おい、いきなり暴露されたんだが。
スキル《チートコード操作》発動。
――性転換。
そう心中で唱えた瞬間、再び僕の身体を不思議な輝きが包み込んだ。ほのかに新緑に輝くそれが、僕の頭からつま先までをすっぽり覆っていく。
そして光が消えたときには、僕は元の姿に戻っていた。
鏡を見ずともわかる。
見慣れた胸元、手首、腹部……間違いなく、アリオス・マクバの身体だ。
「ふぅ……」
大きく息を吐き、路地裏の壁にもたれかかる僕。
もちろん、周囲には誰もいない。
「ちょっとややこしいけど……この能力、色々と使えるか」
準元帥たるアリオス・マクバは、良くも悪くも有名になりすぎた。辺境ならいざ知らず、人の多い場所では人を寄せ付けかねない。
それだと、今後の活動に支障をきたしかねないからな。
女性へと変貌を遂げることで、そのへんの懸念は払拭されるだろう。それどころか、男のときとは違ってあまり警戒されないからな。コソコソ動きまわるには向いているかもしれない。
……まあ、さっきみたいに男の好意をぶつけられる可能性はあるわけだが。
今後使いやすい能力であることには違いない。
さすがは女神様、といったところか。
「だったら性転換じゃなくても良さそうな気はするけどな……」
僕は大きく息を吐くと、表通りに向けて歩き出す。
色々とゴタゴタはあったけれど、この能力を確かめるきっかけにはなかった。
準元帥として動く傍らで、積極的に使わせてもらおう――
そう思いながら、僕はこっそり表通りに出る。
特にやることもないが、さりとて街中にいると面倒が起きそうだからな。ここは外に出て、特訓も兼ねて魔物と戦おう。
そうして、僕はひとり草原に出るのだった。
★
「お……」
僕は思わず声を漏らしてしまう。
王都の郊外を抜けた先にある、だだっ広い草原。
街灯が魔物除けの役割を果たしているので、街道あたりに魔物は寄りつかない。
なので、この場所は特訓には向かないわけだ。
特訓する際には街道から大きく逸れ、人の手が届いてない場所へと向かう必要がある。
まあ、これは安全上当たり前の措置なので、文句を言うつもりはからしきないのだが――
その街道から逸れた、木々の密集地帯に、なんと先客がいたのである。
「はぁぁぁぁああああ!」
Aランク冒険者――カヤ・ルーティス。
彼女の華麗な回転切りが、周囲の魔物たちをまとめて攻撃した。
「グオオオオオオ!!」
その一撃だけで、魔物たちはぴくりとも動かなくなった。即死だ。
さすがはAランク冒険者――無駄のない的確な動きだ。
「あら」
僕の視線に気づいたのか、カヤがこちらに目を向ける。
その表情が、すこし嬉しそうに輝いたのは気のせいだろうか。
「アリオスさん……! 来てたんですね……」
「うん。いまさっきだけどね」
そういえば、彼女からは敬語を使わないでほしいと言われているんだったな。
そのことに改めて違和感を覚えながらも、僕は彼女の元に歩み寄っていく。
「すごい動きだったよ。初めて会ったときより……ずっと」
「あはは。初めて会ったとき……ですか」
タオルで汗を拭ってから、彼女は剣を鞘にしまう。
もう周囲に魔物の気配はないからな。剣を握っている必要はない。
「もうどれくらい経つんでしょうね……。大きなジャイアントオークが現れて、死にかけているところをアリオスさんに助けられて……」
「うん……どうだろうなぁ」
時間的に見れば、きっとそんなには経っていない。
だけどその間にも、僕たちには色々あった。
一口で語るには難しいくらいに、いくつものドラマが立て続いたと思う。
「私ね、アリオスさんのこと、実はとても好きなんですよ」
「え…………」
「人として……だけじゃないですからね。男性としてです」
「…………」
おいおいおい。
唐突な発言に、さすがに開いた口が塞がらないんですが。
僕の反応をどう思ったか、カヤは「うふふ」と笑って僕に詰め寄ってきた。
「だってそうじゃないですか。アリオスさんは、命を張ってでも私を助けてくれたんです。誰だって、少なからず特別な感情を持つと思いますよ」
「カ、カヤ……」
「わかってます。アリオスさんには大事な役目がある。そのためには、私じゃなくて――レイが側にいなくちゃいけない」
「…………」
「アリオスさん。どうかこれを……受け取ってください」
そうして彼女から差し出されたのは、小さな石。
深い緑色に彩られていて、陽に照らすと不思議な光沢を放つ。よくよく見れば小さな穴が開いており、そこにヒモを通してあるようだ。
「これは……」
「私からの贈り物です。しばらく離ればなれになっちゃいますけど、せめて、一緒にいる証だけは残したくて……」
「カヤ……」
「うふふ。レイのことなら心配しないで大丈夫です。あの子にも同じ物を渡してますから」
おっと……そうなのか。
僕は静かに頷くと、そのヒモを首に通した。
その途端――気のせいか、身体がすこし軽くなったように思えた。
「その石には、私の祈りを込めてます。今後なにがあろうとも……アリオスさんとレイを守ってくれるって。だから」
もふっと。
カヤがいきなり抱きついてきた。
「…………っ! カ、カヤ……!」
「だから、絶対、無事でいてください。私はいつもあなたを想っています。異世界人なんかに、屈しないでください……!」
「カ、カヤ……」
そうか。
彼女は心配してくれているんだ。
未知なる敵と挑むことになる、僕とレイを。
その想いを、どうして踏みにじることができるだろう。
「カヤ……ありがとう……」
「ふふ。本当はずっとこうしたかったんですが……その役目は、レイに譲りましょう」
カヤは大きく息を吐くと、ゆっくりと僕から身を離す。
それはまさに――彼女のなかで、気持ちを整理しているかのようだった。
「あはは……アリオスさん。ありがとうございました。このことは、どうかお忘れください」
そう言うなり、カヤはひとり、そそくさと走り去っていくのだった。




