おい、さすがに急なんだが
20時。
晩餐室には色とりどりの食事が並んでいた。
白いレースの敷かれたテーブルに、所狭しと料理が並んでいる。芳ばしい香りを放つ肉や、瑞々しいサラダなどなど……見ただけで涎の垂れる品々だった。
「わぁ……すごい」
エムが感嘆の息を漏らす。
元奴隷だった彼女からすれば、ごちそうに目を光らせるのは当然かもしれないな。
「さて――皆さん、来てくださいましたか」
僕たちを見渡しながら、ユーフェス国王が朗らかな声を発する。
「さあさあ、遠慮せずにお座りください。……レイミラとアリオス殿はこちらへ」
「は……はい」
上座に座るのはもちろん国王だが、その両隣を僕とレイが囲む形となった。
なんだこの配置。
めちゃくちゃ緊張するんだが。
国王と並んで食事なんて……あのリオンも経験ないんじゃないか? 色々と段階すっ飛ばしててやばい。
しかも。
「アリオス様、どうぞ」
待ち構えていたとばかりに、召使いが椅子を引いてきたんだよな。
「い……いや、自分でやりますから」
「お気になさらないでください。アリオス様」
「…………」
まあ、これでも剣聖の跡継ぎ候補だったわけだし、かなり贅沢な半生を送ってきたけれど。
それでも、こんな豪華すぎるおもてなしなんて、さすがに経験ないな。違和感がやばい。
ちなみにこの晩餐室には、僕やレイの他に、エム、ダドリー、カヤ、ユウヤが集まった。ウィーンは人と同じ食事はできないので、チートコードで異空間に眠ってもらっている。
「こほん」
皆が席についたところで、国王が咳払いをする。
「それで……レイミラにアリオス殿。あの話は……どうなりましたか?」
「…………」
あの話。
考えるまでもなく、さきほどの王太子の件だろう。
レイは数秒だけ沈黙したあと、神妙そうに口を開いた。
「……お父様。さきほどまでずっと考えていましたが……王太子の座、私につかせていただければと思います」
「おお……本当ですか……!」
嬉しそうに両目を見開く国王。
「では、アリオス殿も……」
「ええ。不肖アリオス・マクバ……まだまだ未熟者ですが、王太子様を守るべく、全力を尽くさせていただきたいと思います」
「なんと……アリオス殿も!」
満足げに頷く国王。
なんだろう。
国王に信頼されるのは嬉しいんだが、どうしてこうも事を急くのだろうか。
僕たちは今日事件を解決したばかりだぞ?
あるいは、これもオルガントの差し金なのか?
すこし疑問に思ったが、せっかくの晩餐会だ。難しいことはいったん後回しにして、いまは食事を楽しむべきだろう。
「そうですか……アリオスさん、王都に残られるんですね」
そう寂しそうに言ったのは、Aランク冒険者のカヤ・ルーティス。
「ちょっぴり悲しいですが、でも、それがアリオスさんの選んだ道。私はラスタール村で応援してますから、きっと、きっと……」
「カヤ……ありがとう」
彼女には本当にお世話になったからな。
カヤがいたからこそ、ラスタール村に馴染むことができたのだと思う。
「ふふ、やっぱり君は一冒険者に収まる器じゃなかったね」
ユウヤも控えめな笑顔で言う。
「アリオス君、これからもぜひ頑張ってくれよ。ジャイアントオークを瞬殺したときの衝撃は、いまでも忘れない」
「は、ははは……」
そういやそんなこともあったな。
思えば、あれがユウヤやカヤとの出会いだったわけか……
いま思えば懐かしい。
マクバ家を追放されてから――実に色々あったものだ。
「そうだ、アリオスさん」
そんな感慨に浸っている僕に、カヤが思い出したように訊ねてきた。
「冒険者のランクはどうしますか? 残します?」
「んー……」
この場合、どういう対応が正解なのだろう。
ちらりと国王に視線を向けると、なんとお茶目にウィンクされた。
――見逃してあげる、ってことかな。
僕は苦笑とともにカヤに目を向ける。
「できれば冒険者ランクも残しててほしい。無理かもしれないけど……」
「わかりました。じゃ、そのようにアルトロさんにお伝えしますね」
また僕の専属メイド――メアリー・ローバルトの今後についても軽く話し合いが行われた。
彼女については、国王の許可を得て、王城で住んでもいいこととなった。
もちろん、メアリー本人がそう望めばの話である。
別に僕が雇っているわけじゃないので、強制的に来させることはできないからな。
さて――
それから僕たちは、ご馳走を楽しみながらそれぞれ会話に花を咲かせた。
特にカヤやユウヤとは長期の別れになる可能性があるからな。
いまのうちに精一杯話しておきたいところだった。
「アリオス殿。あなたは……色んな人に想われているのですね」
ふいに国王がぽつりと呟いた。
「そんなあなたが王都を追い出されようとしていたなんて……考えるだけでもぞっとします」
「いえいえ……恐縮です……」
国王にここまで言われるとさすがに肩身が狭い。
「ところで、アリオス殿。つかぬことをお聞きしたいのですが」
「はい」
「この晩餐会が終わった後、少々お時間よろしいですか? レイミラも交えて、お話したいことがあるのです」
「レイも……ですか」
なにやら深刻な内容のようだな。
それが本題――ということか。
「わかりました。ぜひご一緒させてください」
「ありがとうございます……!」
ちなみにレイの王太女就任については、後日の祝賀会で公表されるという。僕の護衛についても、そのとき正式に発表されるそうだ。
そのようにして、僕たちは王国最高の食事を満喫するのだった。
★
晩餐会は終始和やかな雰囲気で終わった。
挨拶もそこそこに、皆それぞれの部屋に戻っていく。
そろそろいい時間だからな。エムなんかは特に眠そうにしていた。
現在、22時。
静まり返った晩餐室に、僕とレイ、そして国王だけが残っている。
ちなみに皿の類は召使いたちが片づけてくれた。無駄のないテキパキとした動きは、さすが王城で働いているだけあるなと思う。
「ふう。皆さん、今日はお疲れ様でした」
テーブルに両肘をついた国王が、相変わらず柔和な態度で言う。
「お二人とも、今日は疲れたでしょう。改めて――我が国を救っていただいて、ありがとうございました」
「いえ。お父様もご無事でなによりでした。お身体に変わりありません?」
「ええ。おかげさまで」
そう言うなり、国王はふいに片手を掲げる。
途端――突如にして、室内の様子が変わった。全体が濃緑色に包まれ、空気がずんと重くなる。心なしか、床面に魔法陣っぽいのが浮かんでいるような。
「へ、陛下。これは……?」
戸惑う僕に、国王は小さく頭を下げた。
「すみません。これから話す内容はあまり室外に漏れてほしくないので――防音対策を施させてもらいました」
「防音対策……ですか」
「ええ。それと同時に、誰も部屋に入れぬよう結界も張らせていただきいました」
よくよく見れば、国王の片手には魔導具っぽいのが収まってるな。あれを使ったのか。
「なるほど。やはりこれからのお話は……かなり重要な内容なんですね」
「ええ。念には念を入れさせてもらいます」
国王はそこで僕とレイを見渡すと、さきほどより数段神妙な面持ちになる。
「話の内容は他でもありません。同志Aについてです」
同志A。
そこでその名が出てくるか。
「レイミラ。きっとあなたは同志Aの正体を察しているのではありませんか?」
「……ええ。あまり自信ありませんが……」
なんと。そうなのか。
そういえば、アウト・アヴニールでもオルガントとなにかしら話していたな。
レイは数秒だけうつむくや、勇気を振り絞るかのように顔をあげる。
「アリオス。私のお母さんのこと……わかるよね?」
「へ……」
まったく予想だにしない話題に、僕は目を丸くする。
「あ、ああ……。実際に会ったことはないが、たしかラスタール村の出身で――もう亡くなってるんだよな?」
「うん。そうなんだけど……」
「しかし、実際のところはわからないのです。アリオス殿」
口ごもるレイの言葉を、国王が引き継いだ。
「わからない……。どういうことですか?」
「レイミラの母――フェミアは、馬車に乗っているところを魔物に襲われました。その後、大規模な捜索を行いましたが――遺体は見つかっていません。状況的には《食べられた可能性が高い》と判断し、死亡したことになっています」
……なるほど。
「つまり、フェミア様が死んだという確証はどこにもないと?」
「はい。ですが私は……生きている可能性が高いと思っているのです」
「え……?」
「これをご覧ください」
そうして国王から出されたのは、一通の手紙。
大事に保管してあるのか、綺麗な封筒に収まっている。
おそるおそるそれを開けると、そこには簡潔に書かれた文章が一行。
――この世界から離れます。レイミラをお願いします――
「なんだ、これは……」
この世界から離れる……?
一気に危険な香りが漂ってきたぞ。
「建前上死んだことになっていますが、フェミアは生きていると思います。彼女は聡明な女性でした。簡単に死ぬとは思えません」
「し、しかし……それって……」
おいおい待てよ。
この話の流れって……もしかして……
僕が戸惑っている間に、レイがまたもうつむきがちに呟く。
「だって――おかしいと思ったの。アルセウス救済党に襲われていた私を、同志Aはいつも助けてくれた。あれはきっと、思惑云々の話じゃない……」
たしかに。
屋上庭園に現れた同志Aは、レイに対してのみ異質の感情を抱いているようだった。
そう。
それこそ家族とすら思えるほどに……
「どうです? 怪しいと思いませんか?」
国王はふうとため息をつき、両肘をテーブルにのせる。
「フェミアがなにを考えているのかはわかりませんが……おそらく、異世界人と関連している可能性は高いと思われます。ですから私はレイミラを特段気にかけることと致しました」
……なるほど。
国王がレイを気に入っている裏側には……そんな事情があったのか。
国王クラスともなれば、きっと異世界人に関する知識もあるだろうしな。オルガントが遺していてもおかしくはない。
「…………」
僕は数秒だけ黙りこくると、改めて国王とレイを見渡した。
「話はわかりました。となると――つまり同志Aの正体は……」
「――素晴らしい。よく気づいたものだな」
そのとき、ふいに重々しい声が室内に響きわたった。
【間もなく書籍発売です!】
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チートコードの予約を入れてくださった方、本当にありがとうございます!
もう感謝感激です!
めちゃくちゃ嬉しいです(ノシ 'ω')ノシ バンバン
本作ですが、1月30日に、モンスター文庫様より発売されます!
……が、発売日変更にならない限り、おそらく緊急事態宣言と被ってしまいます。
このままでは危ないです(ノシ ;ω;)ノシ バンバン
予約していただけると、めちゃくちゃ助かります。
また番外編として、ファルアスVSリオンも収録してます。めっちゃ自信作です(ノシ 'ω')ノシ バンバン
ぜひ、よろしくお願い致します。




