過去との決別
「こ、これは……」
ダドリーは自分の両手を見下ろす。
自身を奔流する、すさまじいまでのエネルギー。それが白銀のオーラとなって、刻一刻と濃度を増している。
そして――本能的に感じたのだ。
自分自身が、かつてないほどに強くなっているのを。
――素晴らしいっ! 白銀の剣聖! いずれ私をも超えるだろう、素晴らしい高位スキルではないか!――
「リオンさん……」
かつて剣技を教えてくれた父にして師匠の名を思い浮かべながら、ダドリーは息を吸い込み――
「エムちゃんを……離せ」
自分でも驚くほど、重量のある声を発した。
「シャシャシャシャシャ!!」
しかしながら、党首マヌーザは奇妙な笑い声をあげるのみ。
もはや言葉さえ通じないらしい。
ダドリーの呼びかけにはいっさい応じることなく、依然、エムの首を絞め続けている。
「ぅ、ぅぁぁあああああ……!」
そして同じく、依然と響きわたるエムの呻き声。
瞬間、ダドリーのなかでなにかが弾けた。
「おおおおおおおおっ!」
マクバ流。
――紅葉無突!
飛び散る紅葉をすべて突くがごとく、ダドリーの放った刀身が幾度もマヌーザに突き刺さる。ダドリーの振るう剣の軌跡が、白銀の輝きとなって宙に漂う。
「グ、グォォォオオオ……!」
一転して苦しげな表情を浮かべるマヌーザ。余裕そうに奇妙な笑い声をあげていた姿は、もうない。
そして――次の瞬間、驚くべきことが起きた。
宙に舞っていた白銀の輝きが、なんとマヌーザに吸い寄せられていくではないか。それらはマヌーザの胸部に収束するや、耳をつんざく轟音をたてて大爆発を起こす。
どこか神秘的な、美しいともいえる現象だった。
「ヌオオオオオオオオッ!!」
これにはさすがに参ったらしい。
醜い悲鳴をあげながら、マヌーザは勢いよく後方に吹き飛んでいった。
「あうっ……!」
さっきまでマヌーザに持ち上げられていたエムが、その場にすとんと尻餅をつく。
「エムちゃん! 大丈夫か!!」
「は、はい……。なんとか……」
その様子を見て、ダドリーはまたも驚愕した。
さっきの爆発はマヌーザの胸部で発生した。つまり至近距離にいたエムも巻き込まれていたはずなんだ。
なのに――エムには爆発を受けた形跡がない。マヌーザの仕業であろう傷のみが残っている。
――それが私にもよくわかっていなくてな。マクバ家に残された伝承によれば、正しき心を持つ者にのみ使える、破邪顕正の剣らしいが――
またもリオンの言葉が脳裏に蘇る。
破邪顕正――つまり、闇に染まった道を打ち破り、正しきを顕すこと。
「まさか……」
謎のスキル、《白銀の剣聖》。
それは全体的なステータスの底上げのみならず、闇属性の相手にさらなる威力を発揮するということか。
「はは……やべぇな。これこそが――剣聖ってやつかよ」
乾いた笑みを浮かべるダドリー。
そうだ。
いままでの俺じゃ、絶対に使いこなせるわけなかったんだよな。
なによりも、剣を振るう俺自身が汚れていたんだから……
「エムちゃん。ごめんな。俺、やっとわかったよ」
「え……」
「おまえはそこで待っててくれ。あいつとは――俺がケリをつけてくる」
そう言い放ち、ダドリーは一歩、また一歩とマヌーザに歩み寄っていく。
「グヌ……!」
奴は現在、壁面に埋もれているようだな。勢いよく吹っ飛んでいったせいか、全身が埋もれてしまっている。
「許サヌ……」
「ん……?」
そんなマヌーザが、久々に明確な言葉を発した。
「許サヌ許サヌ許サヌ許サヌ……!!!!」
あれは……恨みか。
あいつの瞳が、さきほどより闇色に染まっている。あいつを取り巻く漆黒のオーラが、さらに大きさを増している。
「……そうか、そうだよな……」
俺自身もそうだった。
産みの親を恨み。
非力だった自分を恨み。
アリオスを恨み。
――そして、この世のすべてを恨み。
我ながら、いろんな人に迷惑をかけてきたもんだ。
そんな呪いにかかってしまった俺だこそ、あいつの気持ちがわかる。
下手をすれば、俺自身が影石に呑み込まれてしまっていたかもしれないのだから。
「マヌーザ……もう、終わらせてやるよ……」
そんなアルセウス救済党の党首に向けて、ダドリーは静かに剣先を向ける。
「マクバ流は破邪顕正の剣……おまえを取り巻く闇を、根こそぎ斬り払ってやる!!」
「ダァァァアアアア!!」
またも奇妙なかけ声とともに、マヌーザが突進してくる。
さすがは影石によって強化されているだけはあるか。とんでもないスピードだが――さっきと違って、その動きが明確に見える。
「ァァァァァアア!!」
そのまま振り下ろされた刀身を、ダドリーは最小限の動きだけで避けてみせる。その後も凶暴な刀身が迫ってくるが、それらすべてをダドリーは避けきった。
そして、これも驚くべきことだが、ダドリーが動くだけでさきほどの白銀の軌跡が宙に残るようだ。
いま現在、無数の輝きがマヌーザの周囲を漂っている。
「…………」
これもスキルのなせる技か。
どうすればそれら軌跡を扱えるのかも、いまのダドリーにはわかっていた。
「おら!」
ダドリーが念を込めて右拳を握りしめると、軌跡は先ほどと同じようにマヌーザに収集していき。
ドォォォォォン!
と、すさまじいまでの大爆発を起こした。
「グラァァァァァア!!」
白目を剥き、叫声をあげるマヌーザ。
想像以上に効いているようだな。
エムいわく、奴は影石に呑み込まれているそうだが――だからこそ、相当のダメージが入っているのかもしれない。
破邪顕正の剣。
まさにその名の通りだな。
「らぁぁああああああ!」
だが、スキル《白銀の剣聖》の強さはこんなもんじゃない。
このスキルが解放されたことで、素の実力もかなり上がっている。
そう、稽古をしてくれたリオンとも引けを取らないくらいに。
「マクバ流、神速ノ一閃!」
「グルァァァァアアア!!」
斬撃。
そして大爆発。
このコンボを立て続けに喰らってしまっては、さしものマヌーザも無事では済むまい。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
マヌーザは片膝をつき、剣を地面に突き立て、荒い呼吸を繰り返す。
さっきまでの余裕綽々とした態度は見られない。
「グウ……オノレ……コノ私ガ……!」
相変わらず恨みのこもった声を発するマヌーザ。
だが、漆黒のオーラは先ほどより弱まっている。知能も少しばかり戻っているようだな。
「影石の力が……消えかかっているのかも」
ふと、エムがダドリーの隣に並んできた。健気なことに、光と闇の双剣を携えている。
「エ、エムちゃん……無理すんなよ。休んでろって」
「大丈夫です。これは、私にも大事な戦いだから」
「ガアあぁぁぁぁぁぁ!」
そして哀れな奇声を発するマヌーザに対し、エムは決意を秘めた視線を向ける。
「あの人は私の生みの親です。人間でも魔物でもなく、中途半端な私を誕生させたことを、ずっと恨んでました」
「エムちゃん……」
「でも、そんなあの人ですら、誰かの傀儡に過ぎなくて。そしたら、色んなものがこみ上げてきて……」
「…………」
「だから私は、過去の自分と決別するために戦います。生みの親を恨むんじゃなくて、明日から、新しい一歩を踏み出すために……!」
「はは……そうか……」
詳しい事情はダドリーにはわからないが、しかし、この戦いを経てエムも成長したようだ。
であれば、それを阻む道理はあるまい。
「わかった。一緒に突撃しよう。あいつを呑み込んでいる闇をぶっ飛ばせばいいんだよな?」
「はい。私は女神様の力で助けてもらいましたが、ダドリーさんのスキルも影石に効きそうですよね?」
「ああ。もう一発叩き込めば、あいつのなかの闇を吐き出せそうだ」
ダドリーの言葉に、エムはしっかりと頷く。
「わかりました。では、出てきた闇は私が斬りつけます。そこまではお願いできますか?」
「おう。よろしく頼むぜ!」
ダドリーは威勢の良い返事をすると。
「おおおおおおおっ!」
気合いの一声とともに、マヌーザへ疾駆する。
スキル《白銀の剣聖》。
その効果もあってか、かつてない速度で走っているのが実感できる。周囲の景色が、すさまじい勢いで後方に流れていく……
「ガァァァァァアア!」
そんなダドリーに向けて、マヌーザは剣を振り上げる。漆黒のオーラを帯びた刀身が、刻一刻と迫ってくる……
――リオンさん、見ててください。あなたとの稽古では習得できなかった大技を、叩きつけてみせます!――
マクバ流、第一秘技。
鳳凰剣。
「おおおおおおおおっ!」
一撃。
二撃。
三撃。
最後にマヌーザと距離を取り、突進とともに最高の一撃を見舞う。
ドォォォォォオン! と。
リオンのそれとは違い、白銀色の鳳凰がマヌーザを取り込んだ。
「ヌオァァァァアアア!!」
破邪顕正の技が、マヌーザの闇を炙り出していく。
奴を取り巻いていた漆黒のオーラが一点に集まっていき、黒いリング状の物体へと変化していく。
――あれが、マヌーザを支配していた闇か。
「エムちゃん! いまだっ!!!」
「はいっ!!」
傷だらけでありながらも、エムは勢いよく闇に突進していく。
スピード的には少々心許ないが、それでも頑張る彼女は誰よりも美しかった。
「はぁぁぁぁぁぁあああ!」
そして――数秒後。
エムの放った連撃が、見事にリング状の闇を捉えた。
明けましておめでとうございます!
本作におきまして、書籍化&コミカライズが決定しました!
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