おい、もう二回目はないぞ
港町ポージ。
その名の通り、広大な海に面した町である。主に漁業が発達しているが、近くに大きな山もそびえているため、狩猟も盛ん……
「――という町だそうだな」
「ふむふむ……」
昼過ぎ。
王都からの馬車に揺られながら、僕はロルガから渡された資料を読み上げていた。
さすがは第一師団長というだけあって、細部まで気が回る人物のようだな。出発する前、町に関する簡単な資料を手渡された。
さらに近辺の地図まで掲載されているようだ。不審者が目撃されたという場所に、わかりやすく星マークが書かれている。
「とりあえず、到着次第、宿に荷物をおろそう。詳しい調査はそれからだ」
「ふふ、承知しましたわ♪」
真向かいに座るアンの隣には、明らかにでかいバッグが三つ。
「……アン。荷物の半分はお菓子か?」
「なっ。ど、どどどどうしてわかったんですの!?」
ぎょっと目を見開くアン。
僕はふうとため息をつくと、頬杖をついて言った。
「さすがに持ってきすぎじゃないか? そんなに長く滞在するかもわからないぞ?」
「うう……いいんですの。私が一日で食べれば済む話ですわ!!」
「いやいや……さすがに無理だろ」
思わず苦笑を浮かべる僕。
でもまあ、彼女にとっては初めて王都を離れることになるわけだからな。今までずっとアウト・アヴニールのなかで過ごしてきて、人生初の遠征になるわけだ。
胸が躍るのも仕方ないし、それを咎めるつもりはない。やることをきちんとやっていてくれればな。
と。
「…………む」
一種の予感を感じ取った僕は、一瞬だけ表情を強ばらせる。
その瞬間。
ドォン! という轟音とともに、馬車が大きく揺れた。
「わ、わわわわ!」
割と強い衝撃だったので、アンが体勢を崩しかけている。
――っていうかこの状況、妙にデジャブがあるんだが……
そんなことを考えながら、僕はアンの身体を支えてあげた。両肩を優しく掴み、転倒することのないようにする。
「あ…………」
この際、どうしても距離間が縮まってしまうのは致し方ないよな。
彼女が倒れてしまうよりはよほどいい。
「アリオス師匠……ありがとうございます」
ピンク色に頬を染めるアン。
「すごいですね。馬車が揺れること、察知していたんですか?」
「まあ、前にも似たようなことがあったらからね」
あのときはレイの身体と密接してしまい、驚くべき感触が……
と、いまはそんなことを考えている場合ではない。
「すまない。ちょっと出てくるよ」
「え…………」
いまだ目をぱちくりさせているアンに頷きかけ、僕は馬車を出る。
すると案の定、御者が困りきった様子で立ち尽くしていた。
「どうかし――」
そう声をかけようとして、僕も思わず立ち尽くしてしまう。
――なるほど。そういうことか。
「あ、アリオス準元帥。申し訳ございません。こちらの不手際で揺らしてしまいまして」
僕に気づいた御者が、深く頭を下げる。
「いや。それはいいんだが……これはいったい……」
「ええ。私もまさか、こうなってるとは思いもよりませんでした……」
がっくり肩を落とす御者。
無理もない。
――目前にあったはずの橋が、綺麗に分断されているのだから。
ちなみにここは山道。
崖の下には渓流ががあり、見た感じかなりの高度がある。落ちたら無事では済まなさそうだ。
「ふむ……」
妙だな。
見る限り頑丈そうな石橋だが、自然に倒壊したのではなく、第三者によって破壊されていそうな雰囲気がある。
もし自然倒壊であれば、あのロルガが気を回してその兆しを教えてくれそうなもんなんだが。
というかそもそも、橋が自然倒壊するのはかなり危険なので、各地域の担当者が目を光らせているはずなんだが。
――まるで。
まるで王都からの訪問者を拒んでいるかのようだ。
……さすがにそれは考えすぎか……?
「おかしいんですよ。私が一週間前に通ったときは、なんの異常もなかったはずです。それが急にこんなことに……」
そう呟く御者も困り果てている。
「なるほど……」
港町ポージに現れたという、謎の不審者。
仮に異世界人と関連していなくとも、何かしら不穏なことが起きているかもな。
「アリオス準元帥。申し訳ないですが、この橋が通れないのであれば回り道をするしかありません。もう少々お時間をいただけますか?」
「――いや。その必要はない」
「へ……」
御者が目を見開く間に、僕はスキルを発動する。
今回は《チートコード操作》ではなく、《原理破壊》の出番だな。
――――――
原理破壊一覧
・転移
・飛翔
――――――
スキルを発動した途端、僕の半径20メートルまでが青色に染め上げられる。
この範囲においてのみ、《転移》と《飛翔》が可能になるんだよな。
以前までは10メートルが限界だったんだが、戦闘を重ねるにつれ、使用範囲が伸びたようだ。
そのおかげで、橋の向こう岸も問題なく青色に染められている。
「ア、アリオス準元帥。な、なんですかこれは」
「一気にあちら側までいく。一瞬だけ眩しくなるが、大丈夫だから気にしないでくれ」
能力発動。
――転移。
僕が心中でそう唱えた途端、僕らは馬車とともに新緑色の輝きに包まれ。
そして視界が開けたときには、橋の向こう岸に立っていた。
「な、ななななな……!」
さすがに驚いたのか、御者が目を丸くしている。
「アリオス準元帥……いったいなにを……!?」
「うーん、まあ一言で言うならワープみたいなもんかな?」
「ワ、ワープ……」
再び目を瞬かせる御者。
「噂は本当だったんですね……。アリオス準元帥はとうにリオン殿を超えているって……」
なんと。
そんな噂が広まっていたのか。
まあ、ヴァニタスゾローガを倒したことが広まってしまったのだから、そう思われるのも無理はないが……
ちなみに現在、改めてリオンの評判は落ちているようだな。
未来の準元帥を追放した――というだけでなく、バトルアリーナ会場での手のひら返しなどなど。
その人間性が問題視されているらしい。
――まあ、本人が姿を消している以上、評判がどうなろうがあまり関係ないが。
僕は息をつくと、視線を遠くへ向ける。
山道をくだった先、妙に霧がかった町があるな。あれが港町ポージだろう。
ここまで来れば、充分に歩いて行ける。
「よし、じゃあここからは歩いていくよ。馬車はもう一回向こうにワープさせるから、君はこのことを王都に報告できないか?」
「わかりました。おおせのままに」
深くお辞儀をする御者だった。