おい、毎度毎度当たってるんだが
さて。
いい感じに休憩も取れたことだし、僕たちはひとまずギルドに向かうことにした。
もちろん、チートコードの《性転換》は解除済みだ。
女性の姿でダリアに会ったりしたら、また面倒なことになりそうだしな。
「ふふ、アリオス様はやっぱり男性のお姿がかっこいいですよ♡」
ギルドへ向かう道すがら。
アンがやたら上機嫌な様子で語りかけてきた。
「おい、くっつくなって……」
「うふふ。嫌です♡」
妙に甘ったるい声を出して腕を絡めてくるアン。
しかもそのせいで、とてつもなく柔らかいものが当たってくるんだが。
「おいやめろ。当たってる」
「なに言ってるんですか。当ててるんですよ♡」
「おまえって奴は……」
レイとはまた違った厄介さがあるな。
あいつとは違って、かなり小悪魔的というか。
まあ、いまはまわりに誰もいない。
つまり《アリオス準元帥》が不貞を働いたという噂は流れない。
アンもそれがわかっているから大胆な行動に出ているのだろうが……なんというか、また個性的な仲間が増えたって感じだな。
もちろん人通りが多い場所ではきちんと距離を取ってきたので、最低限のことはわきまえているようだが。
そして……数分後。
「おや、あんたたちは……」
ギルドに訪れた僕たちを、先日の赤毛の女冒険者――ダリアが出迎えた。
ちょうど掲示板の依頼を確認していたようだな。
例によって、ぶっきらぼうな表情をこちらに向けてくる。
「アリオス・マクバに第0師団の者か。よく来たな。歓迎しよう」
「あら……」
目を見開くアン。
ダリアの「歓迎しよう」という言葉に驚いているようだな。
僕も同じく、彼女の反応は少々予想外だった。いつもながら無表情なので、感情が読み取りにくいんだが……少なくとも邪見にはされていなさそうだな。
すこし前までは、軍の関係者というだけで敵対視されていたのに。
「…………」
「アリオス様? どうかされましたか?」
「ああ……いや。なんでもない」
思わず考え込んでしまっていたらしい。アンに横から覗き込まれた。
若干の違和感は残るが、いまはまだなんともいえないな。
詳しい考察は後回しにしよう。
「すみません。よければミルアさんのお見舞いをと思ってきたんですが……」
「ふむ……」
そこでダリアの表情が暗くなるのを、僕は見逃さなかった。
「もちろんだ。ついてこい、案内しよう」
★
ギルドの医務室を訪れたとき、僕は思わず立ち尽くしてしまった。
ベッドの上で身じろぎもしないミルア。全身には様々なチューブが繋がれ、医療に詳しくない僕でも危篤な状態であることが伺える。
「こ、これは……」
「ああ。見ての通りだ」
戸惑う僕に対し、ダリアは悔しそうに表情を歪め、震える声を発する。
「あれから一度も……ミルアは目を覚まさない」
「そんな……」
僕はあのときしっかりハイエリクサーを使ったはず。
たしかにジャイアントオークは強敵だが、ハイエリクサーも相当に高価な薬だし、あれで重症化は防げると思っていたんだが……
まさかこれほど重篤な状態になってしまうとは……
僕のそんな思考を感じ取ったんだろう。
ミルアの側で座る医者が、重々しい表情で告げた。
「いや……あなたの処置は正しかったですよ、アリオス準元帥。緊急時における適切な判断……さすがは若くして準元帥になられたお方です。しかしミルアちゃんの場合は……私でも詳しい原因がわかっていません」
「詳しい原因が、わからない……?」
「ええ。目立った外傷はありませんし、他の状態も極めて良好……。これで意識が戻らないのであれば、王都の病院を案内するしかないかもしれません」
「そんな……」
本当に、外から見る限りでは問題なさそうに見えるのに。
しかも穏やかに寝息をたてているし、このまま普通に目覚めても違和感がないくらいなのに。
いったい、どうして……
「…………」
僕の隣で、ダリアが身体を震わせていた。自身の爪が手のひらに食い込みかねないほどに、両の拳を強く握っている。
「……ダリアちゃん、そう思いつめなさんな」
その様子に気づいた医者が、優しげな声を投げかけた。
「ジャイアントオークの大量発生……そんなことが起こるなんて、誰も予想できなかっただろう。君は悪くあるまい」
「ああ……そう、かもしれないな……」
口ではそう言っているが、よほどの責任を感じているんだろうな。
ダリアの口惜しそうな表情は、さっきからまったく変わらない。
「…………あの、失礼ですけど」
そう言ってアンが前に進み出る。
「昨日も感じましたが、ダリアさんとミルアさんは相当仲が良さそうですね? ぱっと見、正反対な性格をしているようですけれど」
「お、おい……」
このタイミングでずいぶん踏み入ったことを言い出してきたものだ。
内心ヒヤヒヤが止まらなかったが、幸いにもダリアは気にしていないようだった。ちらっとアンに視線を返したあと、やはり生気のない声で答える。
「ああ……。ミルアはな、実は私の恩師にあたる」
「え、恩師ですか……⁉」
「そうだ。意外かもしれんが、ミルアは強いぞ。私はAランクの冒険者だが……ミルアのランクはSだ。私など手も足も出ない」
「あら。ちょっとびっくりですわ……」
本気で驚いているのだろう。アンは目を瞬かせ、改めてミルアの寝顔を見やった。
無理もない。
Sランクといえば、冒険者ランクのなかで最高位。王国内でもそう数は多くないと聞いている。
その実力を買われて、Sランク冒険者は王国内を駆け巡っている。各地に発生した異常事態を解決するため、ふいに遠方に出向くことも多くないのだ。
そんな強者が目の前にいると言われたら、誰だって驚くだろう。
もちろん――ダリアとミルアの意外な関係性も含めてな。
「正義感の強い人なんだ……とても」
そう呟くダリアの様子からは、たとえようもない慈愛の感情が伝わってきて。
僕は初めて、ダリアという女性の意外な一面を見た気がした。
「だからジャイアントオークに囲まれたときも、自分を盾にして私を守ってくれたんだ。私はあのとき……なにも、できなかった……」
「…………」
なるほど……僕らが駆け付ける前に、そんな出来事があったのか……
いくら最高位のSランク冒険者といえど、相手は影石によって強化されたジャイアントオーク。それがいきなり何十体も出現してきたのだから、対応できないのも仕方ない。
「だから、改めて礼を言おう、アリオス・マクバ」
そう言うなり、ダリアはまっすぐに僕を見つめてきた。
「あんたは私たちの恩人だ。あんたが来てくれなかったら、今頃ミルアは……」
「…………」
自分を守ってくれたことよりも、ミルアのことでお礼を言ってくるとは。
本当にミルアと仲が良いんだろうな。
「いえ……とんでもないことですよ。ミルアさん、早く治るといいですね」
「ああ。ミルアならきっと元気になって戻ってくる。私はそう信じている」
時間が経ったことで、いくらか気分が晴れたんだろう。
ダリアはわずかながらの笑みを称えてそう言った。
「それで……あんたたちのことだ。もうひとつ用事があるんじゃないのか?」
「あら♪ バレてましたか♡」
再び陽気な様子で前に出てくるアン。
「実は、剣士F……例の不審人物について、ギルドで把握している情報も聞きたいなと思いまして♡」
「おい……」
この女、本当に遠慮なく切り出すよな。
しかもそれが許される空気をしっかり読んでいるというか。
「ふふ……いいだろう」
だがダリアは不快感を出す素振りもなく、そのまま身を翻した。
「ついてこい。客室に案内しよう」




