おい、後で絶対に説教してやるからな
「………………っ‼」
翌日。
目を覚ました僕は、目の前にありえないモノを見た。
――アンの胸部である。
「で、でかい……っ!」
って、そうじゃなくて。
なにがどうなってるんだ。
昨夜、僕とアンは距離を置いて寝床に着いたはず。
アンはベッドで、僕は床上で。
ベッドは大きいし、寝ようと思えば二人で寝られるが――
万が一にも間違いがあったら困るからな。念のため、距離を置いて寝ることにしたのだ。
なのにいま、アンの胸部が目の前にある。
なんだ。
なにがどうなっている……⁉
「ふふふ。アリオス様ぁ~」
「…………っ!」
駄目だ。
下手に動いたら逆にまずいことになりそうである。
「な、なんで僕はいつもこうなるんだ……」
レイといいエムといい、この状況にはデジャブしかないんだが。
次はもう、仕切り板でも買うしかない気がする……
結局僕は、アンが寝返りを打つまでぴくりとも動けないのであった。
「アリオス様ー、おはようございます」
数十分後。
無事(?)に僕から離れた位置で起床したアンが、実に呑気な挨拶をかましてきた。
「あれ? アリオス様、どうしてもうそんなに疲れてるんですか?」
「……ああ、なんでだろうな。まったく……」
結局、僕はあれから一睡もできなかった。
下手にアンに手を出したことになってしまったら、のちのち面倒なことになりかねないからな。またアンが近寄ってくることがないよう、鋼の意志で起きているしかなかった。
――まあ、問題ない。
睡眠の時間自体はたっぷりと取れたし、活動そのものには支障ないだろう。
「ほんとにどうしたんですか、アリオス様? 顔、赤いですよ?」
「もういい。おまえは黙っとれ……」
僕はため息まじりにそう答えると、気分を切り替えて言い直した。
「そんなことより、今日から改めて聞き込み調査を開始するぞ。はやく出発の準備をしてくれ、アン」
「はーい!」
朝一から快活な返事をするアンだった。
★
さて。
今日は午前中、僕とアンで“聞き込み調査”を行う予定だ。
かの剣士Fは、この港町ポージが「すべての始まりになる」と言っていたからな。
もちろん、あいつの言葉をすべて鵜呑みにするわけにもいかないが……
あそこまで言われた以上、なにも調べないわけにはいかないだろう。
ここ最近、港町ポージでなにかしら異常が起きてないか……アンとともに調査する予定だ。カーナには軍の情報網を活用し、世界各地における異常事態を調べてもらう手筈になっている。つまりは当分、別行動になるということだな。
「……アリオス様、本当にその姿で行くんですか?」
港町ポージ。
その町並みを歩きながら、アンがジト目で見つめてきた。
「もちろんだ。仕方ないだろ」
「仕方なくないですよ! 私はかっこいいアリオス様が好きなのに……っ!」
「……そんなこと言われてもな。“普通の姿”じゃ調査がしにくいんだよ」
そう。
僕はあらかじめ、宿のなかでチートコードの《性転換》を使用していた。
これもあってか、昨日みたいに人だかりができることはない。
準元帥アリオス・マクバはいろんな意味で有名になってしまったからな。静かに行動したいときには、このように姿形を変えるのが最も手っ取り早い。
異世界人も間違いなく僕を警戒しているだろうしね。
だからしばらくは、折を見て《性転換》もしていく予定だ。
「あのー、すみません」
まずは近くにいた少年に声をかける。
年齢はたぶん16,17くらいか。いまから運動でもするつもりなのか、そそくさと準備体操にいそしんでいる。
「え、あ、ハイ!」
いきなり話しかけてびっくりしたのだろう。少年は僕を見つめるなり、顔をめちゃくちゃ赤くした。
「あの……お訊ねしたいことがありまして。ちょっとお時間いいですか?」
「えっ、あ、ハイ! もちろんですハイ!」
なんだろう。
妙に顔が赤い気がするが、いったいなぜだろうか。
「あら……」
そしてどういうわけか、アンがすごく面白そうな表情を浮かべている。
いったいなにを考えているのか不明だが――まあいい。
いまは調査のほうに集中しなくては。
僕は改めて少年に顔を向けると、さっそく本題に切り出した。
「もし見覚えがあったらでいいんですけど。最近、町の様子がなにかおかしかったり、不審な人物を見たり……そういうことはなかったですか?」
「不審な人物……ですか」
少年はそこで数秒だけ考え込むと、声を絞り出すようにして告げた。
「そうですね……不審な人物といえば、灰色の鎧をまとった人影は見た覚えがあります」
「灰色の、鎧……」
そこで僕とアンは同時に顔を見合わせた。
「ええ。といっても、この霧なんでよくは見えなかったんですけど……。なにか、急いでいる様子に見えました」
「急いでる……」
灰色の鎧といえば、まず間違いなく剣士Fのことだろう。
あの剣士Fが、なにかを急いでいた……?
もちろんこの情報だけではよくわからないが、初手から思わぬ収穫を得られたな。
「他に、その人影についてなにか気になることはありませんでしたか? なんでもいいんですけど……」
「ええっと、そうですね……」
少年はそこで顎をさすると、少し恥ずかしそうに告げた。
「実は俺、ある人に憧れてて。その人に少しでも近づけるよう、毎日剣の修行をしてるんです」
「剣を……。そうなんですね」
うん。
それは一目見たときから思っていた。
彼の身のこなしはかなり清廉されているし、まだ若いのにあまり隙がないからね。
「だから、わかるんです。剣士Fが、あのアリオス準元帥と少し似ていたことが」
「は……?」
なんだ。
いきなりなにを言うかと思えば、剣士Fと僕が似てるだって……?
「もちろん、似てるっていっても雰囲気だけです。身のこなしとか、気配の消し方とか……ちょっと似てるなぁって……。でも微妙に違うので、ご本人ではないと思うんですけど」
そりゃそうだ。
僕は剣士Fじゃない。
こんなところで同一人物と思われたら困る。
「でもあなた……すごいですね?」
ふいにアンが会話に割って入ってきた。
「アリオス準元帥の《気配の消し方》までわかるなんて……。相当なファンなのかしら?」
「ええ、それはもちろんです!」
くわっと少年が目を見開いた。
「ダドリー・クレイスとの決闘は、見てて痺れました! 今までは惰性で修行してたんですけど、あの試合を見て、もっと頑張らなくちゃなって思ったんです!」
……な、なるほど。
あの試合を見たからこその《ファン》か。
「だ、そうですよ?」
アンがいたずらっぽい目で僕にウィンクしてきた。
「アリオス準元帥、かっこいいですからね。私が取り入る隙もないくらい♪」
「そ、そうね。おほほほほ……」
こいつ……あとで説教してやる。
と。
そんな僕らの様子を見て、少年が疑問を投げかけてきた。
「そ、そういえば、あなたたちはいったい……? こんなことを聞いてくるなんて……」
「あ、そうですね。えっと……」
やばい。名前を考えてなかった。
僕は速攻で思考を巡らせると、自分でも呆れるほどのネーミングセンスを発揮して答えた。
「アリコと申します。アリコ・クレイス……。訳あって、この町の調査をしてまして……」
やばい。
咄嗟に考えたからか、あのダドリーの家名と被ってしまった。
「アリコさん……ですね。わかりました」
ふむふむと頷く少年。
よかった。納得してくれたようだ。
「あの……俺の名前はレニアス・アーベルンといいます。どうか、えっと……」
「? どうかしましたか?」
「あ、いえ! やっぱりなんでもないです! 失礼しました!」
少年――もといレニアスは、なぜか深々とお辞儀をしたあと、走り去っていった。
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