昨日までの自分
「カヤ……」
彼女が立ち去っていった方向を、僕はひとり見つめていた。
「…………ありがとう」
色々と思うところはあるが、僕はレイとともに進む道を選んだ。
その決意が揺らぐことはない。
いままでも――そして、これからも。
彼女から貰ったアクセサリーが、一瞬だけほのかに光った気がした。
翌日。祝賀会の当日。
「うんうん、ばっちりですね!!」
「こ、これでばっちりなんですか……」
王都の一室にて。
女性コーディネーターの思うがままに仕立てられた僕は、鏡を見て愕然とした。
一言で言うならば、めちゃくちゃ派手なのである。
黒を基調とした布地に、横に金色のラインが三つ。そこかしこに青の刺繍も施されており、なにがなんでも人目のつきそうな服装だ。
これじゃ、まるで……
「国の偉い人みたいじゃないですか……」
「なに言ってるんですか。もう偉い人でしょう?」
「ぐぬ……」
そうか。
そうだったな。
たしかに剣聖リオンも、やたら派手な装飾を身にまとっていた気がする。あれが《偉い人》の正しき姿なのだとしたら……
「やめたい……いますぐに……」
「なに言ってるんですか! 晴れ舞台なんですから、しっかりしてくださいって!」
うつむく僕に、コーディネーターが励ましの言葉をかけてくる。
「服装というのは大事ですから。それだけで人の印象は大きく変わります」
「はは……そうですね。わかってます。これはその……最後の甘えっってやつで」
「最後の……甘え……?」
派手な格好をしたくないのは事実だが、さりとて準元帥から逃げるつもりは毛頭ない。国の要職に就く者として、服装に手を抜けないのもわかっているつもりだ。
これは――そう。
昨日までの自分との決別だ。
カヤは僕とレイを最後まで心配してくれていた。ありがたいことに、それ以上の深い感情を僕に抱いてくれていたようだが――それでも、僕たちの道を応援してくれた。
その気持ちを踏みにじることなど、どうしてできようか。
だから僕は、現在もカヤのアクセサリーをつけている。元が綺麗な物なので、コーディネーターも問題なくアクセサリーに合う服装を用意してくれたようだ。
僕は責を負うことになる。
国を守り――民を守ることの。
その未来を突き進むため……弱い自分とはこれでさよならだ。
「ふう……」
僕は大きく息を吸い込むと、両頬を叩き、気持ちを切り替えて言った。
「ありがとう。君のおかげで吹っ切れた」
「いえいえ。とんでもありませんわ。アリオス様」
このへりくだった態度もいまだ慣れないが、立場上、すこしずつでも慣れていくしかないんだもんな。
「それにしても……驚きましたよ。アリオス様」
「ん?」
「とてもお強いと聞いてどんな方かと思ったら……とてもお優しい、素敵な方じゃないですか。アリオス様になら、私、命を預けても怖くないです」
「はは……さすがに褒めすぎな気もするが。でも、ありがとう」
僕は小さく微笑むと、国王やレイの待っている場所まで歩み出すのだった。
★
一方その頃。
王都のとある宿にて。
「ぐず……」
Aランク冒険者のカヤ・ルーティスは、ひとり、ベッドにうつ伏せていた。
現在、午前10時。
王城のバルコニーにて、間もなくアリオスとレイが決意表明をする時間だ。
すなわち。
アリオスが準元帥となり、レイが王太子となり――二人で手を取り合ってアルセウス王国を導いていく時間である。
本来であれば祝福すべきことだ。
レイファー第一王子が失脚したいま、国を守れるのはあの二人しかいない。アリオスとレイが協力することで、王国は新たな局面を迎えることとなるだろう。
――でも。
二人の晴れ舞台を、カヤは見にいくことができなかった。
身体が重たくて。
幸せそうな二人の顔を直視できなくて。
――そして、そんな二人の晴れ姿を心から祝福できない自分が、どうしようもなく嫌になった。
「ほんと……駄目な女ね、私も……」
なにがAランク冒険者だ。
身も心もまだまだ未熟、冒険者と名乗るのさえはばかられる。
アリオスにアクセサリーを渡したのだって、ほとんど自分のわがままだ。
彼と別れるのが辛くて、せめて一緒にいたという《証》を残したくて。
だから半ば無理やり押しつけた。
だけど、あんなもの戦闘では間違いなく邪魔だろう。きっと、今頃アリオスに呆れられているに違いない。
こんな自分に、祝賀会に参加する資格はない。こうして、ひとり暗い部屋にこもるのがお似合いだ。
と。
「カヤ! やっぱりここにいた!」
威勢のいい声とともにドアが開けられた。
エリサ。
ラスタール村の冒険者ギルドにおいて、受付嬢を務めている少女だ。必然的にカヤとも親睦が深い相手でもある。
「エ、エリサ……」
鍵をかけ忘れていたか。
放心するあまり、なにもかも調子がずれてしまっているようだ。
「カヤ、なにしてるの? 祝賀会もう始まるよ?」
「いいよ。私は……」
「…………」
しばらく黙り込むエリサ。
「そっか。やっぱりそういうことね」
すべてを語らずとも、エリサはすべてを察したのだろう。
ベッドにちょこんと腰かけると、独り言のように続けて言う。
「カヤはアリオスさんがほんとに好きだったもんね……。あはは、わかるわよ。かっこいいもんね。すっごく優しくて、すっごく強い」
「…………」
しばらくの沈黙ののち、エリサがぼそりと呟く。
「……振られたのね?」
「うん」
「そっか」
エリサは深くは追求せず、さっと立ち上がった。
「行こ。アルトロさんも待ってるよ」
「だから行かないって……」
「行こうよ。アリオスさんもね、カヤに来てほしいと思うよ」
「え……?」
どういうことだ?
「行けばわかる。カヤにも、ぜひ見てほしいんだ」
「…………」
よくわからない。
無理やり行かせるための方便か。
……だが、エリサとの付き合いは長い。彼女はそんな嘘をつく人ではないと、カヤ自身がよくわかってるから。
「わかった……ちょっと待って」
「うわ……すごい人通りね」
宿を出た途端、カヤはとんでもない人混みに出くわした。
普段の人通りとは比べ物にならない。
あちこちに屋台が軒を連ねているし、空を見上げれば色とりどりの風船が宙を舞っている。まさにお祭り騒ぎだ。
「そうそう。すごいでしょ?」
エリサもどこかの売店で買ってきたらしいウィンナーを頬張りながら告げる。
「部屋にこもるのもいいけど、こういうときくらいは外に出ないとね。心の平和のために!!」
「なに言ってんの。あんたの場合は食べ物が目的でしょ」
「ありゃりゃ。バレた?」
「そう顔に書いてあるからね」
――だが、気分そのものは悪くなかった。
さっきまでの陰鬱とした気分が、この活気に当てられて、少しずつ中和されていくかのよう……
この大通りを、彼と歩くことができたらどんなに良かったか……
知らず知らずのうちにそう思ってしまうが、ぶんぶん顔を振り、後ろ向きな思考を外に追い出す。
「ほれ」
ふいにエリサからウィンナーを差し出された。もちろん口をつけていない新品だ。
「カヤの分も買ってあるよ。辛いときは食べるに限る!」
「あはは……ありがとう」
素直にウィンナーを受け取り、そっとかじる。途端、肉汁が勢いよくあふれ出し、口内でジューシーな味わいが広がった。
「おいしい……」
「でしょ♪」
そういえば、昨日はほとんど食事をしていなかったな。自分が人ならざる生活をしているのって、後になってようやく気づくものだ。
「ふ」
そんなカヤを見て、エリサが優しげに微笑む。
「ね。そろそろアリオスさんの発表始まると思うよ」
「そっか……」
正直、まだ二の足を踏んでしまう。以前までは同じ村に住んでいたはずの彼が、いまはもう、果てしなく遠い場所にいる。
笑い話だ。
いくらAランク冒険者と呼ばれていても、自分はこんなにも弱い。
――それでも。
「わかったわ。行く」
カヤはしっかり頷いた。
ここで逃げてしまったら、一生、気持ちにモヤモヤを抱えてしまうことになりそうだから。
カヤの言葉に、エリサは無言で頷いた。
向かう先はわかっている。
王城前の広場だ。
あそこには王城のバルコニーがあるため、王族がなんらかの声明を発表するときに用いられる場所である。
アリオスとレイのお祝いも、そこで執り行われると思われた。
正直、まだ怖い。
だけど。
カヤは大きく息を吸い、王城への道を確実に進んでいくのだった。
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