おい、急に持ち上げるな
「案内といっても、特になにもないんですけどね」
僕の前を歩きながら、カヤが苦笑を浮かべる。
「でも、静かですし自然も多いですし……気に入ってもらえると嬉しいんですけど」
「はは。ありがとうございます。大丈夫ですよ」
レイもそうだが、僕もずっと皇都で過ごしてきた身。だから心配されているんだろう。ラスタール村での暮らしが、僕に合うかを……
実際に、村は本当に静かなものだ。
皇都では昼夜問わず人が行き交っているのに対し、僕たちはいま、誰ともすれ違っていない。
みんな家にこもっているのか、元々の人口が少ないのか……たぶん両方だろうな。皇都出身の僕には新鮮な光景だ。
小規模ながら、村にはいくつかの施設が存在するらしい。
冒険者ギルド。
子ども用の学び舎。
その他、商店など。
だが、それらすべてを見回るのは明日がいいだろう。
寝静まっている村でギャーギャー騒ぐのは得策ではない。この村にお世話になる(予定の)僕の今後にも関わってしまう。
あと、正直ちょっと眠いんだよな。
今日は色々あったからね、仕方ないね。
僕がそう提案すると、カヤはちょっと残念そうに
「わかりました」
と告げた。
「できればアリオスさんに剣の手ほどきをしてほしかったんですが……今日は仕方ないですね」
「は? 剣の手ほどき?」
なに言ってるんだ。
Aランクの冒険者に教えられることなんてなにもないぞ。
「はい。先程の腕前はお見事でした。鳳凰剣……といいましたっけ?」
「いやいや。あんなのは父上に比べればまだまだですよ」
ちなみに父――リオン・マクバの強さは、冒険者ランク換算でS。
世界に数人しかいないと言われるSランクと、ほぼ同等の力を有していると言われている。
「あらあら、駄目よカヤ。今日は私が手ほどきしてもらうんだからね♪」
急に会話に割り込んでくるのはレイ。しかも僕の腕を掴んでいる。
「いやいや、おまえもなにを……」
レイは剣を使えないだろ。
なんの手ほどきだ。
「ほんっっっと、まわりに人がいなくて良かったわ。あんたは少しくらい立場をわきまえなさい」
カヤも呆れ気味だ。
「……まあ、それはともかくとして。ね、アリオスさん」
一転して表情を引き締めるカヤ。
「あなたの話は聞いてます。さぞ、お辛い思いをしてきたでしょう」
「……やはり、ご存知でしたか」
神官から《外れスキル》を告げられた、あの日。
あれから一週間ほど経っているとはいえ、この口コミの早さは脅威的である。まあ彼女はAランク冒険者だし、情報に接しやすい立場なのかもしれないが。
「《剣聖》を継げなかったこと、きっとお気に病んでいると思いますが……先程の戦いを見て思いました。アリオスさんこそ、これからの時代に必要な剣士であると」
「え……」
「ですから、あまり気になさらないでください。アリオスさんは、いまのアリオスさんで充分素敵ですよ」
はは。
なんというか……あれだな。
僕のこと、めちゃくちゃ過大評価しているというか……
うん。でも素直に嬉しかった。
僕なんか、生きる価値すらないと。
本気でそう思っていたから。
「うん! 私もそう思う!!」
レイも手を挙げて賛同を示す。
「あのダドリーとかいう奴より、アリオスのほうがよっぽど立派よ。きっと今頃、リオンさんも苦労してるんじゃないかなー?」
「そうかな……」
そういや、性格が最悪っていう話だったな。
でも――父上はあの元孤児を選んだんだ。
実の息子たる僕より、《白銀の剣聖》というスキルを持つあの男を。
いまさら戻る気はない。
「……さて、長々と失礼しました。今日はもう解散ですね」
長い沈黙をカヤが破った。
「それで、今日はどこに泊まりますか? レイのお母さんの実家?」
「うん。そうね。そうしたいわ」
「わかったわ。……あんた、アリオス君に手出したら駄目よ。立場を考えなさいよね立場を」
「え? なんのことかしら」
どこ吹く風のレイ。
「二人とも、なんの会話をしてるんだ……」
そんな二人に、僕はただただ呆れるばかりだった。




