事件の裏側で②
第一王子レイファー・フォ・アルセウス。
レイの兄にして、次期国王として最も有力だった人物である。
知略は言わずもがな、スキル《叡智》によって師団長並みの戦闘力を持つ。
それのみならず、誠実な人物として評判はかなり高かったのだが――
その正体は……テロの首謀者。
みずからの信念をもとに、アルセウス救済党と結託し、テロを企てた張本人である。
「レ、レイファー殿下っ……!」
ゲーガはなおも目を見開いていた。
再会がよほど嬉しいのだろう。
両手両足を拘束されながらも、ジタバタともがいている。
「レイファー殿下、お待ちしておりました! さ、さあ、早くアジトに戻りましょうぞ! またともに、アルセウス王国を良き未来へと導こうではありませんか!」
「…………」
しかしレイファーは浮かない顔つきでゲーガを見下ろすままだ。かつてテロを首謀した人間とは思えない、物憂げな表情を浮かべている。
「……兄様」
「ええ。わかっていますよ、レイミラ王女殿下」
レイの問いかけに、レイファーは短く頷くのみだ。
――そう。
かつての同胞として、アルセウス救済党を宥められるのは彼しかいない。
そう判断し、レイがここに呼び寄せたのである。
もちろん、念のため、レイファーの両腕にも魔力制御のリングが嵌めてある。
血の繋がった兄にこんな措置を取るなんて、レイも心が痛んでしまうけれど――
それでも、この役目を頼めるのはレイファーしかいなかった。
党首マヌーザでもいいのだが、彼はダドリーとの戦闘時に両足を負傷している。そういう意味でも、この場はレイファーが適任だった。
「ど、どうしたのですかレイファー殿下! 王国再建のときを目指して、我らの正義を全国民に……」
なおも騒ぎ立てるゲーガに。
レイファーはあくまで静かに告げた。
「ゲーガ君。きみはたしか、古株の党員だったよね? アルセウス救済党の前身である《王国を救う会》……その当初からいたと聞いている」
「ええ! もちろんです! 当時から私の闘志はなくなっておりません!」
「そうだね。私もそう思うよ」
レイファーはそこで一拍置くと、改めてゲーガに問いかけた。
「当時の《王国を救う会》は、普通の活動団体だった。デモや講演会の数々……私は、頼もしさを感じていたよ。漫然と生きようとする若者のなかに、しっかりと力強く生きようとする者もいるのだ、と」
「レ、レイファー殿下……」
「……それが、14年前だったかな。王国を想う心が暴発し――同団体は《アルセウス救済党》になった。今まではデモ活動だけに留めていた活動に……暴力が伴うこととなった」
「…………」
「わかっているだろう、ゲーガ君。私たちは……」
「レイファー殿下……っ!」
そこでゲーガが吠え立てた。
「影石がどうあろうと、我らを背後で操った人間がいようと……関係ありません! 我らの正義は、マヌーザ様とレイファー殿下の元にあります! だから、だから……!」
「ゲーガ……」
「く、くぅぅぅぅぅぅううう……!」
自分でも無茶を言っているのがわかってるんだろう。
ゲーガはそのまま滂沱の涙を流し、うつむいた。
――そう。
アルセウス救済党の前身は《王国を救う会》。
勢力的な若者が集う一方で、暴力的な行動は絶対取らなかったと聞いている。
それが豹変したのが、14年前。
レイもなにか怪しいと踏んでいたが……やはり影石や異世界人の仕業だったか。
亡きフォムスの変わりっぷりを見ても、影石の影響は計り知れない。
「ゲーガ。私がこんなことを言う立場ではないことは重々承知している。だが――改めて言わせてほしい」
レイファーは暗い表情ながらも、決意を称えた表情でゲーガを見据えた。
「――解散だ。アルセウス救済党は、本日をもって解散。党首のマヌーザも、それを望んでいることだろう」
「あ…………!」
いっぱいに目を見開くゲーガ。
「レイファー殿下……。我らの正義は、我らの半生は…………!」
「すまない、ゲーガ。わかってくれ……
「く……。う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ……!」
ゲーガは上半身を丸め、絶叫をあげるのだった。
★
数分後。
ゲーガとの対面を終えた後、レイファーは静かにその場を後にした。
もちろん、両端には兵士がついている。
両の腕をしっかり固定され、弱々しく歩くさまはなんとも痛ましかった。
――そんな兄に、レイは話しかけずにいられなかった。
「お兄様!」
その声に、レイファーはぴたりと足を止めた。
気を遣ってくれたのか、左右の兵士も同じく立ち止まる。
「レイミラ。私は嬉しく思うよ。君はしっかりやってくれている。私が玉座に座らなくとも――君さえいれば、王国は安泰だろう」
「お兄様……私は、いまでもあなたをお慕いしております。ですからまた、いつか……ともに王国を導いてまいりましょう」
レイはまだ忘れていない。
幼き頃、レイファーとともに遊んだ日々を。
誠実で優しさに溢れた兄の本質を。
そういったところが、まさしく異世界人に狙われる一因になったのだろうが……
それでも、兄との思い出はレイにずっと残っている。
「はは……。まさかまだ、そのように言ってくれるとはね……」
レイファーは力なく笑うと、さっと身を翻した。
「私は……自分の罪を償うよ。生きているうちに償いきれるかはわからないけれど……少しでも、王国が前を向いていけるように」
「レイファー兄様……」
「はは……私はもう、君に兄と言われる立場でもないんだがね……」
レイファーの両目がそこで揺れた。
彼にも思うところがあるんだろう。
「それでは……レイミラ王女殿下。私は、これで失礼いたします」
レイファーは深く礼をすると、両の兵士に連れられ、その場を後にするのだった。