おい、これがレイの父親か
「ふう……退いてくれたか……」
大きなため息をつき、僕は剣を鞘に納める。
どっと疲れたな。
同志A、並びにフェミア・ラ・アルセウス。
あの強さは尋常ではない。
さっきはなんとか互角に戦えたが、あれ以上の力を持ってる可能性もあるからな。いままでの敵とはなにもかもが違いすぎる。
「アリオスーーーーっ!」
「おおっと!」
ふいに柔らかな感触に包まれ、僕はしどろもどろになった。
「レ、レイ……!」
「よかった……。無事で、本当に良かった……!」
「大丈夫さ。そんなに心配しなくてもぐっ……」
語尾がどもってしまったのは、レイの胸部に顔を押しつけられたからだった。
「怖かった……。あんな化け物と戦って、アリオスがいなくなったらどうしようって……」
「ふがふが……」
ぎゅっと押しつけられ、返答することもできない。
「レ、レイ……」
「え?」
「苦しくて死にそうなんだが……」
「あっ、ごめん!」
ぱあっと顔を赤くしたレイが、慌てた様子で両腕を離す。
危ない危ない。
フェミアではなく、レイに殺されるところだった。
「ふふ。あなたたちは、昔からずっと仲良しですね……」
そんな僕たちを、国王がどこか微笑ましそうに見つめていた。
「そうですね……おかげさまで」
答えつつも、僕は改めて周囲の気配を探る。
――誰もいない、か。
あちこちを巡回している兵士はいるようだが、まあ、これは不審者じゃないしね。
「ふぅ……」
僕はそこで集中を切ると、国王に視線を戻した。
「陛下がレイと僕を任命した理由……やっとわかった気がします」
「む……?」
「フェミアを初めとする異世界人が迫りつつあることを、陛下は知っていたんでしょう。ですが、奴らはマヌーザのみならず、レイファー殿下までをも取り込んでいた。……いつの間にか、手出しができなくなっていたのではありませんか?」
「…………」
国王はそこで深く頷くと。
くるりと身を翻すや、ゆっくりと歩き出しながら言った。
「ええ。私はこれでも国を任される身。初代国王から、《異世界人》のことは聞かされていました。ですが、相手のほうが一枚上手だったようですね……」
それは仕方のないことだろう。
フェミアは人の記憶や情報すらも書き換えることができる。さっきだって、魔導具の結界を当たり前のように破ってきたしな。
まさに常軌を逸した力といえよう。
いかに国王といえど、それに立ち向かうのは困難だろうな。
「……あのレイファーも、私の知らないところで大成長していたようですね。彼の策略によって、私は自由を失ったも同然でした」
「陛下……」
「……以前までは、レイファーに次期国王を頼むつもりでした。彼の才覚は、きっとあなたたちも思い知ったところでしょう」
「ええ……それはもう、痛いほどに」
ラスタール村の襲撃とかな。
オルガントやファルアスがいたから切り抜けられたものの、下手したらあれで詰んでいた可能性もあるわけだ。
「ですから、異世界人との戦いも、レイファーとともに乗り越えるつもりだったのですよ。……しかし、それは敵わなかった。もしかすれば、それすらも異世界人の狙いかもしれませんが……」
そう言うなり、国王はまたも身を翻し、レイの瞳をまっすぐに見つめる。
「ですが、我が国にはもうひとり、有望な王族がいるのです。……レイファーが失脚したいま、異世界人を破り、その先我が国を託せるのは……レイミラ。あなたしかいない」
「お父様……」
「もちろん、これには危険が伴います。異世界人が襲ってこないとも限りません。ですから――」
今度は、僕に国王の視線が据えられる。
「レイを守る最強の剣士として……アリオス殿。あなたを指名したのですよ」
「陛下……身に余る光栄です」
腹部に右手をあてがい、小さなお辞儀をする。
――ここまで言われてしまっては、さすがに受けざるをえまい。
異世界人の恐ろしさは思い知ったばかりだからな。
真の剣聖となるためにも、できることは力になっておきたい。最強の剣士というのはおこがましいけれど……
「もちろん、ただでとは言いませんよ。さっきも申し上げた通り、これは危険を伴うもの。よってアリオス殿には、軍の総司令官として――元帥の立場を授けましょう」
「げ、元帥!?」
おい、さすがに目が飛び出たぞ。
「さ、さすがにそれは恐れ多いですよ! 僕は個人で戦ってきただけで、軍略にはまったく……」
「ふふ、わかっていますよ。なにも軍人になれと言っているわけではありません。正確には、あなたの階級は準元帥。元帥としての軍務は、あくまでいまの元帥にやってもらいます」
「…………?」
ん? どういうことだ?
「……アリオス殿は異世界人の動向を探りつつ、必要であれば王国軍を動員できるようになってほしいのです。ですから、軍に縛られることはありませんよ」
「…………」
「もちろん、待遇は通常の元帥より弾みます。どうですか? 悪くはないと思うのですが」
「いや、いやいやいや……」
悪くはない――どころの話ではない。
好待遇すぎて怖いんだが。
その気持ちを伝えると、国王は「いえいえ」と首を横に振る。
「異世界人と比べれば、周辺諸国の脅威などたいしたものではありません。国を守るために軍を動員するのは当然ではありませんか?」
「いやしかし、僕は剣の道しか知らないのですよ? そんな僕が……」
「そんなアリオス殿だけが、影石や情報操作の影響を受けないのでしょう?」
うぐっ。
さすがは口がうまいな。
現代国王にしてレイの父――その手腕は伊達ではない。
たしかに現段階において、異世界人と張り合える人間はそう多くないだろう。なにより、あの《情報操作》が厄介だ。
そして、異世界人が僕一人では対応しきれないのも事実……
僕は内心でため息をつきながら、国王に短く頭を下げる。
「……承知しました。不肖アリオス・マクバ――まだまだ未熟者ですが、精一杯、国を守っていこうと思います」
「おお、そうですか!」
国王はにかっと笑うと、そっと僕の肩に手を置いた。
「ありがとうございます。――これからよろしくお願いしますよ、アリオス準元帥」
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