おい、朝から騒がしいんだが
翌朝、ちょっとした事件が起きた。
レイミラの寝相が悪すぎて、僕が目覚めたとき密着状態だったのだ。
いまでも覚えている。
目覚めたとき、レイミラがドアップで映っていたのを。
こういうのを防ぐために、あらかじめ距離を取って寝たんだけどな。彼女の寝相を舐めていた。
僕の《チートコード操作》でも、これをどうにかする能力はない。
「おっはよー! 二人とも起き……あっ」
そんなてんやわんやを繰り広げていたところを、カヤに目撃されてしまった。
「ごめんなさい。お邪魔でしたか?」
「いやいや! 大丈夫! 大丈夫です!」
無駄な勘違いを払拭するために、ちょっとした時間を要してしまった。しかもなぜか、カヤがすこし不機嫌になってたからな。弁解が進むにつれ安心したような顔をしていたが(こちらも意味不明だ)。
そんなこんなで、家を出る頃には昼近くになってしまっていた。
稽古のために早起きを強制されていた頃とは雲泥の差だ。
……まあ、個人的にはこっちのほうが肌に合っているけどね。
さて、今日から記念すべき新生活だ。王都の面倒くさい喧噪から離れて、田舎での生活が始まる。
「じゃ、まず冒険者登録をしましょうか。アリオスさんも冒険者になるんですよね?」
「はい……そのつもりです」
ぶっちゃけ、戦い以外に能がないからな。学もそんなにないし。
「……あの、アリオスさん」
「はい?」
「私にも……砕けた感じで話してもらえませんか。お願いします」
「え」
そりゃ無理だろ。
昨日会ったばかりだし、年上だし、Aランク冒険者ということは先輩にあたるわけだし。
色々と無理だ。
それを伝えようとしたが、カヤは冗談で言っている様子でもない。むしろ本当にタメで話してほしいと思っている節すらある。
……であれば、上の者には従うのが世の常。ここはしっかり対応すべきだろう。
「わかった。さすがに冒険者として働いているときは無理だけど……プライベートで会っているときなら」
「本当ですか!?」
ぱあっと表情を輝かせるカヤ。
なんでそんなに嬉しそうなのか、それがわからない。
僕が首を傾げていると、レイが負けじと身を乗り出してきた。
「あ、じゃあ私のことは《お嫁さん》と呼んでね♪」
「さて、じゃあ出発するか」
そうして僕たちは家を出たのだった。
「あれ」
ギルドに向かう道すがら、ふいにカヤが話しかけてきた。
「アリオスさん……なにか変わりましたか?」
「へ? なにが?」
「その、なんというか……身のこなしが昨日より磨かれているというか……」
「ん?」
身のこなし。
どういうことかと思ったが、昨夜、淵源流の《一の型》を習得したことを思い出す。
あれを受けて、僕は新たな境地に達した。いかなる襲撃にも対処できるよう、常に意識を張り巡らせている。
……まあ、この村で事件なんて滅多に起きなさそうだけどな。
「……昨日と比べても、まったく隙がないです。もしかして、昨日の戦いですら手を抜いてました?」
「いやいや。そんなことはないよ」
この細かな違いに気づくとは……さすがAランク冒険者といったところか。
「ふふ。なんにしても、アリオスさんの剣の手ほどきが楽しみです♪」
「だからやらないって……」
なんでAランクに剣を教えねばならないのか。
「あ、そうだ」
僕はふと思い出し、カヤに訊ねてみる。
「この村に物を売る場所はあるか? 色々売りたいものがあるんだが」
「あ、はい。ギルドでできますよ。冒険者登録の後にやりましょう」
「わかった。助かる」
現状だとほぼ無一文だからな。
レイがいるとはいえ、彼女にすべて頼るのは申し訳ない。自分の食い扶持くらい、自分で稼ぎたいしな。
ちなみに現在、僕を見て陰口を叩く者はいない。
これは非常に助かることだ。
剣聖の息子が《外れスキル所持者》だったことは知られているかもしれないが、さすがに僕の顔までは広まっていないみたいだな。
しかも、レイの姿を隠す必要もない。
破天荒なレイの性格を、村人はみんな理解しているようだ。
「あらレイちゃん、来てたのね!」
「あ。おばちゃん、久しぶりー!」
「今度は騎士様に首根っこ捕まれないようになさいよ。隠すの大変なんだから」
「ふふ、今回こそ大丈夫なんだから!」
レイの訪問を、みな暖かく受け入れてくれている。
王都と違って断然に住みやすい。
……のだが。
「おい、何者だあいつ……」
「レイミラ皇女殿下にカヤさんと一緒に歩いて……ただ者じゃないな」
「しかもタメ口……。やんごとなき身分の方か」
違う意味でヒソヒソ話をされてしまうのは変わらないようだった。