おい、急に抱きつかれたぞ
さて。
レイと離れてから、だいたい一時間ほど経っただろうか。
戦闘自体は短時間で済んだが、移動と死体処理で結構経ってしまった。
その間、レイにはずっと馬車で待ってもらっていたんだよな。
皇族たる彼女を危険に晒すわけにはいかないし、しかも敵は指定Aの魔物だ。
だから仕方ないとはいえ、申し訳ないことをしてしまったよな。なにかプレゼントでも持っていこうか。
そんな後ろ向きなことを考えていたにも関わらず――
「アリオスーっ!」
僕が馬車の客室に戻るや、レイは急に抱きついてきた。
「!?」
当たってる当たってる。
なにがとは言わないが。
「お、おい! どうしたんだよ!」
「よかった……。無事だったんだね……」
というか泣いてるじゃんか。
心配しすぎだろ。
「大丈夫だっての。こんくらいでくたばったりはしないさ」
「ほ、ほんと……?」
まあ……無理もないか。
相手があのジャイアントオークだからな。
Aランク冒険者が三人もいたとはいえ、《もしも》がないとは言い切れない。
「心配だったんだよ。アリオスになにかあったら……どうしようって……」
「そうか……。ありがとな」
僕はレイの頭を数秒だけ撫でると、後ろ手に持っていた花を差し出す。
プリシア。
ほんのり桃色に輝く花で、彼女が昔から好きだったものだ。幼い頃、こっそりこれをプレゼントしていたのを覚えている。
「すまんな。これくらいしか渡せるものがなくて……迷惑かけたこと、許してくれ」
するとレイは薄く頬を染め、
「ううん……いいの。いいんだよ」
と頷いた。
さて。
ラスタール村に到着した頃には、すっかり陽が沈んでいた。
皇都と違って、村にはさほど光源がない。ところどころに設置された外灯が、薄く輝いているだけ。
実に静かなものだ。
けど――悪くない。
外れスキル所持者として悪評の広まってしまった僕には、これくらい静かな場所がちょうどいい。どうせすることもないしね。
「あ! アリオスさん、待ってましたよ!」
馬車を降りた僕を、さっそくカヤが出迎えてくれた。めちゃくちゃ笑顔である。
「はは……さっきぶりですね、カヤさん」
うん。
改めて見ると、カヤはかなりの美人だ。
戦場ではこんなこと気にかける余裕もなかったけれど、スタイルもめちゃくちゃいい。さぞモテるだろう。
歳は僕よりちょっと上くらいだと思うが、その若さでAランク冒険者だもんな。ギルドでもかなりの有望株だと思う。
「ごめんなさいねー。できればみんなで歓迎したかったけど、急だったから……」
「いやいや。気にしなくていいですよ」
そこまでしてもらうのはさすがに悪い。
「じゃあ、案内しますね。こっちへ――」
「あ、ちょっと待ってください。もうひとり、同行者がいますので」
「え……?」
目をぱちぱちさせるカヤ。
そんな彼女を尻目に、僕は客室へ手招きする。
「おーい。もう入ってきていいぞ」
「はーい!」
快活な返事とともに姿を現すは、レイミラ・リィ・アルセウス。
変装してはいるが、きっとラスタール村の者ならわかるだろう。彼女の正体を。
「え!? え!? ちょっと待って、まさか……!」
当然のように動揺するカヤに、レイは舌を出して笑う。
「へへ。ごめんねカヤ、遊びにきたよ」
「遊びにきたって、あんた……!」
動揺しまくるカヤだが、近くに御者がいることを考慮してか、これ以上はなにも言わない。
その代わり小走りでレイに近寄るや、小声でヒソヒソ話し出す。
(あ、あんたなにやってんの……!? 年頃の姫様が男性と二人きりで馬車に乗るなんて……見つかったらどんな噂が広まるか……!)
(ふふ。それはそれでやぶさかじゃないけどね?)
(す、すこしは立場を考えなさいよ……)
(あらあら。そんなこと言って、カヤがアリオスを狙いたいだけじゃない?)
(うっ……)
うーん。
会話の内容までは聞き取れないが、この二人、かなり仲が良いみたいだな。
昔からの友達という感じがする。
それから僕たちは御者に代金を払うと、改めてカヤに村を案内してもらうことになった。