陰謀
「ここだ」
ダリアに案内されたのは、冒険者ギルド内の客室。
大きなテーブルがひとつあって、その向かい合わせにソファが置かれている。さすがはラスタール村より大きな町だけあって、僕の知る《客室》よりだいぶ広かった。
しかし。
「ダリアさん。ここの支部はいつもこんなに静かなんですか?」
「ん? ああ……いや、そんなことはない」
僕の質問の意図を察したのだろう。ダリアが苦笑しながら応じた。
「今日はみんな休みたいのかもしれないな。いつもはもっと活気づいているはずなんだが」
――そう。
もう昼下がりだというのに、ギルド内には全然人がいない。
当初は依頼が立て込んでいるのかと思っていたが、出入り口の掲示板を見る限り、忙しそうだとも感じなかった。あれくらいの依頼数ならば、ラスタール村のギルドにもよく舞い込んできていたし。
……まあ、いいか。
僕たちはここの冒険者から嫌われているようだし、むしろこのほうが集中できるだろう。いまのうちに、聞けることは聞いておきたい。
そんな思索を巡らせながら、僕はゆっくりとソファに腰を降ろす。僕の隣にはアンが座り、そして向かい側にはダリアが座った。
「それではダリアさん。さっそくですが剣士Fについて――」
「待った」
さっそく話し出した僕に対し、ダリアが間髪入れず右手で制した。
「その……なんだ。いい加減、その口調やめないか」
「へ……?」
顔を真っ赤にしながら呟くダリアに、僕は思わず目を瞬かせた。
「あんたは準元帥だろう? 一介の冒険者にヘコヘコするのも違うはずだ。私に対しては、もっと砕けた口調で構わない」
「し、しかし……」
「やかましい! 私にこれ以上恥をかかせるなっ!」
おい、意味もわからないまま怒られたんだが。
「は、はあ……。それじゃ、遠慮なく」
ダリアはきっと僕より年上だし、違和感しかないんだけどな。
それでも本人がここまで言う以上は、お望み通り、砕けた口調で話すしかないだろう。
「こほん」
僕は咳払いをかますと、改めて本題を切り出した。
「それで……聞きたいのは剣士Fについてだ。なんでも構わない。ギルドで把握している情報を、可能な限り教えてほしいんだ」
ちなみに、かの不審人物が剣士Fであることは、ここまでの道中ですでに伝えてある。
先述の通り、ギルド内部は異様に静かだったからね。
気まずさを凌ぐために、先んじてこれを話しておいた形だ。
「ふむ……剣士Fか。やはりその話だよな」
ダリアは難しい表情で腕を組むと、「うーん」と唸った。
「それがなぁ……あんたたちが知っている以上のことは、私たちでも把握しきれていないんだ。申し訳ないことにな」
「え……ひとつもか?」
「ああ。詳しいことは全然わかっていない」
そりゃあ……奇妙だな。
僕たちだって今日から本格的な調査をしたばかりだし、たいして有益な情報を持っているわけではない。
それなのに、長らくこの町に滞在しているはずの冒険者が、なにもわかっていない……?
僕のその思いを感じ取ったのだろう。ダリアがやはり難しい表情で続ける。
「いや……それがだな……。いま振り返ると自分でもよくわからないんだが、剣士Fのことを調査するよりも、軍を出し抜くことを優先していたんだよ」
「は……? 軍を、出し抜く……?」
「ああ。あいつらを見ると、無性に腹が立ってな。それでつい……」
なるほど
でもたしかに、昨日のダリアはそんな様子だった。
こちらの言うことなど聞く耳を持たず、一方的に暴言を吐かれた記憶がある。
冒険者と王国軍。
本来は協力しあうべきはずの両者が、どういうわけか犬猿の仲になっているんだよな。
「…………」
なんだろう。妙に怖気が立つ。
なにかとんでもない事件が、間近に迫っているような……
「アリオス様? どうされたんですか?」
横から覗き込んでくるアンに、僕は首を横に振って答える。
「いや……ひとつ思い当たる節があってね。覚えてるか? 10年前、ポージ旧校舎がどうして廃校になったか」
「え……? それは教師の不祥事があったからって……」
「そう。これまで温厚だったはずの教師たちが、人が変わったように不祥事を起こし始めて……そして学校ごと爆破した」
「はい。そしてその事件の背後には、影石があったって……あ」
ここまでの内容で、ピンとくるものがあったのだろう。アンの両目が大きく見開かれた。
「…………アリオス様。まさか……」
そう。
理解不能な言動という点では、ここの冒険者たちも同じことが言える。
王国軍と協力すればいいものを、なぜか敵対し。
剣士Fを追うのではなく、いつのまにか軍を出し抜くことが目的になっていた。
その背景に、影石があるのだとしたら?
かつてのフォムスやレイファーのように、みんな意識を乗っ取られているのだとしたら?
ダリアの態度が柔らかくなったのも、僕と関わったからではないだろうか?
かつて女神が言っていたように、僕が触れれば影石の効果は弱まる。だから冒険者のなかで、ダリアだけが正常な意識を取り戻した……?
もちろん、まだ確定的なことはわからない。
だがこれで、謎だった点と点が見事に一本の線に繋がってしまう……
と、そのときだった。
――プルルルルルルル、プルルルルルルルルル、と。
懐に入れていた携帯型の通信機から、甲高い音が鳴り響いた。
「えっ……⁉」
「な、なんだ⁉」
当然のごとく、アンとダリアが驚きの反応を示す。二人はこの通信機を知らないだろうから、びっくりするのも無理ないよな。
だが、悠長に説明している場合でもなさそうだ。
僕は通信機に微弱な魔力を流し、
「はい。こちらアリオス・マクバ」
と声を発した。
「アリオス準元帥! 突然のご連絡、申し訳ごさいません! こちら第三師団のカーナ・ムドルスです!」
「カーナ……!」
そう。
別行動で調査していたカーナにも、小型の通信機を渡してある。万が一の際、スムーズに連絡を取りやすくするためだ。
だが――この息せき切った様子は……!
「カーナ。落ち着いてくれ。なにがあったんだ」
「はい! ただいま、各地の駐屯地に犯行声明が届いたんです!」
「犯行声明……だって……⁉」
思わず目を見開く僕。
どういうことだ。そんな声明を出して、いったい相手になんの得がある……⁉
「それで、内容は……!」
「ポージ港町、ムカレス村、ラスタール村、オージニア商業都市、ダレス町、そして王都アルセウス……。その各地において、間もなく暴動を起こすとのことです……!」
「暴動……⁉」
声が漏れ聞こえていたんだろう。
ダリアがぎょっとした様子で目を見開いた。
「私も至急、そちらへ向かいます! アリオス準元帥も、どうかご無事で……!」
そう言って、カーナからの通信は途絶えた。
「アリオス・マクバ。いまのは……」
「ダリア。至急、他の冒険者たちを探しにいこう。たぶん、このままでは――」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
女性の甲高い悲鳴が聞こえてきたのは、そのときだった。




