重鎮会議
事件はいったんの決着を見た。
ミルアが姿を消した時点で、冒険者たちの様子も元に戻り。各地で暴れまわっていた異魔獣たちも、同時に息絶えた。
それなりの惨事にはなってしまったが――アルセウス王国内だけで見れば、思ったほどの被害は出ず。レイファーやアルセウス救済党のおかげで、負傷者もほとんど出なかった。
むしろ問題なのは、隣国。
ヴァルムンド帝国との関係性のほうだろう。
アルセウス王国。その王城にて。
「……以上が、ヴァルガント帝国の様子でございます」
威厳のある声で書面を読み上げるのは――アルセウス王国軍・元帥のザックス・エレナレイ。たしか60代も半ばを過ぎているはずだが、筋骨隆々の肉体に力強い眼光は、加齢による衰えをまったく感じさせない。
僕と並んで、王国軍のトップに立つ人物だな。
「ふむ……。そうですか……」
国王のユーフェスが、苦々しい表情で顎をさすった。
「帝国にある《アルセウス大使館》は連日、帝国人たちが押し寄せ……。現地に在住しているアルセウス王国民も、また白い目を向けられるようになったと……」
「ええ……。帝国との関係は、《戦後で最悪》と言わざるをえません。帝国の外交官にもコンタクトを取ろうとはしていますが……いまのところ、反応はありませんね」
「なるほど……。わかりました」
港町ポージでの騒動から三日後。
僕は今後の対策を話し合うべく、王城の《会議室》にて国の重鎮と顔を合わせていた。国王のユーフェスは言わずもがな、王太女のレイミラ・リィ・アルセウス、そして前述のザックスもいる。
部屋の外では多くの兵士が警戒態勢を張っており、まさに門外不出の機密事項がここで話し合われていた。
「あ、あの……お父様」
会議の重苦しい沈黙を、ふいにレイが破った。
「先日のスヴァルト皇帝の動き……違和感がありませんでしたか?」
「…………」
レイの目線を、ユーフェス国王は静かに受け止める。
「なるほど……。レイミラも気づきましたか」
「はい……。冒険者による騒動が引き起こされてから、わずか短時間であのような演説……。異世界人による《全人類奴隷化計画》を、最初から知っていたとしか思えません」
「レイ……」
実は僕も、同じようなことを考えていた。
事実確認を行ったり、今後の対策を話し合ったり、自国民を守るための対策を行ったり……。
あのような大惨事が起きてしまったのだから、それの対策にも相応の時間がかかるはず。
だがスヴァルト皇帝の動きは……実に早かった。
まるで最初からこうなるのがわかっていたかのように、自国民たちを煽動に巻き込んだのだ。
そしてその結果……帝国人たちに《闇色のオーラ》が発生し。
両国の対立という、最悪の結果が招かれてしまったのである。
「……スヴァルト皇帝自身が異世界人であるか、もしくはなんらかの形で異世界人とかかわっている……。このような可能性は高いでしょうね」
僕たちの考えを、ユーフェス国王が綺麗にまとめた。
「であれば、これは最初から既定路線だったのでしょう。おそらく、帝国には戦争の準備がすでに整っているはずです」
「ええ。それは間違いありませんな」
ザックス元帥が、やや忌々しそうな表情でぼそりと告げた。
「近年、かの国は軍事費への投資額を急に引き上げた……。むろん我々も手をこまねいていたわけではありませんが、ここで《全人類奴隷化計画》というカードを切ったということは……戦争の準備ができたと見て間違いないでしょう」
戦争……か。
あまりにも現実味のない言葉で、正直、にわかには信じがたい。
けれど……僕はたしかに見たんだ。
ミルアの能力によって、帝国人たちがアルセウス王国の人々を攻撃していたのを。
そしてその最悪の《全人類奴隷化計画》に――自分の父親が加担していたのを。
「アリオス……」
僕の気持ちを察したのか、レイが心配そうな表情を向けてきた。
「その……お父さんのこと、あまり思いつめないでね。私もお母さんが異世界人に加担してるから、あまり人のこと言えないけど……」
「レ、レイ……」
そう。
異世界人や戦争とは別に、僕とレイには悩みの種がある。
僕は父が。レイは母が。
それぞれ異世界人に加担して、世界最悪の《全人類奴隷化計画》を押し進めようとしているのだ。
その意味では、前途多難というのが正直なところだろう。
リオンもフェミアも、どうして異世界人なんぞに協力しようとしているのかはまったくわからないが……
これもまた、今後突き止めていくしかなさそうだな。
「ところで……アリオス準元帥」
ふいにザックス元帥が、僕に視線を向けて言った。
「あなたが準元帥となり、それなりの時間は経ったと思います。……率直に申し上げて、軍のレベルをどう思いますかな」
「…………」
これはまた、ずいぶんと直球的な質問だな。
正直、答えにくいことではあるんだが――遠慮しても仕方ない。国運がかかっているわけだし、そもそもザックスは忖度を欲していないだろう。
「失礼を承知で言えば……残念ながら、レベルは低いと思います。帝国軍にはおそらく勝てないでしょう」
異魔獣との戦いにおいて、第三師団のカーナはさしたる戦力にはなりえなかった。ウィーンとアンがいなければ、あの場を切り抜けることは難しかっただろう。
まあ……異魔獣はそれ自体が異質な存在だからな。
勝てないのも無理はないんだが……帝国軍が《異世界人によって強化される可能性》を考えると、かなり心許ないのも事実。
異魔獣そのものが、再び王国を攻めてくる可能性さえあるわけだしな。
「ふむ……。承知いたした」
腕を組みながら、ザックスは難しい表情で答えた。
「私はこれより、自軍の強化に取り掛かっていきたいと思います。アリオス準元帥にもご協力をお願いするかもしれませんが、どうぞご了承願いたい」
「ええ、もちろんです。僕でよければ協力させてください」
そう言いながら、互いに握手を交わす僕たちだった。




