おい、クズばかりだぞ
★
一方その頃。港町ポージにて。
「ふふ……」
剣士F――もとい元剣聖リオン・マクバは、余裕そうな笑みとともに僕を見つめた。
「素晴らしいではないか。剣士Fが私であることに……よく気づいたな」
「……確証はなかったけどな。でも、可能性は高いと踏んでいた」
なにしろ、剣士Fの戦い方はあまりにも見覚えがありすぎた。
剣の捌き方や、細かな動きのクセに至るまで。
僕の父親――リオン・マクバにそっくりだったんだ。
疑問点があるとすれば、以前アルド家で戦ったときと比べ、異常に強くなっていることか。
当時は《チートコード操作》を使わずして勝利を収めたが、剣士Fにもそれが通じるかは自信がない。
それもまた、影石による影響なのか……同志Aに連れ去られたことで、リオンにもなんらかの変化が訪れたのか……
それは現状不明だが――ひとつだけ、言えることがある。
「さすがに……信じたくはなかったよ。仮にも自分の親が、テロ組織に身を置くだけでなく……今度は異世界人と結託するなんてね」
「ふふ……驚いたよ。まだこの私を親扱いするとはな」
「あんた……」
ちなみに現在は、アンとダリアとで冒険者たちと戦ってもらっている。
暴れまわっている冒険者たちは、本当に見境がないからな。これ以上被害を拡大させないためにも、アンやダリアに戦場を任せることにしたのだ。
「正直、あんたには言いたいことが山ほどある……。だが、いまはやめておこう。それこそ異世界人の思うつぼだからな」
「ほう……?」
そう。
剣士Fはリオン・マクバだったわけだが、それに惑わされてはいけない。
リオンは異世界人ではない。ただの人間だ。
そんなリオンが、世界中を駆け巡り、冒険者たちの心を操作するなど……とうてい不可能だ。同志Aに連れ去られる前は、ほとんどの期間を王都で過ごしていたはずだしね。
つまり――黒幕は他にいる。
剣士Fという囮を立てることで、自分は誰にも怪しまれず、コソコソと動きまわっていた黒幕が。
「リオン。答えろ。黒幕は誰だ。あんたは誰の目くらましを買っていたんだ……!」
「…………」
リオンはそこで目を見開くと。
「……これは驚いた。あんなに泣き虫だった幼子が……。ふふ、私の見ぬ間に成長していたということか」
「なんだ。なにを言っている……!」
しかしリオンはそれには答えず、改めて僕を見据えて言った。
「――正解だ、アリオス。私は目くらましに過ぎぬ。王国軍の警戒を、少しでも彼女から遠ざけるためのな」
「彼女……だって……」
やはり黒幕がいたということか。
まあ……そうだよな。
リオンはたしかに《剣聖》と呼ばれるほどの実力者だが、あくまで異世界人ではない。同志A――フェミアのような力は持っていないし、そもそもリオンは異世界人に利用された側である。
そんな彼が、世界中の冒険者を陥れるために動いていたとは……正直、考えにくい。
だからリオンの他に、もうひとり黒幕がいる。
そう考えるのは、ごく当然のことだろう。
「おかげで計画は面白いほどうまく進んだよ。王国軍は剣士Fに気を取られてしまった上に、《冒険者との確執》という問題にも悩まされていたからな。加えてこの町特有の濃厚な霧……隠密行動にはうってつけだったというわけだ」
「く…………あんたって奴は……!」
最低だ……本当に。
どんな理由があるのかは不明だが、まさか異世界人なんかに協力してしまうなんて。ダドリーが聞いたらどう思うか……
「一応聞かせてもらおう……リオン」
僕は大きく息を吐くと、かつて自分を育ててくれた父親を睨みつけた。
「どうして……あんたは異世界人なんかと手を組んでいるんだ。マクバ家が失墜したのだって、元を辿れば異世界人の思惑だろ? それすらもわからなくなったのかよ」
「……そうだな。私とてわかっている。私を陥れたレイファー殿下でさえ、異世界人にとっては単なる傀儡でしかなかったとな」
なんだろう。
そのとき浮かべたリオンの表情に、僕はどこか懐かしさを覚えてしまった。
「だがそれでも、私は《全人類奴隷化計画》を成し遂げなければならない。私自身の待望を成就させるためにもな……!」
「……ふん、相変わらず意味のわからないことを……」
だが、影石によって意識を操作されているわけでもなさそうだ。
かつてのレイファーやマヌーザは、影石に取り込まれた結果、意識を乗っ取られてテロを企てた。
しかしいまのリオンには、例の《闇色のオーラ》がいっさいない。
それどころか同志A――フェミアと同じく、まったく無の境地に立っているような気がするのだ。
本当に……なにを考えているのやら。
かなり気になるところではあるが、いまはそれを問いただしている場合ではない。こうしている間にも、王国各地では冒険者たちが暴れているかもしれないのだ。
リオンの言う黒幕について、現時点ではおおかた察しがついている。
港町ポージを拠点にして、王国全土をまわることができた人物。
それでいて何気なく冒険者に接近し、意識を操作することができた人物。
まったく信じがたいことではあるが――思い当たるのはひとりしかいない。
「コソコソしてないで、そろそろ出てきてもらおうか。事件の陰謀者にして、極秘裏に活動を続けていた異世界人……Sランク冒険者ミルア!!」
「え……?」
近くで戦闘を繰り広げていたダリアが、驚いたような声を発した。
「――ふふ。まさかバレてしまうなんてね。フェミアが一目置くのもわかる気がするわ、アリオス・マクバちゃん」
そう言いながら姿を現したのは――さっきまで寝込んでいたはずのSランク冒険者、ミルア。
なんらかの術でも用いているのか、空高く宙に浮かんでいるな。同志Aも宙に浮かんでいたし、異世界人はみな空を飛べるのだろうか。《情報操作》ができるくらいだし、ありえることではあるが――
さらに言えば、いま空に浮かんでいるのは、僕の知るミルアの印象とは大きくかけ離れている。
破天荒なダリアに対し、ミルアは隅っこで大人しくしている印象だった。露出度の高い服装を嫌い、肌をいっさい出さない防具を着ていたはずだ。
だが現在のミルアは、それとはまったく異なる出で立ちをしている。
フリフリしたピンク色のカーディガンの上に、黒いジャケットを羽織っているのだが……いかんせん、露出が激しいのだ。胸元など大きく開けているし、黒のミニスカートも非常に短い。
そう――まるで別人のような服装をしているわけだ。
「ふふ、そんなに見惚れちゃって♡ お姉さんがそんなに魅力的かしら? アリオスちゃん」
「そうか。それがあんたの本性ってことかよ……」
「あら。つれない反応ねぇ、お堅いこと」
ミルアは妖艶な笑みを浮かべると、はるかなる高みからくるりとお辞儀をしてみせた。
「その通りですわ。創造者№2、ミルア・クレセント。下界の人はみな私の下僕ちゃん……影石に《精神異常》の効果をつけたのも、私の趣味ですわ♡」
「っ…………!」
そうか。
影石の使用者は、絶大な力を引き出す代わりに精神に異常をきたすが……その効果をつけた張本人が、このミルアというわけか……!




