おい、絶対に性転換するからな!
「わぁ……!」
港町ポージの外観を見渡し、アンが瞳を輝かせる。
「綺麗……。アリオス師匠、すごく、すごく綺麗ですよ!!」
「はは……そうだな」
ややオーバーリアクションな気もするが、さりとて彼女の気持ちはよくわかる。
港町ポージ。
資料にもあった通り、広大な海に面した町だ。潮の香りが鼻をくすぐり、長らく王都で暮らしてきた僕にとっても新鮮な場所だった。
あちこちで船が止まっており、ときおり汽笛の音が聞こえるのも、港町ならではか。
「アリオス師匠……でもなぜか、空気が白いですね?」
「ああ。元々そういう場所なんだろうな」
僕らの前方には広大な海、そして後方には高くそびえる山道。
ロルガに渡された資料によると、これが霧の発生しやすい条件になっているという。
「でも……アリオス師匠。空気が白くなりやすいんだとしたら、隠密行動もしやすくなるかもしれませんよ」
「アン……」
なるほど。
言われてみればそうだな。
《隠密》スキルを持つ彼女ならではの視点だろう。
――意外と、アンを連れてきたのは正解かもしれないな。
石橋が破壊されていたことといい、なにやら尋常でない予感がする。もちろん杞憂であってほしいのだが。
「アリオス準元帥! お待ちしておりました!」
ふいに前方から名前を呼びかけられた。
視線をそちらへ向けると、甲冑を身にまとった兵士の姿。
どうやら迎えにきてくれたみたいだな。
「第三師団所属のカーナと申します! アリオス準元帥、どうか自分に案内させてください!」
びしっと敬礼を決めるカーナ。
その精錬された動きからは、厳しい訓練に耐えてきたであろうことが容易に推察できる。
「ありがとう。わざわざ来てくれたのか」
「はい! それはもう、準元帥でありますから!」
……まあ、たしかに実質的には軍のトップだからな。
だから立場上、どうしても僕が上になってしまうのは致し方ない。
「……ロルガさんからは不審者がいると聞いてきたが。特に異常なしか?」
「ええ。現在、ギルドと結託して警戒態勢に入っていますが、特に異常なしであります」
「そうか……」
ならばひとまずは安心できるか。
「それからもうひとつ。王都へ繋がる石橋が破壊されていたんだが……なにか聞き及んでいるか?」
「はっ!? 石橋でありますか!?」
「ああ。真っ二つに分断されていたぞ」
「い、いえ……。聞き及んでおりません。昨日は異常なかったはずですが……」
昨日か。
ってことは、本当につい最近壊されたみたいだ
な。
まあ仕方ない。
町から石橋まではそこそこ離れているので、あそこまでしっかり警戒するのは無理がある。
「承知しました。そちらにつきましてはこちらのほうで対応させていただきますが……」
「ん? どうした?」
なんか歯切れが悪いぞ。
「いえ、石橋が破壊されていたんですよね? どうやって来られたのかなと思いまして……」
ああ、なんだそんなことか。
「転移能力さ。たいしたことじゃない」
「転移能力……。は、はははは……」
乾いた笑いを浮かべるカーナ。
「剣のみならず、転移までできるなんて。噂通り……本当にすごいお方ですね」
「ふふ。そうでしょ♪」
なぜだかアンが嬉しそうに胸を張った。
「いたいっ」
そんな彼女にチョップをかますと、僕は改めてカーナに向き直る。
「来て早々申し訳ないが、まずは宿まで案内してくれないか? 荷物があると動きにくい」
当然のことながら、ラスタール村よりは大きいわけだからな。
一見しただけだと、どこに宿があるのかわからない。
「宿ですね。承知しました。それではご案内します」
カーナは再び敬礼すると、くるりと振り向き、先に歩き出した。
彼にならって、僕とアンも歩き出す。
「アン? どうだ?」
「……なにも感じませんね。とりあえず、いまは安全そうです」
「そうだな。僕も同感だ」
念のため周囲の気配を探るが、不穏なものは感じられない。
まあ、大丈夫か。
冒険者も協力してくれていることだし、もし何かがあっても迅速に対応できるはずだろう。
そして。
「見て……あれ……」
「もしかして、アリオス様じゃないか……?」
「まさか。準元帥になられたっていう、あの英雄の……!?」
さすがに準元帥就任のニュースはここまで広まっているみたいだな。
さっきから視線が痛い。
「ふふ……さすがはアリオス準元帥。人気者ですな」
カーナも苦笑気味だ。
「やめてくれ、胃が痛くなる」
持っててよかった《チートコード操作》。
絶対に性転換してやる。
「む……!」
と。
ふいにカーナが表情を強ばらせ、その場に立ち止まった。
「アリオス準元帥。お気を悪くしないでください」
「…………」
なにやら尋常でない雰囲気だ。
カーナと同じ方向に視線を向けると、そこに見るも懐かしい男たちの姿を見た。
「あれは……」
「ええ。冒険者のようです」
やはりか。
横方向から、数人の冒険者らがこちらを睨んできている。あからさまな敵意は感じないが、どう見ても友好的な態度ではない。
そうだな……だいたいC~Aランクの冒険者だろうか。
あそこに見知った顔はないのが救いか。
「なるほど……。色々と事情があるってことかな」
「ええ……。国防を重視する王国軍と、民間を守る冒険者ギルド……。似たような組織でありながら、それぞれの立場から対立することはありました」
「ふむ……」
やはり、そういったところだろうな。
かつての第19師団も、レイファーの命を受けてラスタール村を無理やり《護衛》しにきたしな。
ああいう一面が、ギルドにとっては横柄だと思われかねないわけか。
……笑い話だな。
かつてギルドに在籍していたからこそ、彼らの気持ちもなんとなくわかってしまった。
「…………」
カーナが凄みの効いた視線を返すと、冒険者たちはそそくさと退散していった。もちろん謝罪の言葉などはいっさいなく、終始無言だ。
「カーナ。不審者の捜索は……冒険者とも協力してるんだよな?」
「ええ。建前はそうなっていますが、正確には《競い合っている》のが実状でしょうか」
「そうか……」
こりゃあ前途多難だな……
石橋が破壊されていたことといい、もしかすれば一筋縄じゃいかないかもしれないぞ。
「まあいい。カーナ、とりあえず宿までの案内を頼む」
「承知致しました」