理不尽な追放の裏側で
いまとは正反対の性格をしているリオン・マクバ。
現在こそスキルだけで簡単に息子を勘当してくるような男だが、昔はまた違ったということだろうか……?
たしかに、以前は僕に優しくしてくれていたのを覚えている。
だがそれは、すべて僕が《剣聖》スキルを授かると期待されていたから。ただマクバ家の繁栄を願っていたからこそで、父親としての愛情は全然ないものと思っていたが――。
と。
「な……なんだ?」
僕が困惑していると、再び周囲の風景が変わった。
さっきまではマクバ家の屋敷にいたはずが、今度はアルセウス王国の王城になっている。
そしてここはたぶん……レイファー・フォ・アルセウスの私室か。
以前レイファーの部屋に侵入したときと同じようなレイアウトだし、たぶんそうだろう。
「おや。その子がきみの……たしか、アリオス君といったかな?」
「ええ。息子のアリオス・マクバです。――ほらアリオス、頭を下げなさい」
リオンに促され、アリオスと呼ばれた少年がぺこりと頭を下げる。
その外見を見るに、おそらく僕が五、六歳くらいの頃だろうか。
僕自身は当時の記憶がまったくないので、あくまで推測になってしまうが。
「こほん」
念のため咳払いをしてみるも、リオンもレイファーもアリオスも、いっさいの反応を見せてこない。今回も以前と同じように、映像だけを見させられている状態ということか。
「して殿下……今回はどのようなご用件で?」
「ふふ、なに。剣聖たるきみが、我々の計画に重要な役割を果たすと思ってね」
「我々の、計画……?」
そこで片眉を細めるリオン。
「お待ちください。殿下……いったいどうされたのですか⁉」
ただ事ならぬ雰囲気を悟ったのか、リオンはアリオスを庇いながら一歩後退する。
――そう。
レイファーはこの時点で影石に呑み込まれてしまっていたのか、その全身に黒いオーラが迸っている。
僕がかつて戦ったフォムスやジャイアントオークと同じく、あまりにも異様な雰囲気を放っていた。
だがもちろん、当時のリオンに影石だの異世界人だのの事情がわかるはずもなく。
ただただ警戒心を持ってレイファーと対峙していた。
「おやおや。そんなに怖がることはない。我らが崇高なる《全人類奴隷化計画》……それに参加してほしいというだけだよ」
「……殿下、冗談でしたらおやめください。ここには小さな子どももいる」
「ふふ、なにを言うのかね。私は本気だよ」
そう言って、闇色のオーラを迸らせたレイファーが懐から影石を取り出す。
「命令だ。私たちとともに、《全人類奴隷化計画》に協力せよ」
その声とともに、影石から闇色のオーラがリオンに伸びていった。
「…………っ⁉」
リオンは腕を振ってオーラを払い退けようとするが、もちろん、そんなことで影石の力を弾くことはできない。瞬く間に闇色のオーラに呑み込まれ、リオンはその場に縮こまり――苦しそうなうめき声を発する。
「ぐううう……ぁぁぁぁああああ……!」
「ふふふ。光栄に思うがよい。私たち人間が《創造主》様に従えることは、この上なく栄誉なことなのだよ」
「レ、レイ、ファー殿下……。なぜ……⁉」
「ねぇ、パパ。どうしたの?」
いままで黙りこくっていたアリオスが、不思議そうな表情でリオンの肩に触れる。
――と。
シュウウウウウウ、と。
さっきまでリオンを取り囲んでいた闇色のオーラが、一瞬にして消え去るではないか。
「な、なに……⁉」
これに驚いたのは、もちろんレイファー・フォ・アルセウス。
種明かしをすれば、僕に流れる女神の血が、影石の効果を打ち消したということになるが――。
もちろん、この当時は誰もそんな仕掛けを知らない。
レイファーは憎々しげにアリオスを見下ろし、今度は彼に向けて影石をかざしていく。
だが当然、アリオスが影石に呑み込まれることはない。
生まれながらにして女神の加護を受けている以上、そんなものはアリオスには通用しない。
「くっ……。馬鹿な、どういうことだ……⁉」
いつも冷静沈着なレイファーも、このときばかりは動揺を隠しきれていなかった。
激しく戸惑っているのが、遠目で見てもわかる。
「ありえない……。どうしてこんなことが……」
ちなみに当のアリオス本人は、このただならぬ雰囲気に大泣きしてしまっている。
無理もない。
よく事情もわからぬままに、レイファーに何度も詰め寄られていたわけだからな。さすがに五、六歳児には耐えられない。
「くっ……仕方ない……」
レイファーはアリオスを操ることは諦めたか、今度は再びリオンに影石を差し向ける。
「――命令だ。その忌々しい子どもを殺せ」
「な……⁉ 殿下、いったいなにを……⁉」
「命令だ! 私の言うことが聞けないのか‼」
「ぐ、ぐおおおおおお……!」
またも闇色のオーラに呑み込まれ、リオンが苦しそうに呻きだす。
「できません……! この子は私の大事な息子……! いくらレイファーの命であっても、それだけは…………‼」
「なにを言うか。私の言うことが聞けないのか!」
「ぐ……。聞け、ません……!」
意識を問答無用で操る影石に対して、リオンは驚きの粘り強さを見せていた。
五分経っても、さらに十分経っても――。
リオンはレイファーの命令に呑み込まれることなく、徹底的に抗っている。
「この子は、私の希望の星なのです……! 必ずや強いスキルを授かり、このスキル絶対主義の世界を変えてくれるはず……!」
「なにを下らないことを。そんなくだらない夢物語を聞きたいわけでは――」
「レイファー兄様、どうしました? 先から騒がしいようですけれど」
ふいに、扉の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
第一王女エアリアル・リア・アルセウス――。
僕がかつて王城の屋上庭園で出会った、レイの姉にあたる人物だろう。
「……ちっ。仕方ない」
レイファーは忌々しそうに舌打ちをかますと、影石を懐にしまった。
「今回のところはこれで身を引くが――リオン・マクバよ。その子どもは必ずや、我々の計画に支障をきたすことになる。折を見て処分したまえ」
「できません……。この子は必ず、世界を救うほど強いスキルを授かることになる……」
「ふん。もういいよ、その話は」
そう言って、面倒そうにリオンを追い返すレイファーだった。
★
その日からリオンは、影石のオーラを抱えながら過ごすことになったようだ。
――コロセ、コロセ。
――邪魔者アリオスをコロセ――
かつてエムが《災厄》に呑み込まれていたときと同じように、リオンも同様のものに取り憑かれてしまったらしい。
断続的に聞こえてくるおぞましい声に、リオンが日々、たった一人で悩んでいる――。
そんな映像を、僕は食い入るように眺めていた。
それでもリオンはアリオスを殺すことはしなかった。
スキル云々の話ではなく、リオンにとってアリオスは大事な息子。だから文字通り鋼のような精神力で、その声を跳ね除けていたようだ。
――が。
そんな毎日をずっと過ごしていれば、精神が疲弊していくのも当たり前。
昔は割と柔和だったはずのリオンの表情は、日ごとに険しくなっていった。
そして。
とうとうリオンが影石に呑み込まれてしまったのが――あの日。
忘れもしない、十八歳の誕生日。
僕がマクバ家から勘当された日だった。
★
「出ましたぞ。アリオス殿。あなたのスキルは――」
そこまで言いかけて、神官はきょとんと目を丸くする。
「むむ? おかしい。こんなはずは……」
その様子に、当時のアリオスが怯えた表情を浮かべる。
「あ、あの。どうされたんですか……?」
「……アリオス殿。心して聞かれよ。あなたのスキルは――《チートコード操作》だ」
「な……に……?」
それを聞いていたリオンが、大きく目を見開く。
《真の鏡》による効果だろうか。
当時リオンの考えていたことが、僕の脳裏にダイレクトに伝わってきた。
――私はアリオスにずっと期待を抱いてきた。
――頑張り屋の息子ならば、きっと世界を変えてくれるだろうと思っていたから。
――でも関係ない。アリオスは今日までずっと修行に打ち込んできた。
――剣聖にはなれなくても、きっとアリオスなら良き若者になってくれるはず。
――しかし、ではいままでの私の期待はなんだったのだ?
――私はいったいなんのために、アリオスを育ててきたのだ?
――私は、私は……――
「出ましたぞっ! 《白銀の剣聖》!」
おおおっ、と。
黄色い歓声が沸き起こった。
その歓声に、リオンも自身大きく目を見開いた。
「は、白銀の剣聖だって……!!」
「やべぇ! ただの《剣聖》より上位っぽいぞ!」
このとき一番ショックを受けていたのが、言うまでもなくアリオス本人だ。
彼は煮え切らなさそうな表情を浮かべながらも、なんとか平静を装いつつリオンに話しかける。
「はは。父上、すごいですね。あの人、剣聖って……」
――が。
「素晴らしいっ!」
しかしそのときにはもう、リオンの目にアリオスは映っていなかった。顔を上気させながら、あの少年に歩み寄っていく。
「白銀の剣聖! いずれ私をも超えるだろう、素晴らしい高位スキルではないか! 少年、名をなんという⁉」
「え……? ダドリーですが……あ、あなたは?」
「私はリオン。剣聖リオン・マクバとは私のことだ」
「えっ⁉ あの剣聖様ですか⁉」
「うむ。どうだ。君さえよければ、私のところへ来ないか。君も剣聖として名を残そうではないか!」
「え……お、俺が、剣聖に……? いいんですか!」
「当然だ。辛く苦しい環境を生き抜いた君の生命力は、きっと大きな力になるだろう!」
二人のやり取りに、当時のアリオスが絶望に染まった表情を浮かべる。
「ち、父上……?」
おそるおそるといった様子で、彼は最愛の父に声をかけた。
すると。
「なんだアリオス。まだそこにいたのか」
「え……」
「まあよい。おまえもダドリーの的くらいにはなるだろう。今日からは雑用役として動いてもらうぞ」
そのときのリオンは、もうすっかり闇色のオーラに染まりきってしまっていた。
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