おい、どういうことだ?
意識が戻ったとき、僕は思わず息を呑んでしまった。
「こ、ここは……⁉」
――そう。
ここはマクバ家の屋敷だったから。
昔の僕が愛してやまなかった、馴染みのある屋敷だったから。
さっきまで僕は《真の洞窟》にいたはず。
そこでレイやエムとともに、リオンやフェミアの真実を教えてもらうところだったのに。
どうしていま、僕はこんなところに立っているのだろう。
もしくはこれが、女神の言う真実なのだろうか。
この屋敷に……僕の知りたかった真実があるということか。
かつて僕はファルアスやオルガントの「映像」を見させられたが、これも同じような現象なのだろうか。
そんな思索を巡らせていると、
「おぎゃあ、おぎゃあ……!」
若い女性に抱き締められ、赤ん坊が泣き声をあげているのが聞こえてきた。
丸くくりっとした瞳に、そして丸っこく小さな身体。
――考えるまでもない。
昔何度も見せられた、赤ん坊の頃のアリオス・マクバ。
僕の写真そっくりだったのだ。
「アリオスっ! やっと生まれてきたか!」
そして。
勢いよくドアを開け放ってきた人物に、僕は改めて目を見開いた。
――リオン・マクバ。
《外れスキル所持者》というだけで僕を追放した父親が――興奮したように部屋に入ってきたからだ。
「い、いけませんリオン様! そのように抱かれては……!」
勢いあまって赤ん坊を抱きしめたリオンに、隣にいた助産師が慌てたような声を発する。
「な……。ち、違うのか?」
「そうですよ……! 抱っこするときは頭と首を支えてあげるようにしてあげないと、赤ちゃん自身に負担がかかってしまいます……!」
「ぬぬ……。難しいな……」
険しい表情を浮かべつつ、ぎこちない動作で赤ん坊をあやすリオン。
そりゃそうだよな。
昔から剣一筋に生きてきたこいつにとって、赤ん坊をあやすことなんて未知の領域でしかあるまい。
「ふふ……。あなたもこれからは、育児の修行をしないといけませんわね」
ベッド上でそう呟くのは――アリアヌス・マクバ。
リオンの妻にして、僕の母親でもある。
「育児の修行か……。はは、参ったな」
苦笑を浮かべつつ、助産師から教わった通りに赤ん坊を抱こうとするリオン。
――が。
「……むぐ」
リオンの顔を見つめていた赤ん坊が、ふいに涙声を発する。
「んぐ、ぐぐぐぐぐ……」
「へ? ど、どうしたんだ?」
リオンが目を白黒させている間に。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
腕のなかの赤ん坊が、急に激しく泣き出してしまった。
「あら……やっぱり駄目だったわね……」
ため息をついたアリアヌスが、ベッドに寝転びながら両腕を差し出してきた。
「私に抱かせてちょうだいな。あなたの顔が怖いのよ、きっと」
「な、なんだと……⁉」
「は・や・く‼」
「あ、はい……」
有無を言わさぬアリアヌスの迫力に、リオンは黙って赤ん坊を手放していた。
★
それから数分間。
僕は念のためリオンやアリアヌスに声をかけてみたが、案の定、これといって反応は得られなかった。
かつて映像を見させられたときのように、最初から僕のことが見えていないような――。
そんな様子が伝わってきたのである。
その数分の間で、赤ん坊はすやすやと穏やかな寝息を立て始めていた。リオンの腕のなかではあんなに泣きじゃくっていたのが、アリアヌスに代わった途端、急に落ち着いたのである。
「ば、馬鹿な……」
そんな赤ん坊の様子に、リオンはあんぐりと口を開けていた。
「もう駄目だ……。出産早々、アリオスに嫌われてしまうなどと……。私の人生はこれで、すべてが無意味に帰してしまったのだ……」
「そんな大げさな……」
赤ん坊の身体をぽんぽん叩きながら、アリアヌスが苦笑を浮かべる。
「アリオスのことは私や召使いに任せて……あなたは剣の道を極めてくださいな。あなたの夢は、私もよくわかっていますから」
「…………はぁ。夢か。そうだな……」
そこでリオンはため息をつくと。
なんだかとても懐かしくなるような、優しげな笑みを浮かべて言った。
「アリオス……」
アリアヌスの腕のなかにいる赤ん坊を、リオンは優しく撫でる。
「私の血を引いている以上、おまえが高位なスキルを授かることには違いない。だが……おまえはその強さに溺れないでくれ。間違っても《外れスキル所持者》を馬鹿にするのではなく、かのレイファー殿下のように……弱き者にも手を差し伸べられる男になっておくれ」
「うふ……。大丈夫ですよ、あなた」
そんなリオンの手を、アリアヌスの両手が優しく包み込む。
「なんだか私……感じるんです。この子はとっても心優しくて、いまの世界を救ってくれそうな――そんな気がするんですよ」
「はは……そうか……」
リオンはそこでふっと表情を引き締めると、脇に立っていた助産師を見て言った。
「……すまないが、私に育児の稽古をつけてくれないか? 剣の道しか知らぬゆえ、覚えは悪いかもしれんが……」
「へ……? リ、リオン様に……?」
突然の提案に、助産師が目を丸くする。
「わ、私は構いませんが……しかしリオン様はご多忙の身では……?」
「ふふ、なに、構わんよ」
不敵に笑いながら、リオンはすやすやと眠っている赤ん坊を見下ろす。
「《外れスキル所持者》を救おうとしている男が、我が子の面倒も見られないのでは笑い話だからな。これも修行の一環だと思ってくれればいい」
なんだ? どういうことだ?
外れスキル所持者を救う? リオンが?
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