おい、もうこれ以上目立ちたくないんだが。
「はぁ……」
思わず大きなため息をつく僕。
あんなに騒がしかった女性陣だが、無事、撒くことに成功したようだ。気配を探るに、戻ってくることもなさそうな様子。
「ふぅ……」
――それにしても、すげー疲れたな。
要職に就くことが、こんなに大変だったとは。
剣聖になれなかったのは、ある意味良かったのかもしれないな。
そんなアホな考えを巡らせつつ、僕は来た道を戻っていく。
さっきまではめちゃくちゃ注目されていたんだけどな。
いまはその気配がまったくない。
周囲の人々には、僕はあくまで《普通の女の子》として認識されているようだ。
……まあ、そのぶん男性からの視線が増えたのはご愛敬か。
ちょっと複雑な気もするが、さっきのドタバタよりはずっとマシである。
またその道すがらで、自分の風貌について改めて確認することができた。近くに噴水があったので、水面を覗いた形だな。
やや寝癖っぽかった髪型は、びっくりするほどのサラサラヘアーへ。自分で言うのもなんだが、抜群の指触りである。
そして、透き通った肌に、女性特有の丸みを帯びた身体。こんなことを言ってはなんだが、胸部においてもレイといい勝負……いやなんでもない。
つまり僕は完全に女性へと転身と果たしてしまったわけだ。しかも驚いたことに、服も女性物のそれに変わってしまっている。いまの僕は、見るも可愛らしいワンピース姿だ。腰にかかった剣の鞘が妙にアンバランスだが。
……こりゃあ、気づかれないわけである。完璧な変装(?)だ。
さすがは《チートコード操作》。
戦闘では使い道がないが、いまの僕にはかなり有用な能力である。この姿なら、誰かの視線を気にする必要もないわけだ。
「お、可愛い姉ちゃんじゃねぇぇぇか!」
「…………」
「おい、無視かよ!?」
あ。
そうか。
いまの僕は《姉ちゃん》か。
呼び慣れない言葉なので、ついつい反応に遅れてしまった。
視線を脇に向けると、体格のいい男が二人。武器と防具を身につけていることから、冒険者の可能性が高い。
「げっ……」
二人のぎらついた視線から、僕は同性として嫌な予感を禁じえない。
ってか、めちゃくちゃ酒臭いんだが。
「な、なんでしょうか?」
「なんでしょうかーじゃねえよ? 姉ちゃんあんまり見ねえ顔だなぁ。俺が案内してやろうかぁ?」
なんの案内だよ。
「いえ、結構です」
「そんなこと言わずにさぁぁぁぁあ。こっち来いよ」
おい、いきなり腕捕まれたんだが。
さすがにこれはやばいだろ。白昼堂々、王都のど真ん中でやることか?
酔っぱらいすぎて、理性の歯止めが効かなくなってるな。
「さあさあこっちに……って、ん?」
ふいに男の目が丸くなる。
「姉ちゃん、見かけによらず力持ちだねぇ。俺が引っ張ってもびくともしねえなんてさ」
「え……」
や、やばい。
ここで力を見せつけてしまっては、余計目立つではないか。
もうこれ以上、注目を集めるのは御免である。
「い、いえ。鍛えてなんかいないですわよ。おほほほほほ……。あ、きゃいん」
自分でも呆れるほどの大根役者っぷりを発揮しながら、僕は尻餅をつく。
だ、駄目だ。
女性の口調ってどんなんだったっけ?
レイを真似したら王族とか思われそうだしな……なにが正解なんだろう。
だがまぁ、相手はしょせん酔っぱらい。
僕のド下手な演技にも、さしたる疑問を抱かなかったようだ。
「ギへへ。姉ちゃん、やっぱり可愛いねぇ……」
「そ、それはどうも……」
「ギへへ……」
「お、おほほ……」
おい、めちゃくちゃ気持ち悪いんだが。
女性はいつもこういう感情を味わってるのか。
レイやメアリーたちを、もっと大切にする必要があるな。
「なあ、姉ちゃん」
「なんでしょうか?」
「悪いようにはしねえからよ。二人で遊ぼうぜ」
ぎゅっと。
いきなり左腕を捕まれ、全身に怖ぞ気が走った。
おいおいおい。
嘘だろこの展開。
「きやあ、やめて」
自分でも棒読みとわかるトーンで腕を振り払った、そのとき。
「ぐわぁぁぁぁあああああ!」
情けない悲鳴をあげながら、男が大きく吹き飛んでいく。そのまま冒険者ギルドの壁にぶつかり、ドォォォォオオン! という音が響きわたった。
「あ、あちゃー……」
しまった。
やりすぎた。
一応言い訳をさせてもらうと、あまりにも気持ち悪くて反射的にやってしまった。
相手は酔っぱらいだし、抵抗する間もなく吹き飛んでしまったんだろう。
「ん……?」
「なんだなんだ?」
「すごい音が聞こえたぞ……?」
いまの激突音を聞きつけて、結局人が集まってきた。
「おい、もしかしてあの子がやったのか?」
「可愛い顔して……?」
やめてくれ。
もう帰りたい……
「はぁ……」
性転換したからといって、力が弱まるわけではないみたいだな。他のチートコードも問題なく使えるし、変わったのは見た目だけか。
となれば、今後、色々と使い道はあるかもしれないな。
――この場を切り抜けられたら、だが。
「いて、いててて……。く、くそが……!」
そして当然、男は怒っているようだな。
後頭部をさすりながらも、尖った視線をこちらに向けてくる。
「て、てめぇ……。こっちが下手に出てりゃ、いい気になりやがって……!」
ポキポキ、と両手の骨を鳴らす男。
完全に頭にきてるな。
正直、あいつを倒すのはそんなに難しくなさそうではあるが……普通の女の子である僕が、そんなことをするわけにはいかない。
あくまで目立たないようにして、この場を切り抜けなければ……!
「おい、あの冒険者やばいぞ!」
「誰か止めろよ……!」
「無理だって、冒険者に勝てるわけが……!」
残念ながら、第三者の援護には期待できなさそうだ。
まあ仕方あるまい。
一般人が手出しできる状況じゃないからな。僕ひとりで切り抜ける必要がある。
しかし、どうすれば……
「らぁぁぁああああああああ!」
そう思っている間にも、男がこちらに走り寄ってきた。かなり鈍重なスピードなので、恐れるに足らない。たぶん、女性が相手だから手を抜いてるんだろうな。
――そうか、それなら……!
ある閃きを得た僕は、男の拳をまともに喰らうことを選択した。
ドォン! と。
鈍い衝撃が、僕の腹部に走る。
「えっと……き、きゃああああああ……」
自分でも呆れるほど棒読みの悲鳴をあげながら、僕は後方に吹き飛ぶ。そのまま、さっきあいつがそうしたように、近くの壁面にぶつかった。
――よし。
これならたぶん順当な展開だ。
目立ってない目立ってない。
「うぅ……さすがは冒険者様。お強いですわね……」
「はっはー! 馬鹿め! 俺様に逆らうとこうなるのだ……って、え?」
男がきょとんと目を丸くする。
「お、おい……。なんでおまえ、立ち上がってんの?」
「へ? そんなに強い攻撃ではありませんでしたので……。だって、手加減してくださったのですよね? 女性相手ですもんね?」
「…………」
おい、そこで黙られると怖いんだが。
「ユージェス! またおまえって奴は……!」
ふいに聞き覚えのある声が響いてきた。
ユウヤ・アルゼン――Bランク冒険者だ。
他の冒険者も駆けつけてくれたようで、ユージェスと呼ばれた男は一瞬にして取り押さえられた。
「くそぉぉぉおおおお!」
ジタバタもがいているようだが、複数人相手ではさすがに分が悪いようだな。後ろ手に縄を縛られ、瞬く間に拘束される。
ん?
ユージェスってどこかで聞いたことあるような……まあいいか。
そんな思索に耽っていると、ふいにユウヤが走り寄ってきた。
「き、君!? 大丈夫かい!?」
「え? はい……なんとも」
「えっ、なんとも?」
そこでぴくりと固まるユウヤ。
僕の全身を見渡し、なんの怪我もないことを確認すると、怪訝そうに首をかしげる。
「お、おかしいな……。ユージェスに思い切り殴られてるように見えたんだが……」
「いえ、打ち所がよかっただけかと……」
「そ、そうか。打ち所がよかっただけか。それは良かった。ははははは……!」
「おほほほほほほ……」
「はははは……はぁ……なんかこのやり取り、デジャブが……」
「デジャブですか?」
「うん。アリオス君といってね、とにかく規格外の剣士がいるんだよ。君も、もしかして鍛えてたりするのかな?」
「げっ……」
やばい。
なるべくなら、現段階では性転換のことは誰にも知られたくない。
「とにかく、この件は申し訳なかった。ギルド本部に報告するから、差し支えなければ名前を教えてくれるかい? 正式な謝罪はそこで……」
「いえ、結構です。それでは私はここで……」
「え、ちょ……」
この場から逃げるようにして、僕はそそくさと立ち去るのだった。




