おい、女神から託された《裏チートコード操作》が最凶すぎるんだが
今回は「マンガがうがう」アプリにてコミカライズが掲載されたことを受け、7000字超えのスペシャル回となります。
最初は無料で読めるので、どうぞよろしくお願い致します。
ポージ旧校舎前。
予想通りというべきか――そこは不気味な雰囲気に包まれていた。
くたびれかけた門の先、広大な敷地のなかにいくつもの建物が存在する。だがそれはほとんど半壊しており、原型を留めているものは見当たらない。
たぶん、教師による《自爆》に巻き込まれたせいだろうな。
伸び放題の雑草に、港町ポージよりも濃密な霧……
それらによって、ポージ旧校舎は薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。
「ちょ……ちょっと、アリオス準元帥」
全身を震わせながら、アンが僕に腕を絡ませてくる。
「……まさかここ、出たりしないですよね?」
「出るって……なにが?」
「そ、そのあれですわ。最初に《ゆ》がついて、最後に《い》がつくやつ……」
「ん……?」
一瞬考えてしまったが、すぐに合点がいった。
「そうか。アンは幽霊が怖いのか?」
「ち、ちちちちちちち違います! 決してそのようなことはありません!!」
「…………? なんだよ、怖いなら怖いってはっきり……」
「違います! 断じて怖くはありません!」
「そ……そうか」
よくわからないが、本人が怖くないと言うならそうなのだろう。
「……幽霊かどうかはわからないけど。でも、たしかに不穏な気配はうっすら感じるな。特に……そうだな、あのあたりに」
そうして僕が指さす先には、一際大きな木造建築。
たぶん、あそこだけ《自爆》から逃れられたんだろうな。
ほとんどの建物が崩れ落ちている敷地内において、あれだけが原型を留めている。元は校舎にあたる部分だったようで、そこそこ大きな建物だな。
「カーナ。このあたりで、魔物が出没したことは?」
「いえ……ありません。もちろんポージ旧校舎も定期的に巡回していますが、魔物が出たことは……」
「ふむ……そうか……」
ということは、ここ最近になって魔物が急に出没したということか。
――本当にビンゴかもしれないな。
あの校舎内に、《不審者》がいる可能性がある。
それが幽霊かどうかはわからないけれど――もし違ったとしても、不穏な気配を感じてしまった以上、放っておくわけにはいかないだろう。
「……というわけだ。アン、行けるか?」
「も、もももちろんですわ!」
ぎゅっと拳を握り、意を決したように敷地を見据えるアン。
「第0師団の代表として、ここは臆するわけにはまいりません! 私、がんばります!」
「――いいや。目障りだ。帰ってくれないか」
ふいに聞こえてきたその声に、アンが肩を竦ませる。
視線をそちらに向けると、そこには思わぬ人物がいた。
冒険者たちだ。
ひとりは赤いロングヘアの勝ち気そうな女性。
もうひとりは短い金髪の気弱そうな女性。
名乗らずともわかる。
二人とも相当の実力者であり……ランクでいうならAにあたるだろう。
……まあ、名前を聞いても答えてくれそうなさそうなので、完全に推測となってしまうが。
「あんたたちは冒険者の……。なにをしにきたのだ」
そう訊ね返すカーナだが、赤毛の女性冒険者は意にも介さない。
「決まってるだろ。自分の町は自分で守る。あんたら軍の出番はない」
なるほど……。やはりそうきたか。
《ポージ旧校舎》が怪しい件は、昨日の今日でわかったこと。だから軍に仕事を取られないよう、負けじと駆けつけてきたんだ。
「な、なにを言っているのだ……!」
ややイライラしているかのように、カーナが一歩前に踏み出す。
「争うのではなく、協力して戦うべきだと……いつも言っているだろう! 相手の正体もわからんのだぞ!」
「はっ、てめぇら軍と協力だって? ははははっ、笑わせるなよ!」
そう言ってケラケラ笑う赤毛の冒険者。
まったく取りつく島がないな。
どうしてここまで軍を敵視するのかはわからないが……この様子だと、たぶん説得しても無駄だろう。
だが一応、言うべきことは言っておかねばなるまい。
そう判断した僕は、冒険者たちを見渡して言った。
「あそこからは妙な気配を感じます。あなたたちなら大丈夫かと思いますが……どうか、お気をつけてください」
「あん、てめぇは……」
「申し遅れました。アリオス・マクバです。この町に現れた《不審者》の謎について……必ず解決していきたいと思っています」
「アリオス……。てめぇが、あの……」
なんと。
幸か不幸か、彼女も僕のことを知っていたようだな。
目を大きく見開き、僕の全身を見渡している。
「ふん。関係ねぇ。私は私の道をいくだけだ。――いくぞ、ミルア」
「う、うん……!」
ミルアと呼ばれた金髪の冒険者が弱々しく返事すると、二人はそのままポージ旧校舎に向かっていってしまった。
「なんですのあの二人!」
冒険者たちが去ったあと、アンが激しく地団駄を踏んだ。
「下手に出てればいい気になって……! あのわからず屋! ボケナス野郎!」
「まあまあ……落ち着けって」
苦笑を浮かべながら諫める僕。
さすがに《ボケナス野郎》は言い過ぎだが……さりとて、アンの気持ちはよくわかる。
僕らだって、ポージ港町のためにここまでやってきたのだ。
過去に王国軍とどんな対立があったのかは不明だが、あそこまで言われる筋合いはない。本当に町のことを思うなら、ここは協力体制を築くべきなのに。
だがまあ……そのへんの疑問は後回しでいいだろう。
いまはそれどころではあるまい。
「さて……アン。カーナ。そろそろ行こう。嫌な予感がする」
「嫌な予感……? どういうことですの?」
「わからない……。だけど、妙な胸騒ぎがするんだ」
ポージ旧校舎から感じる、たとえようもない不安感。
あの二人は腕が立ちそうな冒険者だったし、滅多なことは起きないと信じたいが……
僕はなぜか、不安を拭いされずにいるのだった。
そうして歩みを再開して、数分が経った頃。
「…………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
突如、旧校舎から悲鳴が聞こえ、僕らは顔を見合わせる。
いまの悲鳴は……間違いなくさっきの冒険者のものだ。
嘘だろ。
もう窮地に陥ったってのか?
あの二人がすぐさま追い詰められるということは――それだけの敵がいるってことか。
「くそ……!」
なりふり構っていられず、僕らは走り出すのだった。
★
「う、嘘だろ……!?」
旧校舎の内部では、僕の想像だにしない光景が広がっていた。
漆黒の瘴気が、床一面に漂っているのだ。
別に触れたところで何かが起きるわけではない。
だが、この雰囲気は……《影石》の放つ漆黒の波動によく似ていた。
それだけではない。
「ゴォォォォォォォォォオオオ……!」
「ガァァァァァァァァ……!」
驚くべきことに――数えきれないほどのジャイアントオークが沸いているのだ。しかもかつてラスタール村近辺で戦ったときと同様、漆黒のオーラを身にまとっている。
これでは、いかに凄腕の冒険者でも勝ち目がないだろう。
「嘘でしょ……」
さしものアンも顔面蒼白で立ち尽くしている。
無理もない。
一体だけでも圧倒的な強さを誇るジャイアントオークが、数えきれないほどに湧き出しているんだからな。
これを悪夢と言わずして、なんと言うべきか。
「と、とにかく、あの二人だけでも助けないと……!」
慌てた様子で剣を抜くアンだが――
「いや待て!」
僕は右手を突き出し、彼女を一喝する。
「――来るぞ! まずは自分の身を守ってくれ!」
「……へ」
アンが目を丸くした、その瞬間。
僕らを囲むようにして、新たに複数のジャイアントオークがどこからともなく現れるではないか。
例によって、すべての個体が漆黒のオーラに包まれているな。普通のジャイアントオークよりも強そうだ。
「な、なななななななな!!」
カーナがぎょっとしたように飛び跳ねる。
「なんなんだこれは!? どうしてこんなことに……!」
身体を震わせながらも、戦闘の構えを取るカーナ。
この状況でも剣をとる心意気は立派だが……かなり怯えているようだな。足が震えっぱなしだ。
「まさか……。さすがにこれは予想外でした」
アンもさすがに冷静じゃいられないようだな。
慌てて剣を構えているが、顔が真っ白である。
「くっそぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!」
そして数メートル先では、赤毛の剣士が雄叫びをあげていた。
なんと、あちらでは金髪の冒険者――たしかミルアといったか――がやられてしまったようだ。地面に横たわったまま身じろぎもしない。
あの赤毛の冒険者は……そんな仲間を守りながら懸命に戦ってるようだ。
だが、あれでは長くは保つまい。
「アリオス準元帥……。まさかこんなことになるなんて……」
剣を構えながら、アンが悔しそうに歯噛みする。
「これじゃ、あの人たちを助けるどころか私たちが危ないです……! いったいどうしたら……!」
「ああ……さすがにこれは……」
僕もここまでの事態は想像していなかった。
まさかこんな窮地に陥るとはな。
ジャイアントオーク一体だけならどうにかなるが、よもやこれほどの数と戦うことになるとは……
「いや……まだだ」
こんなところで挫けてる場合じゃない。
まだまだ――できることはあるはずだ。
スキル《チートコード操作》発動。
――いま使用する能力は、これだ。
「ウィーン! 頼む!!」
「合点承知の助!!」
途端、僕の隣に巨大な古代兵器が出現した。
しかも、この状況を察していたようだな。戦闘モード3――なんとジャイアントオークよりさらに大きな姿となって現れた。
「フフフ……。アリオス様、イザトイウトキ二呼ンデクダサッテ、嬉シク思イマスヨ」
「悪いな。この場……頼んでもいいか?」
「モチロンデゴザイマス。コイツラゴトキ――」
「アァァァァァァァァァアア!!」
ウィーンの言葉の途中で、一体のジャイアントオークが襲いかかってきた。
棍棒をぶんぶん振り回しながら、ウィーンに飛びかかるが……
「――屁デモアリマセン」
ウィーンはジャイアントオークの腕を掴み上げるや、なんとそのまま地面に叩きつけるではないか。
ドォォォォォオン!
というすさまじい破砕音が周囲に響き渡る。
「オヤオヤ。アリオス様トノ会話ヲ邪魔スルナンテ……イケナイ子猫チャンデスネェ」
「は……ははは……」
思わず苦笑を浮かべてしまう僕。
本当にすごいな。
あのジャイアントオークをして《子猫ちゃん》とは。
「う、嘘だろう……!? ジャイアントオークをぶん投げた……? っていうかこのでっかいの、誰!?」
「話には聞いてましたが……まさかここまでとは……」
ウィーンの勇姿に、カーナもアンも目を見開いたまま立ち尽くしている。
まあ……そりゃそうだよな。
誰だってこんなもん見せつけられたら驚愕する。
「さすがだなウィーン。この場は……頼んでいいか」
「エエ。モチロンデゴザイマス」
いつものように上半身だけをくるくる回しながら答える。
「子猫チャントノオ遊ビニハ慣レテイマス。ドウカオ任セアレ」
うん。
ウィーンの強さは僕が身を以って知っているからな。
ここはウィーンに任せて、僕は一刻も早くあの二人を助けなければ。
「がはっ!」
見れば、さっきの赤毛の冒険者は危機一髪の状況に陥っていた。
ジャイアントオークに剣を弾かれてしまったのだろう。武器も持たぬままに尻餅をついている。しかも立ち上がることもできない様子だ。
「く……くそ……。お、おい! やめろ! 近づくな!」
「ゴルァァァァァァァァァァァアアア……!」
冒険者の悲鳴を楽しむがごとく、ジャイアントオークがゆっくりと棍棒を掲げる。
あと数秒もすれば冒険者に振り下ろされてしまうが……それだけの時間があれば充分だった。
「おおおおおおっ!」
僕は全力で駆け出し、横からジャイアントオークに剣撃を浴びせる。
もちろん、攻撃力アップ(中)をかけることも忘れない。
「グルァァァァァァァ!」
たったそれだけで強い衝撃を感じたのだろう。
ジャイアントオークは醜い悲鳴をあげながら、大きく後方に吹き飛んでいった。かつて攻撃力アップ(小)を使ったときは尻餅をつかせるだけに留まったが、あれから僕も成長したってことだな。
――だが。
「はは……本当にこりゃ、キリがないな……」
いまはこれしきで安心できる状況ではない。
「グルルル……」
残りのジャイアントオークが、僕に殺意のこもった視線を向けている。棍棒をもてあそびながら、少しずつ僕に距離を詰めている。
と。
「あ、あんた……さっきの……?」
赤毛の冒険者が、尻餅をつきながらも訊ねてきた。
「な……なにしにきたんだよ。まさか……私らを守るとか言い出さないよな?」
「ええ。あなたがたは絶対に僕が守ります。ですからどうかご安心ください」
「…………なに言ってんだよ。この状況、勝てるわけがないだろうが……」
「いえ。必ず活路を見出します。なんとしても」
初めてジャイアントオークと戦ったときから、本当に色々あったからな。
だから僕ひとりでも、ある程度は戦えると思う。
問題は二人を守る必要があること。
特にミルアと呼ばれた冒険者は重症を負っているようだ。自力で動くこともできない様子だから……ここは慎重を期さねばならない。
と。
「あれは……?」
近くの床にて、僕は見覚えのあるものを見つけた。
確認するまでもない。
紅石だ。
たしか、異世界人に対抗するために女神が現代に遺したものだったな。
影石に対抗する力を秘めており、あれを発見すれば僕の《原理破壊》がより強くなるという……
「冒険者さん……あれは……」
「ふん。知るかよ。ジャイアントオークを殺したら出てきたんだ」
「ジャイアントオークから……」
なるほど。それも以前と同じか。
考えてみれば、なぜ魔物たちの体内に紅石があったのかは不明のままだな。
だが、いまは……
僕は急いで紅石を掴み上げると、小さく掲げてみせた。その瞬間、ほのかなきらめきが発生し、僕の全身を優しく包み込む。
「おい……あんた、こんなときになにやってんだよ」
怪訝そうな目つきで僕を見つめる赤毛冒険者。
「いや……これはまた、すごい力だと思いましてね」
「は……?」
目をぱちくりさせる赤毛冒険者だったが、実際、僕の視界に映っている文字列は常軌を逸するものだった。
――――
原理破壊一覧
・飛翔
・転移
★異世界人化
――――
――異世界人化。
またまたとんでもないものが出てきたものだ。
字面からなんとなく意味はわかるが、もしその通りなのだとしたら……
「…………」
正直、ぶっつけ本番でこれを使うのは躊躇いがある。
女神の遺したものだから危険はないはずだが、どう見ても不穏な能力名だしな。
だが――この際、四の五のいっていられまい。
この絶望的な状況を切り抜けるためにも……できることはすべてやっておく必要がある。
「ガァァァァァァァ!!」
その隙に襲いかかってきたジャイアントオークを吹き飛ばしつつ、僕は小さい声でつぶやいた。
「スキル発動――《原理破壊》。異世界人化を使用」
ドォォォォォォォォオオオ! と。
すさまじい轟音を響かせ、僕の周囲にドス黒いオーラが出現した。身体の芯から力が沸き起こり、まるで力が何十倍も強くなったようにさえ感じられる。
「おいおいおい……」
まさか本当に、こうなるとはな。
この力……本当に異世界人そのまんまじゃないか……!
「な……あ、あんた、いったいなにをしたんだ」
僕の急激な変化に、赤毛の冒険者も驚愕を隠せないらしい。
それもそのはず。
いまの僕は《剣聖》などとは程遠い……見るも邪悪な雰囲気を漂わせていた。漆黒の霊気に包まれ、まさにフォムスやレイファーと同じ現象が起きている。
しかしながら、彼らのように理性を失ってはいない。
むしろ以前よりも研ぎ澄まされた感覚に、僕自身が驚いていた。
「はは……この力……。女神様もとんでもないものを僕に遺したもんだ」
あろうことか、二千年前に戦ったであろう異世界人の力を僕に託すなんてな。まさに常軌を逸しているというほかない。
そして。
――――
《異世界人化》を使用している間は、《チートコード操作》に変化が現れます。
非常に強力な反面、危険ですので使い方には気をつけてください。
★《チートコード操作》が《裏チートコード操作》に変化しました。
使用可能な裏チートコード一覧
・魔眼
・破壊
・殲滅
――――
「な……!」
これにはさすがに驚嘆した。
なんだよ《裏チートコード操作》って。
こんなの……やばすぎるだろ。
だが。
「「「グォォォォォォォォオオ!!」」」
どういうわけか、ジャイアントオークは一向に減る気配がない。
いや、むしろその逆……
おぞましいことに、倒してもまた沸き続けているようだ。詳しい原理はわかりかねるが、この空間に充満する瘴気がそうさせているのか。
普通に戦ってもキリがない。
だったら……このやばすぎる能力を使うしかないだろう。
スキル発動。《裏チートコード操作》。
使用する能力は――魔眼。
途端、僕の右目から赤色の霊気が放たれた。
僕が敵と認識した敵すべてが……その霊気に取り込まれていく。
その瞬間――驚くべきことが起こった。
「ガァァッツ!?」
まるで見えない力に押さえつけられたかのごとく、すべてのジャイアントオークが地に伏せたのだ。
「グググ……ガガガ……!」
しかもそのまま動き出せないようだな。
苦しそうにうめき声をあげるのみで、立ち上がる個体はどこにもいない。
「これが……魔眼……」
僕が敵と認識した相手のみ、身体の動きを完全に封じる効果があるようだな。
しかも、他に《破壊》と《殲滅》もあるんだよな。
……殲滅って、まさか文字通りの意味だろうか?
不吉な能力名だが、これは女神が用意してくれたスキル。
こちらに害が及ぶことはあるまい。
そう判断した僕は、裏チートコードの《殲滅》を選択。
その瞬間――
「「「「グァァァァァァァァ!!」」」」
あれだけ多かったジャイアントオークの群れが、白目を剝いて動かなくなった。