なしか薄暗くなった空を背景に、巨大な《漆黒の影》とでもいうべき魔物が出現する。人型さながらに手足があり、目の部分は紅く光っている。その大きさは、人間とは比べるべくもないが。
「…………」
魔物についてそれなりに知識のある僕でも、こんな魔物は見聞がない。
だが、これだけはわかる。
こいつは、いままで戦ったどんな魔物よりも強いと――
「え…………」
さっきまで勝ち誇った表情を浮かべていたダドリーが、ぽかんと口を開ける。
「な、ななななな、なんだよこいつ!」
「ゴォォォォォォォォオ!!」
漆黒の影は、ダドリーに向けて右腕を振り払う。
それだけで大ダメージだったのだろう。
「ぷげぽっ」
ダドリーは情けない悲鳴をあげながら吹き飛んでいく。しかも立ち上がる気配もない。壁面に激突したまま、白目を剥いて倒れている。
僕とても、あと数センチ差であの腕に持っていかれるところだった。
くそ、言わんこっちゃない……!!
「お、おいおいおいおい! なんだあれ!」
「アリオスの奴、さっきリオン様になにか叫んでたが、まさかリオン様が……?」
「いやいや、まさかそれは……」
観客たちも、それぞれどよめきを発していた。
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