ダドリーの本音2
一方その頃。
アリオスとレイの戦いが終わる、すこし前――
ダドリー・クレイスは、エムとともにマヌーザ・バイレンスと対峙していた。
ちらと視線をずらせば、アリオスはすでにレイファーと剣を交えているようだ。影石を使用したであろうレイファーに対して、互角以上の戦いを繰り広げている。
――俺は俺で、こいつを倒さなくちゃな――
そんな決意を秘めながら、ダドリーは改めて戦闘の構えを取る。エムも同じく、剣を交差して臨戦態勢だ。
「……ふん。傀儡ごときが、すっかりその気か」
党首マヌーザはつまらなそうに吐き捨てた。
「ダドリー・クレイスに、実験体M。どちらも我が悲願を成就するための傀儡に過ぎなかった者が……まさかこの私に刃向かうとはな。生意気とはこのことだ」
「なんだと……?」
目を細めるダドリーに対し、マヌーザはふっと不敵に笑う。
「よいか。神に等しい力を持ったアリオス・マクバならいざ知らず。貴様らのようなゴミに、この私が負ける謂われはないのだよ!!」
言うなり、マヌーザは自身の左目に片手をあてがい。
そして、見覚えのある漆黒のオーラを発生させた。近くで戦っているレイファーと、まったく同質のオーラだ。
「くっ……影石ってやつかよ……!」
マヌーザから発せられる気迫に、ダドリーは歯ぎしりをする。
とんでもない圧力だ。
詳しい原理は不明だが、あれを使用した者は尋常ならざる力を手に入れるようだ。フォムスと同様、底知れない力を感じる。
ふと、ダドリーは感じた。
自分の身体がぶるぶる震えているのを。
「……はは。ありえねぇ」
ぶんぶん顔を横に振り、ダドリーは改めて戦闘の体勢を取る。
「クク。どうした孤児よ。恐怖に震えているじゃないか。その様子でまともに戦えるのかな?」
「ちっ……いちいちうっせーんだよおっさん」
「どうだ。いまからでもアリオス・マクバに加勢してもらったほうがいいんじゃないのか?」
「あ…………?」
その言葉は。
ダドリーの心に、問答無用で怒りの炎をたぎらせた。
「はん……てめぇ、言っちゃいけねえことを言いやがったな」
ダドリーは鋭い眼光で党首を睨みつけた。
「あいつの助けはいらねえ。俺は……俺自身の力で、てめぇをぶっ殺す!!」
「ククク……ははは……」
なにが面白いのか、マヌーザは自身の額に右手をあてがうと、さも愉快そうに笑い出す。
「ハーッハッハッハ! 面白い! ではかかってくるがよい、傀儡どもよ!!」
「言われるまでもねえ! いくぞ、エムちゃん!」
「はいっ!!」
その返事を皮切りに。
ダドリーはエムとともに、マヌーザに飛びかかった。
二人同時に猛攻をしかけ、マヌーザを追いつめる。エムは双剣使いだから、合計で三本の剣がマヌーザに襲いかかっていることになるな。
「おらおらおらおらぁ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
さすがというべきか。エムはその小さな身体で、この戦いについてきていた。ダドリーの剣戟にも劣らない、すさまじい攻撃の嵐。
「くおっ…………!」
そんな数々の攻撃に対し、マヌーザは大きく目を見開いた。なんとかダドリーたちの剣を受け止めているが、さっきまでの余裕そうな表情はない。
「これは驚いた……。想像以上にやるではないか」
「はっ! 見損なうなよ! 俺はまだまだ、こんなもんじゃねえ!!」
ダドリーはそう叫ぶと。
スキル《白銀の剣聖》を発動した。
途端、自身の周囲を白銀のオーラが舞う。マヌーザの漆黒のオーラに対して、それは美しき輝きを放っていた。
それと同時、ダドリーはもうひとつのスキルも発動。
攻撃力アップ(小)――アリオスのそれとは比べるべくもないが、すこしでも戦闘を有利に進めるため、出し惜しみなく使っていきたい。
「だりゃあああああああ!!」
「おうっ…………!」
二つのスキル発動により、戦いの均衡が崩れた。
さっきまでなんとか攻撃を凌いでいたマヌーザが、とうとう剣を捌ききれなくなったのだ。
「ダドリーさん! 隙は私が作ります! 攻撃は頼みますよ!」
「おう!」
「――いきます!!」
エムは小さく頷くと、大きく剣を振り払う。マヌーザはそれをかろうじて受け止めるが、エムが全力を傾けたため、その反動で両者が仰け反った。
その隙をダドリーは見逃さない。
「だあああああああっ!」
全力で振るった刀身が、マヌーザの上半身を横一文字に斬りつけた。白銀の軌跡が宙に舞い、マヌーザに吸い込まれていく。
「くうっ……! おのれッ!」
だが相手はアルセウス救済党の党首。
マヌーザはすぐさまバックダッシュをかまし、これ以上の攻撃を許さない。このへんの判断はさすがといったところか。
だが――それでもダメージは通ったみたいだな。
「馬鹿な……。傀儡ごときが、崇高なる私を傷つけるなどと……!」
マヌーザは自身の胸を押さえながら、恨みのこもった目線をこちらに向ける。決着はつかなかったものの、それなりに効いているようだな。
「許さん! 許さん許さん許さん許さん許さんぞぉぉぉぉぉォォォォォォオ!!!!」
「な、なんだ……?」
ダドリーは思わず目を見開く。
あいつ、なんだか様子がおかしいぞ……?
さっきまでは冷静ぶっていたのに、いったいなにが……
「まずい。呑み込まれているのかも」
隣のエムが険しい表情で呟く。
「呑み込まれている? なにに?」
「影石です。すごい力を手に入れますが、それと引き換えに理性を失います。昔の私のように……」
「え……昔のエムちゃんが……?」
初めて聞く話だった。
「はい。てっきりアルセウス救済党が私に仕込んだのかと思っていましたが、まさか、マヌーザも同じモノに取り憑かれていたなんて……」
「なんだよそれ……訳わかんねぇよ……!」
ダドリーがひとり特訓をしている間に、アリオスたちはとんでもない事件に巻き込まれていたみたいだな。なにもかもが常軌を逸している。
「シャアアアアアアア……」
数秒後、マヌーザの様子はすっかり変わり果てていた。漆黒のオーラを迸らせ、さきほどよりも強い力を感じる――のだが、目に知性を感じない。視線をあちこちにさまよわせ、言葉ともつかない呟きをボソボソと発している。
「くっ……ありゃやべぇな……」
「ダドリーさん。気をつけてください。きっと――さっきとは比べものにならないくらい強くなってます」
ああ……わかるさ。
言われなくても、あんなものを見せられては……
と、次の瞬間だった。
マヌーザが突如、その場から消えた。
「な……に……!?」
ダドリーは思いっきり目を見開く。
なぜならば――充分に距離を取っていたはずのマヌーザが、瞬時にして目前に迫っていたからだ。
「くそっ……!」
慌てて剣を振るうも、奴に当たることはなく。高速で攻撃を避けたマヌーザが、休む間もなく剣を突きはなってくる。
「くそ……っ!」
回避が間に合わない――!
直撃。
熱い痛みがダドリーを貫いた。
「かあああああああっ!!」
醜い自分の悲鳴を、ダドリーはなかば他人事のように聞いていた。その後も容赦なく剣を振るわれるが、防御も回避もできない。
「シャアアアアアア!!」
「ダ、ダドリーさぁん!!」
すんでのところで、エムが助けにきてくれたようだ。ダドリーとマヌーザの間に割って入り、今度は彼女が戦い始める。
が。
「シャアアアア!!!」
「う……!!」
ダドリーですら勝てない相手に、エムが戦えるはずもない。エムは途端に防戦一方に陥り、捌ききれなかった剣が次々と身体を傷つけている。
「シャアアアア!」
「い、いや……!!」
なにを思ったのか。
マヌーザはエムの首を掴むと、そのまま高々と持ち上げた。
「うぁっ……ぁぁぁぁああ!」
指が首に食い込んでいる。
見ているだけでもとんでもない痛みであることは想像できた。
「や、やだ……た、助けて……! かはっ……」
「エ、エムちゃん!」
ダドリーは這いつくばったまま絶叫をあげる。
身体が動かない。
立ち上がることさえままならない。
さっきのマヌーザの攻撃が、予想以上に響いているようだ。
「く、くそぉ! てめぇ! エムちゃんを離しやがれぇぇええ!」
「ダドリーさん……。私、の、ことはいい……から、逃げ、て……!」
「エ、エムちゃん……!」
情けない。
俺は好きな女の子ひとり助けられないのか。
いいように操られて。いいように弄ばれて。今度は無様に敗北するってのかよ……!
――素晴らしいっ! 白銀の剣聖! いずれ私をも超えるだろう、素晴らしい高位スキルではないか!――
ふと、あの日のことが脳裏に蘇った。
運命のスキル開花日。
ダドリーの人生が大きく変わった日だ。
――リオンさん。俺のスキルってさ、《剣聖》じゃなくて《白銀の剣聖》だよな? なにが違うんだ?――
――それが私にもよくわかっていなくてな。マクバ家に残された伝承によれば、正しき心を持つ者にのみ使える、破邪顕正の剣らしいが――
――正しき……心……?――
――まあ、いまのおまえには早かろう。現状はひとます剣の腕を磨きなさい――
正しき心。
それだけがずっとわからなかった。
力が正義だと思っていたから。
弱いことは、それだけで悪だと思っていたから。
両親に捨てられ、孤児院で暮らしていた俺にとって、強い者はそれだけで憧れだった。
いつか皆を見返してやりたい。
ぶっちぎりに強くなって、どこかにいるであろう両親を見返してやりたい……ずっとそう思っていたから。
だからわからなかったんだ。
剣の特訓をしているんだから、俺はなにも間違っていないはず。なにが《まだ早い》のか、検討もつかなかった……
けど。
だけど。
「ダ、ドリーさん……。はやく、逃げて……」
この気持ちはなんだろう。
アリオスと出会って、初めて人を好きになって。
その好きな人が、マヌーザに苦しめられていて。
俺は、俺のために強くなりたい?
違う。
俺は――守りたいんだ。
もう汚れた身かもしれないけど、こんな俺でも、救える誰かがいるのなら……
俺は、誰かのために強くなりたい。
「う、うおおおおおおおおっ!」
途端、言い知れない力が沸き起こってきた。さっきまで一歩も動けなかったはずなのに、身体の芯からとめどないエネルギーが溢れ出てくる。
それは、いままでにないほど濃密度な白銀のオーラとなって、ダドリーの周囲に顕現した。
と同時、視界に見覚えのないメッセージが浮かび上がる。
――――――
完了。完了。
スキル《白銀の剣聖》が解放されました。
――――――
「ヌ…………?」
そうして立ち上がったダドリーに、マヌーザが目を見開いた。
本作におきまして、書籍化&コミカライズが決定しました!
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